六十三話 ダークドラゴン
ダンジョンには、特殊なアイテムがある。それは、ある一定の条件を満たすことによって得られるアイテムであり、その条件には必ず指定された魔物が存在する。その魔物を倒さなければアイテムは手に入れる事が出来ない。
ソフィアの目標である『幸福のペンダント』もそのアイテムの一つであり、そういったアイテムは、手にいれた本人に影響を及ぼすとんでもないアイテムだ。
アイテムには他にも
自身の魔力最大値を上げる『魔力の器』。これはその器に入っている液体を飲むと、その者の魔力最大値が倍になる。
必殺技が当たりやすくなる『確率のサイコロ』。そのサイコロを振った者は、出目にあった必殺率を手に入れる。
スキルを修得しやすくなる『スキルの種』。これを食べた者は様々なスキルを修得しやすくなる。
現在発見されているのはこの四つだ。そして、このアイテムは手に入れた者にしか効果を発揮せず、持ち帰っても売り物にはならない。だからこそ価値があるとも言われている。
ちなみに、このアイテムを手にいれた者は間違いなくSランクとなれるだろう。逆にいえば、Sランクになっている冒険者はこのアイテムを手にいれたことがある者ばかりだ。
Aランクまではパーティを組んでいるのに、このアイテムを手にいれた途端にパーティを抜けてしまう事がある。仲間との能力の釣り合いが取れなくなり、上手くいかなくなるためである。この世界でパーティは個々の能力のバランスで組まれるため、釣り合いが取れないものはパーティを組めなくなる。悲しいがこれが今の現実なのである。
ちなみに、ギルドマスターのバリザスも、この分類に当てはまる。彼が手にしたのは『確率のサイコロ』。出た目は謎だが、彼の攻撃は魔物を一撃で倒してしまい、パーティの存在意義をなくしてしまったらしい。
故に、ギルドの規定には、
『なお、Sランク冒険者はこの限りではない』という文がほとんどの項目の後ろに付いている。Sランクの冒険者は規格外過ぎて、支援や手助けを主とする冒険者ギルドの存在意義さえも、無くしてしまうからである。
そして、そんなアイテムを取りに行くわけなのだが。
その指定となっている魔物はダークドラゴンである。奴を倒すと、素材などは手に入らないが、代わりに『鍵』を手に入れられるはずである。
はず、というのは試した事がないからだ。だが、そういった文献も見たことがある。
五十階層。
「やっと見つけた」
俺は目の前にいるダークドラゴンを眺めた。黒い光沢のある鎧にもにた鱗。体長は三メートルほどもあり、その雰囲気は、さすがはドラゴンと言わしめるだけの物を漂わせている。
ここまでは、ほとんど俺が戦闘を行ってきた。タロウとカウルでは、時間がかかりすぎてしまうからだ。カウルは最初、しつこく戦闘に参加していたが、俺があっけなく魔物を倒すと、やがてソフィアの護衛をおとなしくしていた。
「これはサービスだからね。本来なら自分の実力で目指せよ?」
「ギルドに、そんなサービスがあるとは知らなかった」
「あと、他の冒険者には黙っておいてね?過剰な手助けは禁止されているんだ。まぁ、君達もランク外侵入をしているから、おあいこってことで」
ダークドラゴンはゆっくりと目を開けた。
『ようやく現れたか。…挑戦者よ。ここで長い間待ちわびーーー』
「御託はいいから鍵寄越せ」
俺はダークドラゴンに近づくと、飛び上がって剣を降り下ろす。しかし、剣はあっさりと折れてしまった。
「あら」
『ーーーフッフッフッ。面白い。では久々の宴を楽しもうではないか!!』
ダークドラゴンから、魔力の余波が風となって吹き抜ける。ピリピリと肌が痺れるのを感じた。
「おい!死ぬぞ!!」
チラリと後ろを見れば、カウルが顔面蒼白になりながら叫んでいる。今にも飛び出しそうな彼をタロウが装備に噛みついて抑えていた。ソフィアは座り込んでしまっていた。まぁ、初めてドラゴンと対峙したらそうなるよな?
