五十九話 言い争い
「事情は分かった」
俺は立ち上がる。それから、空間魔法でポーションを取り出した。それを二人に渡す。
「…あの、これは?」
二人とも不思議そうな顔をしていた。
「とりあえず魔力を回復しよう」
それから、中級の回復魔法を二人に施す。緑色のベールが二人を包み込んで、瞬く間に傷が癒えていく。訳が分からないというように、訝しげな目をするカウル。ソフィアも同様に、首を傾げた。
「準備が出来たら言ってくれ。これから、『幸福のペンダント』を取りに行く」
「なんだと?」
「本気で言っているのですか?」
あれ?反応悪くないか?というか、お前らそのつもりだったんだろ?
「本気だよ。でも二人には、あとから適正ランク試験に何がなんでも受かってもらう」
いくら事情があったとはいえ、間違いを犯した冒険者をそのままにしておくのはマズイ。しかし、元々それほどの実力があったのだと証明できれば、なんとかなるものだ。そもそも、ランク外でもその階層に降りれてしまえること自体がおかしい。これも、早急に解決しなければいけない問題なのかもしれないな。
俺は適正ランク試験を考え、もう一つ問題があったことを思い出した。
Aランク、ついでにいうとSランクの適正模擬試験官の冒険者が、今現在のタウーレン冒険者ギルドにはいないのだ。いや……いるにはいるのだが、現在二人とも消息不明となっている。一応、行方不明冒険者の届け出はあったが、今まで放置してきた。そのせいで、近年、Aランクに上がった冒険者はいなかった。というより、希望者がいなかったため、事なきを得ている状態だ。バリザスでも資格あるんだけどなぁ……どうも奴には信用を置けない。新しく模擬試験官を認定しても良いのだが、模擬試験官として認定される条件を満たしているAランク冒険者はいなかった。
よし、ここを出たら捜すか。そう心に決める。今まで放置していた案件を達成する時だ。……あぁ、駄目だ。依頼義務化を通すまで、日々こなさなければいけない未達成依頼があるじゃねーか。長くギルドは留守に出来ない。……最終手段として、また俺が模擬試験官をやろうか?……ギルド職員が戦ってAランクとか誰が納得するんだよ。
「ーーあの!!」
「え?あぁ、何?」
ソフィアの大声で我に返る。
「いくら呼んでも上の空だったので」
「ごめん」
とにかく、今は考え事をしている暇はないな。見れば、カウルも立ち上がって準備を整えていた。
「本当に良いのか?」
彼は言った。
「何が?」
「この先に行く事だ。死ぬかもしれないぞ」
「そうです。私達は死んだところで文句も言えない冒険者ですが、あなたは違います」
二人の言葉に、思わず鼻で笑ってしまった。
「何がおかしい?」
カウルの眉間に皺が寄る。
「いや、さっきまで死にそうな顔していた奴等が、何を言っているのかと思ってさ」
本当、何言ってんだよ。俺はカウルに歩み寄った。
「事情は分かった。納得も出来た。だから、この先に連れていってやる。君じゃない、俺がだ」
カウルの眉間には、さらに皺が寄っていく。
「……なんだと?」
「この際だから言っておくが、なぜお前が彼女を連れていかなければいけないんだ?確かに『幸福のペンダント』は、自分で取らなければ効果はない。だから、ソフィアが行くのは分かる。だが、君が行かなければいけない道理はない。なぜ、もっと早くに有能な冒険者に頼まなかった?」
「…それは」
「止めてください!」
俺とカウルの間に、ソフィアが割り込んだ。
「私のせいなんです。彼は、本当はもっと戦えるのに……私を守ろうとして…いつも…」
その瞳は涙で揺らいでいたが、奥底は俺をしっかりと見据えていた。
「まぁ、良い。準備できたなら行こう」
『ようやくか。話は聞いたぞ』
タロウが寄ってきた。先ほどから、何体かの魔物がこちらに来ようとしていたが、寸前で逃げていく気配を感じた。たぶん、タロウに気づいて逃げたんだろうな。流石にこの辺まで降りてくると、格の違いが分かる魔物ばかりらしい。
言い争いをしてしまったせいで、俺と二人の距離はなんとなく遠くなっていた。無言のまま歩き続ける。とはいっても、こちらはタロウが時々話しかけてくるため、全く気にならなかった。
正直に言えば、カウルの気持ちが分からない訳ではない。彼等には、俺には理解できない絆があるはずだ。そんな人を自分の手で守りたいと思うのは当然の事だと思う。ただ、それだけでは上手くいかない事があるのだと、彼には知って欲しかった。そして、この先の階層に降りる事が、普通であると勘違いして欲しくなかった。下手に出れば、人間はすぐに勘違いを起こしてしまう。それが、命取りとなってしまうこともあるのだ。だが、大抵そんなことに自分では気づかないものだ。だから、他人に指摘される。そこで初めて気がつくのだ。
俺には誰が指摘してくれるのだろうか?
不意に、先ほど会ったエルマの言葉が蘇った。
『君は、取り返しのつかない選択をしたらしい』
もしもそうなのだとしたら、俺はいつ、どこで間違ったのだろうか?
幾重にもある選択の中で、俺が最初に間違えた選択は、信頼できる人間を傍につくらなかった事なのかもしれない。今まで、一人で突っ走ってきた。もちろん、それで得たものもたくさんある。ただ、一人では限界があるのだと、気づいた時にはもう遅かった。
俺は二人に嫉妬しているのかもしれないな。
そこまで考えてから、馬鹿馬鹿しくなった。アホか俺は。




