五十一話 ランク外侵入
「テプトくん!」
冒険者管理部の部屋へ戻る途中、セリエさんに呼び止められた。
見れば、受付を一時中断してこちらへ駆け寄ってくる。その表情は険しく、ただならぬ雰囲気を感じた。…なんだ?
「どうしたんですか?」
「さっき帰ってきたBランク冒険者パーティーが教えてくれたの。『ランク外侵入者』が出たわ」
ランク外侵入者。それはダンジョン内で、そのランクに達していない、あるいは条件を満たしていない冒険者が、じぶんのランクより上の階層に入ることを意味している。そして、帰ってこなくなる冒険者というのは、大抵それをやっている冒険者だ。
「…場所は?」
「ダンジョン30階層に降りていくのを見たらしいの。カウル君とソフィアちゃんよ」
あの二人か…。
「結局、メンバーを集められなかったみたいね。見かけた冒険者は止めたらしいけど、それを振り切って行っちゃったらしくて……」
うつむくセリエさんの肩に、優しく手を置いた。
「わかりました。連れ戻して来ます」
「テプト君が?でも、30階層よ?他のBランク冒険者パーティーに頼んだ方が…」
「大丈夫です」
「大丈夫って……あっ!テプト君!?」
それから、急いでギルドを出た。
ダンジョンは町外れにある。無茶してないと良いがな…。
ダンジョン入り口に着くと、俺は急いで門番をしている兵士に駆け寄った。
「カウル?…あぁ、毎回金髪の女性を連れた無愛想な冒険者か。確かに通ったぞ。最近見てなかったから気になってたんだ。五時間前くらいか?」
「ありがとうございます」
「ギルド職員がなぜこんなところまで?って……おい!兄ちゃん!?」
事情を説明している暇はない。入り口を走って通った。
ダンジョン内部は、外よりも気温が低く感じられた。灯りという物はないものの、壁自体が淡く光を放っている。魔晶だ。魔晶とは、魔素の塊で、ダンジョンや、精霊が住む洞窟等でよく見られる。あまりにも小さいため、採取することは出来ず、出来たとしても、外に出てしまえば消えてしまう。
ダンジョン内部に入るのはとても久しぶりだった。懐かしさが込み上げてくるものの、今はそれに浸っている場合ではない。
「我が喚び声に応えよ『ヘルハウンド』!!」
甲高い遠吠えと共にタロウが現れる。
『御呼びか?…ん?ここは……ダンジョンではないか!?』
追い付いて並走するタロウが、驚きの声をあげた。
「あぁ、少しばかり急いでいるんだ。一気に30階層まで行きたい」
『もう、主とはダンジョンに来ることはないと思っていたぞ』
「嬉しいだろ?」
『フッ……何を馬鹿なことを』
見ればタロウの尻尾は、これでもかというほどに振られている。分かりやすい奴め。
途中、戦闘を行っている冒険者がいたものの、急いでいるため無理矢理押し通る。
「なんだ!?」
「悪いな、通らしてもらう。タロウ!!」
『その名で我を呼ぶなぁぁぁ!!!』
タロウにかかれば、30階層までの魔物ならば瞬殺だ。しかも、タロウはトップスピードのまま攻撃できるため、移動速度が落ちることはない。
「……今の格好ってギルド職員だよな?……あれ、あの魔物って……」
~二階層にて。
『この先に魔物がいるぞ』
しかも、タロウは鼻が効く。薄暗いダンジョンでも的確に魔物を見つけた。
「冒険者は?」
『いないぞ』
タロウの返答を聞いて、俺は火属性の遠距離魔法を発動する。魔物らしきものが見えたところで、それを放った。
遠くで、光が一瞬膨らみ消えていく。
俺達がその場を走り抜ける時には、魔物だった残骸が燃えて散らばっているだけだった。
~五階層にて。
『群れだ』
「規模は?」
『十体ほど』
「面倒くさいな……無視するか」
『魔法で叩き潰せば良いのではないか?』
「こんなところで強力魔法は使いたくない。力は残しておきたいんだ」
『主の魔力切れなど見たことないのだが…』
「見れるかもしれないだろ?ほら、背中に乗れ」
言うと、タロウは俺の背中にしがみついてきた。うっ……やっぱ重いな。タロウがもう少し大きければ、俺が乗れるんだがな。
前方に魔物の群れが見えてきたところで、俺は風の魔法を発動する。後ろから突風が吹き抜ける。そのタイミングで俺は身体強化魔法にて、跳び上がり、魔物達を飛び越える。下を見れば、ゴブリンたちがこちらを見上げながらギャーギャー騒いでいた。…こいつらか。
ゴブリン達は見上げた体勢のまま、着地するまでをずっと見ていたらしい。振り返ると、奴等は尻餅をついて騒いでいた。
~八階層にて。
『主よ』
「どうした?魔物か?」
『いや、魔物ではない。…一つ聞きたいのだが、ダンジョンとは冒険者が命がけで戦いに身を投じる所であろう?』
「…そうだな」
『そんな場所で男女がイチャイチャするのはアリなのだろうか?』
「何言ってるんだ?」
『いや、ただ疑問に思ったのだ』
「別にいいんじゃないか?そんな決まりはないからな。ただ、なめてるとしか思えないけど」
『ふむ。…そうだな。……主よ、先に行っててくれ』
「なんで?……まさか、お前…」
イチャイチャしてる奴等を見つけたんじゃないだろうな?
『すぐ戻る』
そう言ってタロウは、引き返していった。その後、どこかから甲高い叫び声が聞こえた。
ご愁傷様。おそらくこの辺付近で、ウロウロしているということは下位ランクの冒険者だろう。そして、ダンジョン内部でそんなことをしているのは、まだダンジョンの恐ろしさを知らない若手のはずだ。そんな奴等が、いきなりヘルハウンドを目の前にしたらどうだろうか?しかも、イチャイチャしてる最中にだ。
しばらくして、タロウは戻ってきた。
「やり過ぎてないだろうな?」
『少し吠えただけだ。男は腰を抜かしておったな』
あちゃー。それは酷い。
まぁ、奴等にも良い勉強になったはずだ。




