六十二話 お手本
四十五階層からはタロウと同じく喋る魔物が現れるようになった。彼らにはしっかりとした自我があり、むやみやたらに襲っては来ない。敵意がある者しか襲わないのだ。しかし、ダンジョンを進んでいる時点で敵意が既にあるということを彼等はあまり理解していない。それが奴等の命取りであると言うことにも。
『久しぶりに可哀想な子羊達が迷い混んだか』
目の前にいるのは、二足歩行のワイバーンである。その体は硬い鱗で覆われ、口を開けば並んだ牙がその醜悪さを晒す。
タロウにも当てはまる事だが、大抵こういった魔物は自分に絶対的自信を持っている。だから、いきなり痛い発言をしてくるわけだ。
「迷い混んだんじゃない。自らここに来たんだ。邪魔するなら倒すぞ?」
『ふん、面白い。お前達が私を倒すと言うのか。非力な人間よ。見れば、魔物を従えているな?そんなちんけな魔物一匹従えたぐらいで、いい気になるなよ?』
「お前こそいい気になるなよ?倒すのは俺達じゃない。俺一人だ。」
『フッフッ、笑わせてくれる。お前は私より強いと言うのか?』
「正しく言えば、お前が俺より弱いんだ。雑魚が粋がるなよ」
『なんだと?』
「だってそうだろ?お前がその強さに自信を持っているなら、なぜこんな階層でウロウロしてる?なぜもっと深い階層に行かない?」
『それは…いずれは行くつもりだ。まだその時ではない』
「だから雑魚だって言ってんだよ。俺はこの先の階層に行くんだ。この時点で、既にお前は俺に負けてるよ」
『何を言っている?勝ち負けは死を以て決するべき事だろう?』
「あーあ、これだから魔物ってやつは。喋る魔物だから、ちょっとは知性があるのかと思ったが、やっぱり他の魔物と変わらないな?最後は必ず勝ち負けを戦闘によって決めようとする」
『では、知性ある者はどうやって勝敗を決めるのだ?』
「…しょうがないな。教えてやるからちょっと来い」
そう言って、左手で来るよう合図をした。
『なぜだ?』
「これは秘密なんだよ。こっそり耳打ちしてやるから近くまで来いよ」
『なるほど。それほど重要な事なのか。わかった』
ワイバーンがゆっくりと近づいてくる。遠目では分かりづらかった鱗一枚一枚がハッキリと見えた。見上げれば奴の顔がすぐ近くまであった。
「お前身長高いな。ほら、しゃがめよ」
ワイバーンは頷いた。それからーーーニヤリと笑った。
『フッハッハッハ!馬鹿な人間よ!私をこれ程までに近寄らせるとはな!お前の話など聞く気はない。その秘密とやらは墓場まで持ち帰るが良い!!』
ワイバーンはその手から突き出る鋭利な爪を俺に向かって降り下ろしてきた。俺はそれを避けてナイフを二本取り出すと、その両目に突き刺した。
『グァァッワ!?』
その隙に右手拳を構える。
「馬鹿なのはお前だよ。のこのこ俺に近づいて来るとはな。そしてこんなにも簡単に懐に入らせてくれて、ありがとよっっ!!」
思い切りワイバーンの顎を下から殴り上げる。拳の先から鈍い音が聞こえ、ワイバーンは倒れてしまった。
くるりと振り返ると、カウルとソフィアが唖然とした表情でこちらを見ている。タロウは座って欠伸をしていた。
「まぁ、こんなものだ。ポイントは、相手に勝ったと思わせる事だな?それが出来れば、喋る魔物ってのは恐くない」
カウルに近づいて、彼の肩に手を置いた。
「これが奴等の倒し方だ。別名『騙し討ち』とも言う。さぁ、お前の番だ。やってみろ」
すると、カウルはワナワナと震えてた。
「どうした?」
「出来るかぁぁ!!!」
ダンジョン内にカウルの叫び声が響いた。
「お前は馬鹿なのか?なぜあんな魔物に平然と向かっていける?俺は完全に殺られたと思った。だって、武器もなにも持ってなかったじゃないか!?」
カウルは俺の両肩を掴んで激しく揺らした。
「ちょっ!ストップ、ストップ!」
喋る魔物を見たことがないと言ってたから、俺が倒し方を見せてやったのだ。まぁ、『騙し討ち』が効かない魔物もいるのだが、この辺りの階層なら効くだろう。
「テプトさんってお強いんですね!」
カウルの横でソフィアは言った。お前それしか言わなくなったな?
何はともあれ俺達は階層を突き進んでいく。五十階層はすぐそこだ。そして、そのどこかにいると言われているダークドラゴンが、『幸福のペンダント』に通ずる鍵となっている。奴を倒し、アイテムを取れば後はダンジョンから出るだけである。
カウルはしばらく取り乱していたが、深いため息を吐くと、諦めたように呟いた。
「あんた何者なんだ?」
「ちょっと特殊なギルド職員ってとこかな?」
なにせ、転生者だからな。
カウルは続けてため息を吐く。その後に続く言葉なかった。




