六十四話 カウル一人語り
呼吸を整える為、深呼吸をする。それから目の前に落ちている黒い鍵を拾った。
ダークドラゴンを倒した証。これは、『試練の門』を通るための重要な鍵だ。そして試練の門は俺の目の前にあった。いつの間にか現れた重厚な鉄の扉。これが試練の門か…初めて見た。ここを通った先でアイテムを取得することが出来るはずだ。
俺は、一旦引き返した。エンバーザに魔力を大量に食われ、あまり使ったことのない魔法を使用したせいか、足取りが重い。しばらく歩くと、タロウ達はいた。
『終わったようだな』
「あぁ。ちょっと無理しすぎた」
『無理をして奴を倒せるのだ。やはり主は特殊すぎる』
「その言葉ありがたく受け取っておくよ」
見れば、離れたところに二人はいた。
「生きていたのか」
脇腹を押さえながら上半身を起こすカウル。
「おい、タロウ。お前やりすぎじゃないのか?」
『そいつが悪いのだ。止めても主を助けに行くと聞かんのだからな』
「おい、大丈夫か?」
カウルは額に汗をびっしりとかきながらも笑った。
「大丈夫じゃない」
すぐに回復魔法をかけてやる。
「悪い」
「言うな」
しばらくそうしていると、ソフィアが近づいてきた。
「倒したのですか?」
「ダークドラゴンか?倒したよ。ハイ、これ」
魔法を使用していない手で、ソフィアに鍵を渡す。
「さっきの所に門が出来てる。それで開くはずだ。『幸福のペンダント』はその先にある」
彼女は丁寧に鍵を受け取った。
「本当に、倒したのですね」
「そう言ってるだろ」
「本当にお強いんですね」
「それ言うの何回目だよ?」
「本当に…私がもらっても良いんですか?」
「そのためにここまで来たんだろ?」
不意に、カウルが魔法を使用している手を掴んできた。
「もう大丈夫だ。ありがとう」
それからソフィアの方に向き直り、カウルは彼女の肩に触れた。
「悪かった。俺じゃここまで来るのなんて無理だった。お前の苦しみは、俺が一番理解をしている。その鍵をどれだけ必要としているのかも知ってる。俺はお前が貰うのが正しいと思う。だから胸を張れ。ただ、鍵を手にいれたのはテプトだ。それだけが唯一の不満だが、そんな彼が良いと言っているんだ。迷う必要はない。だろ?」
そう言ってカウルは、俺の方に振り向いた。
「それでダメだって言ったら、俺は悪者じゃねーか。大丈夫だよ。別に後から文句とか言わないから」
ソフィアは鍵を両手でしっかりと握りしめ、突然膝まずいた。
「ありがとうございます。このご恩は一生涯忘れません。カウルもありがとう。あなたがいなければ私はとっくに冒険者を辞めていた。たくさんの人の死と、たくさんの人の支えがあって、今の私がいます」
なんだよ急に。カウルを見ると、彼も驚いているようだった。
「それは、『幸福のペンダント』を手に入れてから言うものじゃないのか?」
ようやくそう口にすると、ソフィアは顔をあげた。瞳が潤んでいる。
「そうではないんですよ。ただ、気持ちを伝えたかったんです」
「さっさと行くぞ。これからが本番だろ」
カウルが促す。ソフィアは頷くと立ち上がった。タロウを先頭にして、先ほどの所に戻る。試練の門は、未だそこに在った。
ソフィアは近づいて、ゆっくりと鍵穴に鍵を差し込む。
カチャリ。
その音の直後、門がゆっくりと開いた。中の様子は、光が眩しすぎてよく分からない。
「いってきます」
そう言うと、彼女は中に入っていった。その直後、門が勢いよく閉まる。一人しか入らせない、そんな意思を感じる閉まり方だった。
「はぁー疲れた」
俺は、その場に腰を下ろす。
『まだここはダンジョン内だぞ?気を抜くのは早すぎる』
タロウが寄ってきた。
「固いこと言うなよ。お前が守ってくれるだろ?」
『当然だ』
「カウルも座れよ。多分、そう簡単には帰ってこないだろ」
しかし、カウルは座らず、閉じられた門を見つめている。
「本当に危険はないのだろうか?」
「君も心配性だな?そんなに彼女が好きなのか?」
「なっ…俺は仲間として心配してるだけだ」
「その言葉を他の冒険者が聞いたらビックリするだろうな」
「…なぜだ?」
「君が何て呼ばれてるのか知ってるか?」
そう聞くと、カウルは難しい顔をした。どうやら知っているらしい。
仲間殺しのカウル。しかし真相は、逆だったようだ。
「勝手に言わせておけば良い」
「でも、それでパーティに入って貰えなかったんだろ?」
「まさかそんな事を真に受ける馬鹿がいるとは思わなかったんだ」
「分かってないな。冒険者は皆死にたくないから、少しでも疑わしい情報があれば手を出さないんだよ。たとえ、それが噂でもだ」
「…」
カウルは無言で、その場にあぐらをかいた。
「俺がやっていたことは、全て裏目に出ていたのか」
その呟きは、まるで自分自身に言い聞かせているようだった。
「そうでもないんじゃないか?」
そう言ってやるしかない。
「だって、こうして目的は達せられたわけだろ?結果オーライってことじゃないのか?」
カウルは答えなかった。何かを必死で考えているようだった。
しばらくして、彼は突然喋りだした。
「俺は、幼い頃に両親を亡くした。顔は覚えてない」
これって俺に話しかけてるんだよな?…それとも一人語り?
