六十八話 魔武器発達の歴史
ギルドマスターの部屋を出ると、意外な人物が壁に寄りかかっていた。
「…エルドさん」
そこには、安全対策部副部長のエルド・スプランガスがいた。
「また、無茶してたそうだな?」
「どうして?」
彼とは、闘技場に冒険者を参加させるという一件以来、言葉を交わしていない。
「お前が出した署名を見た。闘技場に参加したいという冒険者があんなにもいたとは正直思わなかったよ」
そう言い、少し困ったような表情をみせるエルド。
「本音を言えば、あまり賛成ではない。けど、もう決まっちまった事だしな。無茶苦茶な提案をしたことよりも、それを努力によって成し得ちまったお前の頑張りを評価することにしたんだ」
エルドは、頬を掻いた。
「悪かったな。あんな態度をとっちまって」
そう言って頭を下げてきた。
「止めてください。そんなことは承知の上だったんです」
急いで頭を上げさせる。他の職員が見ていたら大変だ。エルドはこれでも、安全対策部の副部長だ。頭を下げているところなど見られるとまずい。
「それよりもちょうど良かったです。実は相談したいことがありました」
「相談?」
「はい。『ランク外侵入』についてです」
「今回の事か。また何か思い付いたのか?」
「いえ、思い付いてないから、相談したいんですよ。ランク外侵入をもっと規制する方法を考えたいと思いまして」
「ランク外侵入をか。…うーん。確かに俺たちの領分だな。そうか…ランク外侵入か」
エルドは、顎に手を当てて何やら考えていた。
「それについては、俺も前から思っていた事があるんだ。ちょっと来てくれ」
そう言うと、エルドは颯爽と歩き出した。なんだ?取り敢えず俺もついていく。
連れていかれたのは、安全対策部の隣にある部屋だった。エルドが鍵を開けて中に入る。そこは、物置になっていた。エルドが天井にある魔石を弄ると、部屋全体が明るくなる。部屋には、様々な防具や武器が並べて置いてあった。物置だが、小さな展示部屋にも見えた。
「ここは?」
「冒険者が使うアイテムや武器、防具なんかを年代ごとに保管してあるんだ。安全対策部は冒険者を支援して、危険をなくすようつくられた部署だからな。彼等が何を使っているのかを知る必要があるんだ」
言いながら、エルドは奥の方へと歩いていく。
「近年では、ランクを上げる冒険者が少なくなったよな?それは知ってるか?」
「はい。原因は、審査官不足ですよね?」
「まぁ、このギルドではな?だが、他のギルドでも同じような事が起こっているんだ」
「他のギルドでも?」
「確かに審査官不足もある。だが、根本的な理由は、ランクに上がるための強さを、冒険者が持ち得ていない事なんだ」
「つまり、冒険者が弱くなった?」
「うーん。そうとも取れるな。こいつを見てくれ」
そう言って、エルドは奥から一振りの剣を見せてきた。それは、冒険者がよく使っている片刃剣だったが、柄の下にでっかい魔石がついていた。
それを受けとる。その魔石のせいだろう。通常の剣よりも重い。しかも重心が下にあるせいで振りにくい。
「なんですか?この下についてる魔石は?」
「これは約五十年程前、実際に冒険者が使っていた武器だ」
マジかよ。こんなので戦っていたのか。
「その頃は魔武器がまだ発達してなかったからな。魔物を倒すために冒険者はまず、その魔石に魔力を注いでいたんだ」
試しに注いでみると、少し経ってから刀身が仄かに発光した。
「そうやって初めて魔物と対峙出来る。けど、問題があってな。耐久力がかなり低いんだ」
「問題はそこだけじゃないと思いますけど」
まず、魔石に魔力を注ぐ時間が勿体無い。そして、魔石のせいで戦いにくい。いくら、魔物には魔法や魔武器でしか対応出来ないとはいえ、これはないだろ。
「だから、当時冒険者になれる奴なんてのは、魔法を使える奴だけだったんだよ。そして、これだ」
今度は、一見普通の刀刃剣を持ってきた。俺は、手に持っている剣を返して、それを受けとる。
今度は軽いな。というか、軽すぎないか?
