四十四話 待ち人再び
その日の仕事を終えて冒険者管理部の部屋に戻ると、唯一ある椅子にソカが座って寝ていた。
ーーえ?なんでいるんだよ。
ふと見れば、床には鉤爪ロープが落ちていた。おそらく、これで窓から侵入してきたのだろう。とんでもない奴だな。
「すー…すー…」
規則的な寝息をたてる彼女はとても無防備にみえる。その顔をもっと間近で見てやろうと、そっと近づいて前髪に触れようと手を伸ばした。
瞬間、彼女の目が開き、流れるような動作で俺の首元にナイフを突きつけようとしてくる。その手首を掴んで止めさせると、起きたばかりの彼女と視線がぶつかった。殺気の篭った目をしていた。だが、すぐにそれは霧散する。
「…なんだ。あなたか」
「おはよう。といっても、もう夕方だけどね?」
手首を話すと、彼女はナイフをしまった。
「やっぱり待つのは性に合わないわね、疲れちゃった。それに、なにこの部屋?壁の落書きはあなたが書いたの?だとしたら、ちょっと距離を置こうかしら?」
「落書きはほとんど前の人が書いたんだ。それに疲れるくらい待てるんだから、たいしたものさ。どうせまた何時間もここにいたんだろ?」
からかったつもりだったのだが、そう聞くと彼女は「別にそうでもないわ」と言いながら顔を逸らした。あぁ…これは待たしたな。
「それより、今日の事なんだけど、私どうだった?」
それは、会議での件だろう。
「まさか、ソカが入ってくるとは思わなかったからビックリしたよ」
そう言うと、彼女は笑った。
「でしょ?あの後、あそこで他の冒険者が来ないか見張ってたんだけど、結局誰も来なかったのよ。なんか拍子抜けじゃない?」
「…あぁ」
そうか。……じゃあ、ソカに頼まなくても冒険者は来なかったのか。
「そしたら、ギルドから女の人が出てきて、私に言ったの。『経理部の者ですが、あなたは部長に頼まれて来た方ですか?』って。その時には違いますって答えそうになったんだけど、私は事情を知ってるから、何かしら力になれるんじゃないかと思って即答してやったのよ『そうよ』って。…で私が登場したってわけ」
経理部の人のモノマネを交えて話す彼女に思わず笑ってしまう。
「そういうことだったのか。でも、よくそんな事を咄嗟に思いついたな?お陰で会議は上手くいったよ。ありがとう」
「良かった。私すごい緊張してたから、上手くやれてるか不安だったのよ」
緊張?いや、むしろ楽しんでなかったか?
「点数をつけるとするなら90点だな。ソカが出ていった後、すぐに俺の勝利が決まったんだ」
「そうなんだ……あとの10点はなに?」
「たいしたことじゃないさ。それに満点なんかつけたら面白くないだろ?」
その10点分は、茶番のような受け答えにあったのだが、そんなことはどうでもよくなるくらい良かったのだ。あえて言う必要もないだろう。
「じゃあ、満点で良いじゃない?私は面白いから」
しかし、妙に威圧的な態度をとるソカ。生意気そうな表情で、やっぱりね?なんていう返しを予想していたのたが、違うようだ。というか、怒ってる?
「それじゃあ…満点」
「はぁ?なにそれ。私が言ったから満点なの?」
「違う。満点でもおかしくないからそう言ったんだ」
「なら最初から満点つけなさいよ」
えぇ?なんで俺が責められてるの?
「意外と完璧主義なんだな?」
「違うわ。私は……ただ…あなたのために………」
言いながらうつむくソカ。そのせいで小さくなった声が余計に聞こえなくなる。
「なんて?」
よく聞こえるように、少しだけ耳を近づける。
「とにかく!私の頑張りを認めたなら満点くらいつけなさいって事!」
顔を上げて大声をあげるソカ。俺は耳をふさいでしまう。
「痛っ……いきなり大声だすなよ」
「仕方ないでしょ?あなたが悪いんだから」
えぇ?なんでだよ?
とりあえず、これ以上彼女の機嫌を損ねないうちに話を変えることにする。
「で?それを聞くためにわざわざここで待ってたのか?」
「そんなはずないでしょ?約束は覚えてる?」
約束とは、飯のことだ。
「もちろん」そう答えてから気づいた。「……あぁ、それで待ってたのか」
「なによ、その反応。……もしかして今日はダメだった?」
一瞬、不安そうな表情をするソカ。
「ダメじゃないさ。ソカが良いなら今夜にでも」
だから、笑顔でそう返してやる。すると彼女はフッと笑った。
「なら決まりね。もう仕事は終わったんでしょ?」
「あぁ」
「じゃ、下で待ってる」
言うが早いか彼女は窓から飛び出していった。ほんと、自由な奴だよな。俺は苦笑いして帰り支度をした。




