四十五話 彼女の提案するお店
ギルドの外でソカと落ち合う。
「何が食べたい?」
聞くと、ソカはすぐに「エール」と答えた。酒かよ。
「私良いお店知ってるの。あまり行かないんだけどさ、きっとあなたも気に入ると思うの」
それから彼女はニヤリと笑った。
嫌な予感がする。
「その前に着替えなきゃ。あなたも着替えてもらうけど良いわよね?」
「なぜ?別に飯を食べるのに服なんて関係ないだろ?」
そう答えた途端、彼女は一瞬だけ眉を寄せた。
「そういうことを聞くと、あなたが本当に冒険者やってたんだなって思うわ」
え、何か俺間違った事を言っただろうか?
「まさかこの服じゃ入れない所に行くつもりじゃないだろうな?」
「ふふん。そのまさかよ」ソカは得意気に笑う。「だって、知っている人に会ったら嫌じゃない?」
…あぁ、確かにギルド職員と一緒にいるのを見られるのは、冒険者にとってあまり良いことではないかもしれないな。だが、ここで一つの問題がある。
「俺、こんな感じの服しか持ってないぞ?」
「え?」
「いや、だから、こんな服しか持ってないんだ」
そう言うと、彼女は深いため息とともに額を押さえた。
「…それってどうなの?恥ずかしくないの?」
「なぜ?別に恥ずかしくないよ。着飾るのは得意じゃない。必要になればそういったこともしなければいけないが、現時点でその必要はないからね」
「はぁ……あまり自分を良くみせようとしないところは好感を持てるけれど、最低限ってあるわよ?」
いや、ソカは勘違いをしている。俺は自分を良くみせようとしている。そう思わせることが出来れば、物事は大抵スムーズに事が運ぶからだ。ソカの言う必要最低限は、どうやらかなり高いレベルを指しているらしい。俺はそこまでいかなくとも、今の身の回りの環境には対応出来ている。『必要最低限』というならば、俺はその基準を満たしているはずだ。……とは思ったものの、これまで必死に生きてきたせいか、そんなことを考える事はなかった。指摘されても仕方ないのかもしれないな?
「失望した?」
そう問いかけてみる。
「まさか?見くびらないで。私はそんな女じゃないから」
不適に笑う彼女からは、そんなことは気にもしない心の余裕を感じた。
「だがどうする?俺はその店には行けないぞ?」
ソカは少しだけ考える素振りをみせた。しばらくしてから顔を上げる。
「あなたがいつも着てる職員の服は?あれって結構良い生地を使ってるでしょ?」
「アホか。背中にギルド職員の証が刺繍されているんだぞ?着ていけるか」
「えぇ?良い考えだと思ったんだけどな?」
なんて事を言ってくるんだ。ダメに決まってるだろ。
「買うにしてもソカの言うような服じゃ、すぐに引き取れなさそうだし」
うーむ。困った。なんとか、普通の飯屋にしてもらえないだろうか?
そう思っていると、ソカが驚きの事を言い出した。
「仕方ないわね?じゃあ、私が服を貸してあげる」
「え……俺には女装の趣味はな「違うわよ!ちゃんと男物だから安心して」
「そう…なのか。お父さんのかな?」
「それも違うわ。私、父親なんていないから」
…なんかまずいこと聞いてしまった。
「?……別に気にする必要ないわよ?私にはそれが普通だし、どう思われようが関係ないから」
あっさりと彼女は言って、背を向けて歩きだした。遅れて俺も歩き始める。
「昔の男よ」
しばらく歩いてから、不意にソカは背中越しに言った。
「え?」
意味がわからず問いかけてしまう。
「だから……貸してあげる服のことよ」
あぁ、そういうことか。
「なんでそんなもの持っているんだ?」
「金になりそうだったからよ。別れる時に貰ったの」
そう言った彼女の口調からは、未練だとか、懐かしいだとかの感情はないように見えた。
「それを借りても良いのか?」
「良いわよ。まぁ、着せたくないっていうのが本当のところだけど」
やはりそうだよな。そう思っていると。
「あぁ、違うからね?昔の男の物だから着せたくないんじゃなくて……その人、あまり良い人じゃなかったから、そんなものを……その…あなたに着せるのが嫌だなって思っただけよ。でも、服に罪はないものね?気にしない事にするわ」
ソカはわざわざ振り向いてそう言った。わざわざ振り向いておきながら、すぐにまた背を向けてしまう。
「サイズ合うかな?」
「多分大丈夫。もしかしたらあいつより、あなたの方が似合うかも」
いやいや、それはないだろ。そう思ってから、新たな疑問が浮かんできた。
「ソカ」
「ん?」
「他にも前の男の物を持ってたりするのか?」
聞くと、彼女は肩越しにこちらを見てフッと笑った。
「気になる?」
「まぁ、ちょっとだけ」
「じゃあ、あなたのことも教えてよ。今まで何人の女と付き合ったの?」
えぇ?なんだよその質問。
「俺は女性と付き合ったことは……」
あれ?これって前の世界のことも含めた方がいいのか?そう考えてから、その考え自体が馬鹿な事だと気づく。あぁ、前の世界含めても、女性と付き合ったことなかったわ。
「うぉっ!?」
我に返ると、いつの間にかソカの顔が目の前に迫っていた。
「付き合ったことは?」
「……ないよ。いたとしても、思い出の物なんかは捨てるかもな?」
まぁ、付き合ったことないし、別れたこともないからなんとも言えないけど。
「ふーん……」
意味ありげにソカはそんな反応をした。
「なんだよ?」
「ほんとかなーと思って」
「いや、嘘ついてどうするんだ。俺はそこまで見栄っ張りじゃない」
女性と付き合ったことがあるというのは、男にとって一種のステータスとなっている所がある。だが、そんなものは嘘をついたところでなんになる?というより、俺の場合すぐにバレそうだしな。……悲しいことに。
「そうなんだ」
それからソカはその言葉を2.3回繰り返して再び前を歩きだした。
「意外ね」最後に笑ってそう締めくくる。
その後に、俺の質問に対する答えが返ってくるのかと思ったが、そうはならなかった。忘れているのか、あえて答えないのか、はたまた答えたくないのか。まぁ、ちょっとデリケートな質問だったし別に良いか。諦めて彼女についていく。
前を歩くソカは、謎に満ちていた。冒険者でありながら、冒険者らしくない振る舞いをし、こうしてギルド職員である俺と行動を共にしている。彼女の意図は分かりづらくて、もしかしたら深読みのしすぎであり、元はもっと単純なのかもしれない。だいたい、女性と付き合ったことのない俺が、女性の事を理解するというのが土台無理な話なのだ。
だが、今夜はその謎に少しでも解明の糸口が掴めるのかもしれないな。などと、我ながらアホらしい思想に耽りながら、俺はソカと共にタウーレンの町並みを進んでいく。