「今では普通だが、刀身はミスリルで出来てる。三十年前にミスリル鉱石が発見されて、魔力伝達率が格段に上がった。それは、当時の武器だ。これによって、戦いの前に魔力を込めるといった作業が無くなった。剣も振りやすくなって、戦いが今までよりもやり易くなったんだ」
柄を掴んだまま魔力を込めると、すぐに刀身が魔力を帯びた。
「だが、ミスリルは見つかって間もなかった上に、加工する技術も確立されてなくてな。耐久力はさっきの剣よりも低い。しかも、普通の冒険者にはとても手が出る金額じゃなかったらしい」
なるほど。確かに魔物を二、三回斬ると折れてしまいそうな武器だ。
「そして、二十年程前にとうとう魔武器は今の形を成した。問題だった耐久力が改善され、技術も確立し、量産されるようになる。冒険者は、今まで以上の戦いを実現することが出来るようになったというわけだ」
「なんか、凄いですね」
すると、エルドは嬉しそうに笑った。
「だろ?この技術の発展には多くの職人、そして、冒険者を出来る限り支援したいという多くのギルド職員が関わってる。俺達はその偉業を成してきた人達と同じ仕事をしてるんだ」
その言い方からは、彼がこの仕事に誇りを持っていることが伺えた。
「今はもっと魔武器を進化させるため、うちでは職人たちと協力して色んな取り組みをしている。今は弓矢の開発だ。昔は矢じりを魔石にして魔力を込めてから放っていたが、現在ではミスリルとなりその必要が無くなった。だが、放たれた矢が魔力を保持している時間が少ないため、冒険者はある程度魔物に近づいて矢をつがえなければならない。それを改良するため、新しく弓を作っているんだ」
「新しい弓?」
「そうだ。弓に特殊な魔方陣を施して、放たれる矢自体を魔法に変えてしまおうという取り組みだ」
「魔方陣…」
魔方陣と聞いて、ローブ野郎が頭に浮かぶ。
「じゃあ、企画部と合同で?」
「企画部?なんで企画部が出てくるんだ?」
「なんでって…企画部の部長は昔、特殊魔法の研究をしていて、魔方陣にも知識を持ってるんですけど」
「はぁ!?初めて知ったぞ。あの部長が昔研究施設にいたのは知ってるがそれだけだ」
「知らなかったんですか?」
「知るわけないだろ。そもそも奴が喋ってる所を見たことがない」
あぁ……。そういうことか。
「相談してみたらどうですか?」
「そう…だな。弓に組み込む魔方陣は、基本的な物ばかりらしいんだが、どうしても組み込みきれなくて弓が大きくなっちまうんだ。一応魔法に精通している職人がいて、彼を中心に開発をしているんだが、企画部部長にも相談してみよう」
「それが良いですね。俺が言うのもなんですが、彼は魔法に関しては凄いですから」
「そうだったのか。…おっと、話が逸れちまったな。えっと…なんだっけ?」
「ランクの話ですよ」
「おお!そうだった。それで、ここに来たんだったな。つまり、俺が何を言いたいのかというと、発達した魔武器や魔法のお陰で、冒険者がそこまで強くなくても、魔物と戦えると言いたいんだ。そして、ランクより上の魔物でも、なんとか戦えるようになってしまった現状、それがランク外侵入を出してしまう原因だと俺は考えている」
「それは一理あるかもしれませんね。魔法や魔武器が変わっても、ランクの線引きは変わってませんから」
「そういうこと。俺は前々から思っていたんだが、ランクの線引きを見直す必要があると思っている。そうすれば、ランク外侵入なんてなくなるだろ?そもそも、自分の命が危うくなるのに、ランク外の階層に降りる冒険者はまずいない。いたとしても、ギルド側は全てを認知出来る訳じゃない。今回だって、たまたま他の冒険者から報告があっただけだろ?だからギルド側はランクの説明をして、あとは冒険者に委ねるしかない。だが、そのランク自体が間違っているのだとしたら、問題はこちらにある。それを言いたかったんだ」
「そういうことでしたか。うーん、確かにそうかもしれません。これは一度調査してみる必要がありますね」
「といっても、俺達がダンジョンに入れるわけじゃない。調査と言ったって……」
それからエルドは、俺の顔を見たまま固まってしまった。
「気づきました?」
笑って問いかけてみた。
「いや、待て待て俺。こいつはギルド職員だぞ?冒険者じゃないんだぞ?」
「俺は元冒険者ですよ?」
「だとしてもだ。危険過ぎる」
「じゃあ護衛をつけますか?それなら大丈夫だと思いますけど」
エルドはしばらく悩んでいたが、突然「よし!」と声を上げた。
「ちょっと来てくれ」
そして、部屋の扉に向かって歩き出した。今度はなんだよ。
その後に、俺も続いた。




