五十三話 ボス部屋
最初にボス部屋に挑んだのは、冒険者となって四ヶ月経った頃だ。
その時は、入念な準備をして挑んだのを思い出す。ボス部屋にいたのは大蜘蛛で、部屋の中はそいつの子蜘蛛達でひしめきあっていた。一体一体はさほど強くもないのだが、数が多いと危険度は跳ね上がる。まだ、二十階層のボスは一人で挑めるといっても、大半は仲間と協力して挑むものだ。……俺は違ったが。
~二十階層。ボス部屋。
「賭けをしようか?」
『賭け?』
「あぁ、どんな魔物が出てくるかの賭けだ。負けた方はボスを一人で倒す」
『ふん、つまらんな。どちらにしろ、この階層程度の魔物ならばどちらが戦ってもすぐに終わるだろう』
「だから、言ってんだよ。俺はミノタウロスだと思う」
『うぅむ。勝ってな事を。では、ゴーレムで』
言いながら俺とタロウは、目の前の巨大な門の前に立つ。鉄で出来たそれは、もはや大きな壁といっても過言ではない。
『いつものアレをやるのか?』
「あぁ、そっちの方が良いだろ?」
『……やってくれ』
それから、タロウは後ろに数歩下がった。俺は左手を門に着け、右手を握り構えをとる。今からやろうとしているのは、ちょっとした小技だ。しばらくすると、門がゆっくりと開き、中に入ってからボスとご対面という流れなのだが、その前に、門を破壊する。すると十中八九、中の魔物は怒り狂うのだ。怒り狂った魔物ほど単調な動きをする。ただ、攻撃力も数倍上がっているだけに、気を付けなければならない。まぁ、俺とタロウなら問題ないだろう。
それから、右手拳に魔力を練り込み、瞬間的に身体強化を上げた。
「ーーハッ!!」
右手拳を鉄の門にぶつける。そこから門はへこみ、やがて片方の扉部分だけを残し、片方は奥の部屋に吹っ飛んでいった。
「痛っ」
激痛に顔をしかめてしまう。見れば、右手拳は粉々になっていた。勘が鈍ってるらしい。前の自分ならばこんなことにはならなかった。急いで上級回復魔法で治す。
『どうだ?』
タロウが近づいてきた。
「普通なら怒りの咆哮が聞こえてきてもおかしくないんだが…」
右手が治ったところで、予想通り咆哮が聞こえた。
この声は…。
『どちらも外れたな。こいつは……バイコーンだ』
薄暗い部屋の中に爛々と光る赤い目があった。その頭には、鬼のように二つの長い角がある。足の先は蹄になっており、その姿は巨大な牛を連想させた。
「バイコーンか。これは流石に予想外だったな」
『では引き分けか?』
「残念。ーーー両方負けだ」
その瞬間、バイコーンはよだれを滴ながら突進してきた。明らかに怒っている。
『ならば、相手をするしかないな』
タロウが前へ出て、その体から大量の魔力を噴出する。バイコーンが動揺し、突進が弱くなった。自分よりも上位の魔物を目の前にして躊躇したのだろう。
タロウの筋肉が盛り上がり、牙が鋭くなる。威嚇にも似た低い唸り声の後に、タロウは消え、直後、バイコーンが不自然に倒れた。突進の惰力でバイコーンは片方しか残っていない扉に激突し、辺り一面に砂埃が舞った。
「ーーケホッ」
思わず咳き込んでしまう。埃が消えて辺りが見えるようになると、そこには倒れたバイコーンと、その首に噛みつくゴツい狂犬がいた。その噛みついた場所が淡く光っている。バイコーンの体が色味を失い、やがて目からも光が消えた。
「倒したのか?」
『あぁ』
「俺が手を出す暇もなかったな」
『だから言ったであろう。すぐに終わると』
俺は近づいて、バイコーンの二本の角だけを切り取って空間魔法でしまう。
奥から、鉄と鉄が擦れる音が聞こえた。次の階層への門が開いたのだ。本当は、バイコーンを無視して奥の扉を破壊しても良かったのだが、それだとバイコーンが他の階に行ってしまう。それは流石にまずいため、相手取ったのだが、やはり時間はかからなかったな。
「行こう」
そう言って扉に向かう。壊した扉は時間と共に直るため、その辺はダンジョンすげぇなと思う。ちなみに、最初にボス部屋へ入ったときは部屋ごと焼き払ってしまった。蜘蛛のあまりの気持ち悪さに、火属性の強力魔法を連発してしまったのだ。そして溶けた壁を、わざわざ土魔法で元に戻していたものの、後々自然修復するのだと知って愕然としたのを覚えている。まぁ、そのお陰もあり修復技術はだいぶ向上したものだ。
思い返しても、20階層程度のボス部屋の思い出は、そんなものしかなかった。




