六十五話 幸福のペンダント
ソフィアは門をくぐると、すぐに後ろで扉がしまった。見渡すと真っ白いなにもない空間だった。
「こんにちは」
その声に驚いて、そちらを見る。そこには、一人の少年が立っていた。
「え?」
なぜここに子供が?
「君の名前は?」
訳が分からなかったが、これも『試練』のなにか、なのだと思った。
「ソフィア…です」
「そうか。ソフィアおめでとう。よくここまで来たね」
少年は一人拍手をした。呆気にとられているソフィアを見て、尚も満足そうに笑みを浮かべる少年。
「じゃあ始めようか」
唐突な言葉に、ソフィアは戸惑った。
「あの、始めるって何を?」
「決まってるじゃないか。君たちの言う『試練』ってやつをさ」
その少年が、普通の人ではないことを彼女は理解した。そして、今から行われるであろう『試練』に集中する。
「…わかりました」
「そんなに構えなくても良いよ。今から簡単な問題を出すから、それに答えてくれるだけでいいんだ。内容は『幸福のペンダント』にちなんで、幸せについて」
「幸せに…ついて」
「では問題。この箱には、当たりくじと外れくじが一枚ずつ入っています」
そう言うと、その少年の手には白い箱が出現した。
「二人の人がこの箱からくじを引きました。幸せなのは、当たりを引いた人?それとも外れを引いた人?」
いきなりの問題に動揺が激しくなったものの、深呼吸をしてから、ゆっくりと答えた。
「当たりを引いた人です」
「あぁ、いい忘れていたけど、このくじは生け贄を決めるくじなんだ。当たった方が生け贄になります」
平然と言う少年。
「えぇ?それじゃあ、当たりくじじゃないじゃないですか!?」
思わず、素が出てしまう。
「そうとも限らないんだよねぇ。このくじ引きは、とある村で百年に一回行われています。当たった者は、神様への供物として捧げられる。それは、村人にとっては誉れ高き事なんだよ。さぁ、どっちが幸せ?」
少年は意地の悪い笑みを浮かべた。
「うっ……」
考えても、すぐには答えられない。
当たりが幸せであるとするならば、当然はずれが不幸だ。しかし、この場合、当たりは死ぬことと直結する。人間誰でも死ぬのは嫌だ。なら、はずれを引くことこそ幸せに通ずるはず。…なのに、その死が名誉あるモノだと分かった途端、その線引きが曖昧になってしまう。
「じゃあ、追加でもう一つ教えるね。その二人だけど、外れを引いたのは村長の娘で、当たりを引いたのはまだ幼い少年だった。その子には病気の母親がいました。さぁ、どっちが幸せ?」
名誉、というところを度外視して考えれば、病気の母親がいる少年は、当たりを引いてしまい不幸だ。なら、自然に考えるとそれよりは不幸じゃない村長の娘さんが、より幸せとなる。
「それなら…村長の娘さんじゃないですか?生け贄になった子は、もうお母さんの面倒をみれなくなってしまいます」
少年はまたもや笑みを深くした。嫌な予感がした。
「あぁ、追加でもう一つ。この生け贄を出した家族は、死ぬまで村人から良くしてもらえます。ちなみにその子供は、お金を稼げるようになるまであと五年はかかります。母親の病気は重く、医者の話では持って三年と言われていました。それを知った少年は、当たりくじを引いたとき、村長の娘よりも喜ばなかったと言える?」
ということは、たとえ生きていたとしても、母親を救う手立てはないということだ。それなら少年は、死を以て母親を楽させてあげたいと思うかもしれない。
そこまで考えてから、ソフィアはあることに気づいた。
「それは…ズルくないですか?」
「なにが?」
「幸せとも不幸ともとれるからです。考え方によって、どちらでも言えるじゃないてすか!それにその子のお母さんは、きっと悲しみます。それだけでも、少年が不幸だと結論づけられてしまいます。あと、母親が三年しか生きられないなんて決めつけられません」
「おっ!いいところに目をつけたねー。でも、残念。これは問題だよ?出された材料から答えを導きだしてほしいな。それに周りの人が幸せかどうかは関係ないよ?あくまでも、その二人自身のどちらが幸せかどうかだからね」
「関係ありますよ?だって、お母さんが悲しむと分かっていたら、その子はきっと不幸を感じます」
「なるほどね。確かに、そうかもしれない。じゃあ、やっぱり村長の娘…つまり、はずれくじを引いた人が幸せって事で良いのかな?」
「わかりませんよ!そしたら今度はその子が、自分の命は他人の命を犠牲にして生き残ったという事実に苦しめられるんです!こんなの、誰も幸せになんてなれないじゃないですか!そもそも、なぜ神様に生け贄を捧げる必要があるんですか!?」
「それはね、皆が幸せになるためだよ。その村では神様に幸せにしてもらうため、生け贄を捧げるんだよ」
「そんなのは…おかしいですよ」
「そうかな?君が村人だったら、そうは思わないかもね」
