四十七話 着いたお店
「別に珍しいことじゃないわ。あの辺住んでいるのは、皆そういったことを仕事にしている人たちばかりよ。冒険者をやっているのは私くらいね」
あっけらかんと言い放つソカ。
「そう…なのか」
「そういうお店にも行ったことないんでしょ?」
悪戯っぽく笑う彼女に、俺は苦笑するしかない。その通りだよ。
「あそこ一帯を仕切ってる人が大の女好きなのよ。それで男は一人も住んでないってわけ」
「その人大丈夫なのか?」
「すごい良い人よ。ちょっと難ありだけどね?……あぁ、先に言っておくけど変な気は起こさないことね。前にあそこでウロウロしていた男がいたんだけど、いつの間にかいなくなっちゃったのよ。とある人の常連さんだったらしいけど、その後は店にもパッタリ来なくなったそうよ」
消されたのか。俺は身震いした。
「というか、そんなところに俺を連れていったのか?」
「あなたなら大丈夫でしょ?」
なにが大丈夫なのか全く分からんのだが。
そんな会話をしながらもソカは、進んでいく。いつのまにか街並みはガラリと変わり、静かな雰囲気に包まれていた。すれ違う人達も、なぜだか気品に溢れている。ここはタウーレンの一画、高級住宅街だ。まさかこんなところに来るなんて思いもしなかった。ここ一帯に住む者達は貴族であり、俺達平民とはほとんど繋がりを持たない。
そうこうしているうちに、ソカが立ち止まった。
「ここよ」
言われて立ち止まる。彼女の視線を追って見上げると、オシャレな看板のかかった飲み屋があった。扉の前にはこれまた上品そうな男が立っている。
「こんばんは」
そう言ってソカは、懐から黄色いカードと金貨を7枚ほど取り出した。男はカードを確認し、金貨を受け取ってから扉の脇に退いた。
「おい…ソカ」
「なによ?」
「確認なんだが、俺はここに入ってもいいのか?」
「なに?今さらビビったの?」
ビビるだろ!?俺はしがない鍛冶屋の息子なんだぞ!?貴族とは今まで無縁だったんだ。
「……お前は慣れてるんだな?」
「当たり前じゃない。何度も来てるからね?あぁ…それと、この中では私、『ダリアの十二番目の隠し子』っていうことになってるから」
「お前は何を言っているんだ?」
いかん、頭が追い付いていかない。
「さっき説明しなかったっけ?ダリアは私達の住むところを仕切っている人よ」
あぁ、女好きの奴か。……え?そいつの十二番目の隠し子?
「ダリアはすんごい金持ちだけど、女好きだから隠し子がいてもおかしくないでしょ?」
でしょ?って。
「お前、さっき消された男の話したよな?…今後消されるのはお前の方なんじゃないか?」
そう言うと、ソカは笑った。
「ないない。だってあの人、私にすごい甘いもの。まぁ、さすがに貢いではくれなかったけど」
その無邪気な笑顔が俺には怖いよ。
「あなたは、私の付き人ね?『王都騎士団元副団長』のテプトさん」
そして、ソカは微笑んだ。
俺は、もはや呆れるしかなかった。それから、ふと気づく。
「なぁ、今の話この人に駄々漏れだけど良いのか?」
門番をしている男は未だ静かに立っているが、間違いなく今の会話は聞こえていたはずだ。
「さぁ?」
ソカは言った。さぁ?って。
「ふっふっ。大丈夫ですよ」
急にその男は喋り出した。
「それよりもあなた方のようなお客人は大歓迎なのです。お金をもて余すお方達というのは、同時に娯楽に飢えています。ここではそんな方々に世間でのお話などされてはいかがでしょうか?きっと、身分関係なく、善き縁を紡げますよ?」
「そういうことよ」
「はぁ」
そんなものか。
「じゃあいくわよ」
言われるがままに行こうとして、大事なことに気づく。
「あぁ、ソカ」
「なによ?」
「さっき支払った金貨の事だが、ちゃんと後で渡すからな?今日は俺が奢ると決めていたんだから」
「無理しなくても良いのよ?まぁ、支払えるまで、あなたは私の付き人って事でーー「大丈夫。全然無理してないからさ。やっぱり高いんだな?このお店。金貨7枚支払う店なんて初めてだよ」
冒険者家業が儲かるといっても、やはり金貨一枚を稼ぐのは容易なことではない。まぁ、ソカの場合はそれ以外でも収入を増やしてそうだが……。なんにせよ、これでは格好がつかない。ここは、ちゃんと言っておくべきだ。
見れば、何故だかソカは不機嫌そうな表情をしていた。
ん?なんかおかしな事を言ったか?
「知らない」
そう言って彼女は勝手に扉に入ってしまった。
「おい?どうしたんだ」
わけもわからぬまま後に続く。
後ろから、男の噛み殺すような笑いだけが、静かに聞こえた。




