七十話 許可
「まず、どのランクにも中級魔法が条件として書いてある。だが魔武器の発展により、魔法を使う場面も減ったはずだ。詠唱するよりも、武器を振り回した方が早いからだ。もちろん、魔法を否定する気はないが、これが今の冒険者にとって必要な項目かどうかを調べてもらいたい」
「魔法の必要性…ですね。あくまでもランク適正での話ですよね?」
「そうだ。もしも中級魔法が必要なかった場合、今度は魔武器の検証をしてもらいたい。果たしてこの規定が合っているかどうかを。ちなみにテプトはどう思う?冒険者やってたんだろ?」
エルドがあまりにも真剣な表情をするものだから、下手な事は言えないなと感じた。
「うーん。例えばこのCランクでの条件、『魔武器での最低連続攻撃二回』は、かなり正確だと思います。実際19階層までの魔物は二回攻撃を与えれば倒せる魔物ばかりだからです。まぁ、連続攻撃はスキルの分野に入ってしまうので、殆どが魔法を使用して戦う者達ばかりですけどね」
「そうか。…ということは、俺の考えは間違ってるってことなのか?」
「いや、そうでもないと思いますよ。魔武器が発達しているのは確かですし、それによって戦いが変化しているのも事実だと思います。あとは、それがどう影響しているのかが詳しく分かれば、ランクの見直しも出来るんじゃないんですかね」
「…その調査を頼んでも良いのか?」
「はい。やり方はかなり地味になると思います」
「それで良い。あと、護衛の依頼だが、こちらから出しておこう」
「ありがとうございます」
「それと、もう一つ」
そう言ってエルドは、より真剣な表情になった。
「なんですか?」
「とりあえず、今日の夜飯は俺が奢ってやる」
「…それが二つ目ですか?」
身構えて拍子抜けしたじゃないか。
「なんだその反応は?先輩が奢ってやると言ってるんだから、もっと嬉しそうにしろよ」
「エルドさんは先輩ですけど、立場的には俺が上司なんですよね。奢ってやると言われてこの複雑な気分…」
「細かいことは気にするな!俺がやりたいからやるんだ。あと、これからの事を考えると今までの事はきちんと整理しておきたい」
「整理…ですか?」
「心の整理だぞ?そういうのをしていないと、後々ミスに繋がったりするんだよ。なにせ、これからしばらくは俺とお前で協力していくんだからな?恥ずかしい言葉を言わせるな」
「そういうことですか。なら、お言葉に甘えます」
「おう、甘えとけ。…とりあえず今出来る事はこれぐらいだよな?」
「そうですね。適正ランクの調査をしてみないことには、変えるもなにもありませんから」
そして、ふと思った。調査のため俺は再びダンジョンに入ることになるのだが、先程バリザスに小言を言われたばかりだ。
うーん、今度はしっかりとした理由があるから大丈夫だとは思うが、一応話は通しておくか。
エルドにもその事を伝えると、そうした方が良いと言われた。
そして、俺達はギルドマスターの部屋の前へと戻ってきた。
…効率悪すぎだろ。
しかし、こういったことはギルド内ではあまり珍しくない。皆、他部署に用事がある度に、部屋を出て忙しなく階段の上り下りを繰り返している。こんなときに内線電話があればなぁと、元の世界を懐かしく想ってみたりするが、足腰の健康の事を考えれば、これはこれでアリかもしれない。
ギルドマスターの部屋につくとノックをする。「入れ」の後に扉を開けると、やはり予想通りのリアクションが待っていた。
「かぁー。またお前か」
「半時ぶりですかね?」
バリザスは予想通りのため息を吐いて、予想通り頭を抱えた。
「お前との会話は疲れる。せめて一月くらい間を空けてほしいもんじゃ…で、次はなんじゃ?」
続いてエルドも部屋に入っきた。俺の隣に並ぶと一礼をする。
「安全対策部のエルド・スプランガスです」
「安部?…何用じゃ?」
「実はテプト部長と共に冒険者ランクの見直しを考えています。そのためにダンジョンでの調査を彼が行うわけですが、先の件でギルドマスターよりご指導があったそうで。再び彼がダンジョンに入るのを許していただこうかと思い、お訪ねしました」
ご指導という言葉には疑問符が浮かぶものの、目的に関しては間違っていない。予想通りなら、呆れたバリザスが「勝手にせよ」と投げるのだが、果たして。
「ならぬ」
そうきたか。
「なぜですか?」
俺は問いかける。
「舌の根も渇かぬうちに、そのような話を持ってきおって…。お前はギルド職員じゃろうが。お前は、お前の仕事を全うするべきじゃ」
「もちろん、今の仕事を疎かにする気はありません。その上で、ランク見直しもギルド側の仕事であると思います。そのためにダンジョンに入ることが俺の仕事ではない、と?」
「ダンジョンには冒険者しか入れぬからじゃ」
バリザスは静かに言った。
「ですが、『何らかの事情により、ランク外の者がダンジョンに入る必要性が生じたときは、ギルド側の許可により入ることが出来る』とされています」
俺は、冒険者管理部から持ってきた『冒険者管理規定』を片手に説明する。
「これに俺も該当しますよね?あぁ、もちろん『ギルド職員規定』にも、ダンジョンに入ることを禁ずるなんて文はありませんでしたからご心配なく」
バリザスはしばらく黙っていた。
「…おそらくそれは規定の逃げ道として、取り入れた文じゃろ。どういう事情があったかは知らんが、それでもダメじゃ。そもそも、ギルド側の許可とは、つまりわしの許可じゃろ?わしがダメだと言うておる」
「ギルド側の許可とは何なのかを、この規定には詳しく載せられていませんよ?」
「そんな馬鹿な事があるか!それを持ってこい」
バリザスが怒鳴った。
「良いですよ」
俺がバリザスに歩み寄ろうとしたその時。服の袖をエルドが引っ張った。
「…おい…大丈夫なのか?」
小声でささやいてくる。
「大丈夫ですよ」
それに笑顔で答えて、バリザスの所まで行くと、机の上に『冒険者規定』を置いた。
バリザスは引ったくるようにそれをめくる。その表情はめくる度に険しくなっていた。
数分。最後のページをめくり終えたときには、バリザスは青い顔をしていた。
「ありましたか?」
「…ない」
「なら、ギルド側の許可とは、文字通りギルド側の人間の許可という解釈で良いですね?」
「…認めんぞ。確かに冒険者規定には載っていない。しかし、ギルド職員規定には、『上長の指示に従わなければならない』と規定されておる。つまり、わしが認めん限りは許可などない」
驚いた。まさか、バリザスが『ギルド職員規定』を読んでいたとは。だが。
「ギルドマスター、『ギルドの職務執行は』という言葉が抜けてますよ?本当の文は、『ギルドの職務執行は、上長の指示に従わなければならない』です。俺はこれからギルド職員としての職務をしようとしているんです。それを妨げる指示には従えませんよ」
かなり強引な屁理屈だが、バリザスが騙されてくれれば今この場では問題ない。
額を汗が流れた。それでも、自信ありげを装う。
こんなことだったら、ローブ野郎から怪しげな薬を貰っておくんだったな。