「町の路地裏で、みっともなく生きてきた。捨てられたパンにありつける日は最高の日だと喜んだ。日々、食い物をかけて争いがあった。それに参加する元気のない者は、人知れず死んでいった。そんな中で俺は誰にも負けたことがなかった。戦闘の才能が在ったんだ。加えて、魔力もあった。奴等に負ける気なんてしなかったよ」
一つ一つの言葉を噛み締めるように紡いでいくカウル。
「ある日俺は、冒険者をしていた女性に拾われた。名前は『ハンナ』といった。ハンナは俺の才能を認めてくれて、家に連れ帰ってくれた。それからは、まぁ…言い表しにくいんだが、家族ごっこの生活が始まったんだ。ハンナは冒険者だったから、俺に戦闘訓練を施してくれたが、同時に可愛がってもくれた。路地裏で暮らしていた頃を考えると、本当にありえない生活だった」
聞いていると、何故だか先の展開が分かった気がした。…まさかハンナさん死なないよな?そんなテンプレ望まないからな!?
「だが、そんな生活は長く続かなかった」
おいおい、そこから先を聞いて、どんな反応すれば良いんだよ?
「ハンナは、名高い騎士に見初められて、結婚したんだ」
ハッピーエンドかよ!!身構えて損したわ!
「相手の出した条件には、俺を手放す事が入っていた。俺はハンナを祝福して、ハンナも嬉しそうだった。その時にハンナが言った言葉は、冒険者でSランク位有名になれたら、また会えるかもね、ということだった。その時、少し悲しそうだったのを覚えている。俺はSランクになると彼女に約束して、冒険者になったんだ。ハンナの訓練のお陰で、戦闘に関しては全く困らなかった」
なんだよ。めっちゃいい話じゃないか。それを、なんで暗いトーンで話すんだよ。
「ソフィアと出会ったのは冒険者になって、半年ほど経った時だった。聞けば彼女も拾われた身らしく、話が合うと思った。でも、詳しく聞けばそんなことはなかったんだ。彼女は自分の呪いを解くために冒険者になったのに、俺はハンナにもう一度会うために冒険者になった。彼女は仲間が死んだ日にショックを受けていたけど、路地裏で人の死を目の当たりにしてきた俺にとっては普通の事だったんだ。何もかもが違っていて、ソフィアが苦しんでいるときに、俺はなんて声をかけてやれば良いのか分からなかった。出てくる言葉はどれも嘘っぽくて、彼女の心に響いているとは到底思えなかった。気がつけば、そんな不安定な気持ちのままに、ここまで来てしまったよ」
それからカウルはまた黙りこんでしまった。何か言ってやりたかったが、カウルの言った『出てくる言葉はどれも嘘っぽくて』というフレーズが頭から離れず、出かかった言葉を、何度も飲み込んだ。
そしてようやく一つの言葉を吐き出す。
「皆そんなもんだろ」
言った後、その言葉のアホっぽさに奥歯を噛み締める。カウルのしてきたことが如何に凄いことかを言うのは簡単だったが、それは現時点において適切ではない気がした。




