六十七話 バリザスの話
ダンジョンから出る前に、タロウと別れた。
『楽しかったぞ』
そう言って消えていくタロウは少し寂しげだった。
「とりあえず今日は疲れただろ。落ち着いたらまた後日来てくれ」
ソフィアとカウルにはそう言って、ダンジョンの外で別れる。
「おい!あんた。ギルド職員なのに、なぜダンジョンに入った!この事は、ギルドの方に報告したからな?」
門番をしている兵士が怒りながら近づいてくる。
「すいませんでした。以後気を付けます」
「気を付けますじゃないんだよ!あんたが帰ってこなかったら、処罰されるのは俺なんだぞ?」
「すいません。緊急事態だったので」
何度も頭を下げると、その表情は少し困ったものに変わっていた。
「はぁ…まぁ無事に帰ってきて良かったよ。たぶんかなり怒られると思うが、承知で入ったんだろ?」
「はい…まぁ」
あまり考えていなかったとは言いづらい。
「そんなことが出来るのも今のうちだけだぞ?やりすぎて身を滅ぼさないようにな」
そう言って肩を叩いてくれる兵士の男。俺は、ものすごく申し訳なくなってしまった。
「すいませんでした」
「分かったならもういい。仕事の邪魔だから帰んな」
俺はもう一度頭を下げてその場を後にする。
ギルドに戻ると、受付をしていたセリエさんと目があった。勝手にギルドを飛び出したことを謝りたかったが、如何せん対応中である。そのためか、セリエさんはすぐに目を逸らした。逸らし方に、彼女の怒りを感じた。まぁ、自業自得だよな。
そのまま階段を上がろうとすると、案内の女性が話しかけてきた。
「あの…ギルドマスターがお呼びでしたよ?」
「え?…あぁ、わかりました」
これは少し面倒な事になったな。そう思いながら、三階へと向かった。ギルドマスターの部屋をノックすると、中から「入れ」と声がした。
「失礼します」
バリザスは、やはり奥の机で煙草をふかしていた。ミーネさんがいないので、何故だか新鮮な感じを受ける。
「生きておったか」
ダンジョンに勝手に入ったことは、すでに報告がいっているはずだ。
「はい。今戻りました」
「まったく…お前はとんだ問題児だな。本当にギルド学校では成績トップだったのか?」
「一応は」
「成績優秀な者は、こんな愚行には及ばんぞ?お前は自分が何をしたのか分かっておるのか?」
「分かっています」
そう言うしかなかった。
「うーむ。…普通ならば辞めさせたいところじゃが、それをするには遅すぎた。既に今後のギルドに必要な存在となっておる。お前を辞めさせたら、『依頼義務化』に伴う冒険者達の怒りを、誰が受ける?」
「はっきり言いますね。」
「はっきり言ったところで、お前を止めることなど出来んじゃろ。一月で身に染みて分かったぞ」
「何か処罰があるんですか?」
「ミーネが居らんのでな。あまり事を荒立てたくはない。聞けば、日々未達成依頼をこなしていると聞く。簡単に仕事から離すのも出来んじゃろ」
「ミーネさんが居ないと何も出来ないんですか?」
皮肉を込めて言うと、バリザスは俺をギロッと睨み付けてきた。
「わしは、自分の出来ぬ領分を知っておる。ギルドマスターをやってはおるが、ギルドの仕事に関してはからっきしじゃ。出過ぎた真似をして痛い目に会ったこともある。お前には分かるまい」
それは、強がりなバリザスが見せた、初めての弱気発言だった。その事に内心驚いた。
「ではなぜ、ギルドマスターをやっているのですか?」
ギルドの仕事が分からないと言うのなら、辞めるべきではないだろうか?素朴な疑問が浮かんだ。
「他にギルドマスターをやれる者がおらんのじゃ」
「後継者ですか?」
「そうじゃ。ギルドマスターは冒険者を束ねられる実力が必須条件じゃ。今の冒険者に、そのような者がおらんのじゃ。…いや、いるにはいるのじゃが」
心当たりがあった。
「消息不明となっているSランク冒険者ですか?」
「そうじゃ。じゃが、奴には少し問題があってな。……本人はギルドマスターになるつもりだったのじゃが、わしが許さなかったのじゃよ」
バリザスが許さなかった?
「問題とは?」
「奴は根っからの冒険者気質じゃった。立ちはだかる壁は、自らの手で排除する奴でな、そのやり方が常軌を逸していたのじゃ。まぁ、その点で言えばお前も似たようなものじゃが……奴は異質じゃ。逆らう者は殺してしまうような冒険者だったのじゃ」
なんだよそれ。
「一応言っておくが、Sランク冒険者の行方は捜さんでよい。あの依頼書は、形で出しただけじゃからな」
「どうしていなくなったのですか?」
「わしが叩きのめしたのじゃ。奴はギルドマスターになりたいと言ってきたのじゃが、奴がギルドマスターになれば、血を見るのは間違いなかったからの」
どんだけ危ない奴なんだよソイツは。
「当時ギルドは奴の手中にあった。というより、冒険者は全員奴に味方しておった。それは、恐怖によって作られたものではあったが、絶大な勢力を誇っていたように思う。ミーネは、その時わしに味方してくれた数少ないギルド職員だったのじゃ。わしとミーネは知っておる。冒険者が徒党を組めば、どれだけ恐ろしいのかを。だから、お前がやろうとしていることが危うくみえるのじゃ。まぁ、いざとなればお前を辞めさせれば良いだけの話じゃがな」
さらりと解雇発言をするなよ。しかし、そんな話は知らなかった。
「もう八年も前のことじゃ。奴に味方したギルド職員は辞めさせ、新しく人員を変えたのじゃ。表向きには、わしの職権乱用となっておる」
「それは公表すべき事実だったのでは?」
「仕方なかろう。ギルド職員の殆どが一人の冒険者に加担し、殺しを見逃していたなど、誰が言えようか。それ以来わしは本部には顔を出しておらん」
「そう…でしたか」
「どうするべきが正しかったのかも分からん。しかしギルドマスターが、冒険者を抑えられる者でなければいかん事は、その時に痛感した。そして、それを出来る者が今の時点ではおらんという事だけじゃ」
ふと、気になった事があった。
「もう一人、消息不明のAランク冒険者がいますよね?その人はどうなんですか?」
「…『レイカ』の事か。彼女は、おそらく最もギルドマスターに近い冒険者かもしれぬ。わしも彼女であれば、任せても良いと思うておった。しかし、彼女はもうここには戻っては来ないじゃろう。少なくとも、冒険者管理部が存在する間はな」
「…なぜですか?」
「彼女はこのギルド……いや、『冒険者管理部』に深い恨みを抱いておる。彼女のパーティだった男が依頼中に死んでしまったのじゃよ。それは当時、冒険者管理部をやっていた男が、連日無理に未達成依頼をそやつに押し付けたからじゃ」
なん…だって。
「お前も聞いたのではないか?冒険者管理部が、このギルドにおいて忌み嫌われる理由はそこにあるのじゃ。わしは、彼女が戻ってくるよう、このギルドから『冒険者管理部』を無くそうと思っておったのだが、どうやら思惑通りにはいかんかったようじゃ」
遠い目をするバリザス。気持ちは理解してやりたかったが、その方法は短絡的過ぎるだろ。
ミーネさんがいないせいだろうか?バリザスは少し疲れているように見えた。