俺は折れた剣をしまった。普通の武器じゃダメだな。
それから、俺は両刃の大剣を空間魔法で取り出した。その大剣は刀身がオレンジ色に淡く光っている。
『見ない剣だな?』
「俺の自作品なんだ。元は鍛冶屋の息子だからな」
これは魔物を倒すのに特化した自信作だ。使われているのは、普通の冒険者が持つ剣と同じミスリル鉱石だが、その純度が違う。ミスリル鉱石は希少な鉱石だが、魔物を倒すのには欠かせない武器だ。そして鉱石の純度、武器の出来具合によっては金額が大きく変わる。これはその何れもの条件を最高な状態で完成させた業物である。
「『業火』」
大剣が、燃え上がった。魔力が剣に吸われていくのを感じた。
『ほう…真名持ちか』
「これなら、お前を殺せるだろう?」
『うむ。確かに巨大な魔力の波を感じる。確かに殺せるだろう』
「あまりお喋りしてる暇はないんだ。さっさと殺されてくれ」
『我に対してその口の聞き方。後悔せぬことだな』
俺は、エンバーザをもう一度ダークドラゴンに降り下ろした。それをなんなく腕で受け止められる。しかし、その受け止めた所が煙をあげて鱗が溶けた。ダークドラゴンは腕を振って俺ごと吹き飛ばした。
『…厄介な剣だ』
そう言って、ダークドラゴンはブレスを吐いた。黒い炎が視界に広がる。
「おい!!?」
後方からカウルの声。わかってるよ。
俺は、自分の回りに水属性のシールド魔法を幾重にも展開する。ブレスは長い間続いた。やがて、視界が見えるようになると、周辺はブレスによって熱を帯び、溶け出している。空間全体の温度が、かなり上昇していた。
『これでもダメか』
「お前じゃ俺は殺せない」
カッコつけてみたものの、正直危なかった。あと、数秒ブレスが続いていたら、シールドは全て溶かされていたように思う。
間髪入れずに鋭い爪が迫る。それをエンバーザで受け止めると、爪はすぐに引っ込んだ。
『なるほど、接近戦は不利ということか』
エンバーザによって溶けた爪を眺めてダークドラゴンは呟く。
「そういうこと。でもブレスはしばらく使えないんだろ?」
『フッフッ…よく知っているな。お前は我が種族を倒したことがあるようだな?』
「ご明察。だから戦い方も分かってる。ほら、勿体ぶってないで出せよ。在るんだろ?奥の手ってやつがさ」
『そこまで知っているか。良いだろう。そうしなければお前は倒せぬようだしな』
そう言うと、ダークドラゴンの体から大量の黒い靄が吹き出てきた。それがこの部屋一杯に充満を始める。
これは…やばいな。
「タロウ、カウル達をもっと遠くへ運べ!この靄に触れると死ぬぞ」
タロウはなにも言わずカウルを脇腹に頭突きをした。
「ガハッ!?」
倒れるカウル。そして、放心状態のソフィアともに襟首の服を噛むと、遠くへ走っていった。
『安心せよ。すぐに死ぬわけではない。この靄は触れた者をジワジワと死に追いやる。我でさえも半時持たぬ呪いである』
ダークドラゴンは、鎧みたいな鱗がなくなり、見たまんまトカゲの姿に変わっていた。
「随分と痩せたなぁ。ストレスか?」
『生意気を言えるのも今のうちだぞ?』
「生憎、俺には呪いとかの類いは効かないんだ『我を護れ』」
淡い光が身体全体を包んだ。
『それは……その魔法…お前は何者だ?』
なんかさっきも同じような事言われたな。
「ちょっと特殊なギルド職員だよ」
『言っている意味が分からん。そもそも、そのような魔法が使えて、なぜ『幸福のペンダント』を欲する?』
「必要なのは俺じゃないんだよ」
『他人の為にそこまでするのか?』
「悪いな。俺にとっては他人じゃないんだ。だからさっさと鍵を寄越せ」
『フッフッ。この靄が効かぬなら策は尽きた。……だが、簡単には殺られぬぞ』
「あぁ、分かってる」
俺はエンバーザを構える。ダークドラゴンも威嚇してこっちを見ていた。
そして、俺は駆け出した。