「私は村人じゃありません」
「へぇ、それじゃあ考えること自体を放棄したということでいいかな?」
「違います。こんなのは問題にすらなっていない。そもそも、私に答えさせる気なんてないじゃないですか!」
「ははっ、ごめんごめん。ちょっと意地悪だったよね。でも、許してよ。君は普通ではない方法で、誰しもが羨むアイテムを手に入れようとしているんだ。このくらいの事はどうってことないでしょ?」
「…」
ソフィアは答えられなかった。自覚していたからだ。
「僕は知ってるよ。君が五十階層まで来る能力がないことも、ダークドラゴンを倒してないことも。『幸福のペンダント』は、それらをクリアしたご褒美みたいなものなんだ。でも君は何一つやってない。まぁ、それでもここまで辿り着くんだから大したものだよ。正直言うと、僕は君が受けとるべきじゃないと思ってる。『幸福のペンダント』はただ呪いを解くための物じゃない。呪いが解けるのは副産物でしかない。これを手に入れた物はこの先の運命を大きく改変することが出来る。そういうアイテムなんだ」
少年は、全て知っているようだった。
「では、私は受け取れないということですか?」
「結論を言うと、受け取る資格はある。この門をくぐった時点で、それを君は満たしたんだ。あとは君がアイテムを手に入れる覚悟があるかどうかだからね」
「覚悟ですか?」
「良いかい?もしも、一人しか入ることの出来ない避難所があったとして、君は仲間と共にその避難所に辿り着いたとする。後ろにはおびただしい数の魔物が迫ってきている。おそらく君は『幸福のペンダント』のお陰で、避難所に入ることが出来るだろう。でも、真っ当な方法で『幸福のペンダント』を手にいれた者は、それをしない。たとえ、無理矢理避難所に入れられたとしても、自らその扉を開け放つ。苦難に自ら飛び込んでいく、そういった者が、『幸福のペンダント』を手にするんだ。この五十階層まで来て、あのダークドラゴンを倒す者は、そういった者なんだよ」
「私にはそれが出来ないと言うのですか?」
「さぁ?でもこんなにアッサリと『幸福のペンダント』を手に入れることが、どういうことなのか知っておいて欲しいだけだよ」
それから、少年は片手に持った箱をソフィアに差し出してきた。それをおそるおそる受け取るソフィア。すると、その箱は光を放ち、次の瞬間には、金色のペンダントに変わった。見れば、ピンクの魔石が吊り下げられている。
「…これは」
「『幸福のペンダント』だよ」
「受け取っても良いんですか?私、さっきの問題に答えられてません」
「試練の門なんて人々が勝手につけたものだよ。ここでは、アイテムの説明をして終わりなんだ。もしも、試練なんてものが在るとすれば、きっとここを出てからだね」
「ここを出てから?」
「さっき言ったよね?この先の運命を大きく改変出来るって。君がどう生きるかは自由だけど、間違いなくそのアイテムは君の人生を変えるよ。それでも良いなら、それを首から下げてごらん」
ソフィアは、そのペンダントをしばらく見つめた。だが、迷いなど生じる訳がなかった。
「私はとっくの昔に人生をメチャクチャにされてます。今はそれをどうにか元通りにするだけで精一杯です」
そして、ペンダントを首から下げる。吊るされたピンクの魔石が輝き、やがて少しずつ色を失っていく。最後には、ただの石になってしまった。
「さっきの問題だけどね?答えなんて最初からないんだ。つまり幸せについての定義なんてありはしないんだよ。理由は簡単だ。答えが在りすぎるからさ。名誉、愛、金、夢、もしかしたら、とんでもないことを幸せに考えている人がいるかもしれない。幸せなんて人それぞれなんだよ。そして、ここからが重要だ」
少年は人指し指を立てて見せた。
「数ある幸せの中でも、多くの人達の賛同を得られる幸せを、人は本当の幸せと呼ぶんだ。君が手にいれた『幸福のペンダント』は、君自身の幸せに向かって運命を変えていく。君自身の幸せが、多くの人達の幸せと一致することを祈ってるよ。でなければ、君の幸せは、誰かを不幸に貶めることになる。ゆめゆめ忘れないことだね」
気がつくと、いつのまにか少年の姿は消えていた。
突然、後ろで大きな音がする。振り向くと、先程閉まった門が開いていた。
とても強い風が吹いた。背中から押されて、開いた門へと吹き飛ばされる。
「きゃあっ!!」
「うおっ!!?」
気がつくと、目の前にカウルがいた。
「おい、大丈夫か!?」
その声に、安心する。不意に、頭の奥で少年の声が聞こえた気がした。
「ちなみに、僕の答えは『当たりくじを引いた人』だよ。村の外に出たこともない世間知らずで馬鹿な少年は、村のために生け贄になることを心から喜んだ。そして、母親が喜ぶと信じて、自分はそのために生まれたのだと勘違いしていたのさ」
ソフィアはその言葉を理解する間もなく、そのまま意識を失った。




