四十二話 ローブ野郎の独壇場(後半)
ふと見ると、バリザスのおじいちゃんは寝ていた。まだ会議は終わってもいないのに、一番上の者が寝るってどういうことだよ。
そう言ってやりたかったが、今回だけは仕方ない。
未だローブ野郎の話は続いていて、調子に乗ってきたのか、ちょっとした動きまで取り入れていた。
「ーーその時私は目の前のアンフィアンドに、剣を突きつけて言ってやりました『お前の血をもらい受ける!』」
もう何の話だよ?いつものお前はどこいったんだよ?
「ーー『逃げても無駄ですよ?なにせ、その向こうには月光草が生えていますからね?』そう言うと、アンフィアンドは逃げるのを諦めて私に襲いかかってきたのです」
思ったのだが、ローブ野郎はあまり運動が得意でないとみえる。先程から、戦闘シーンを動きで表現しているらしいのだが、全くキレがなく、何をやっているのか分からないのだ。まぁ、動きづらいローブのせいかもしれないが。
「ーーやっ!はっ!ほっ!」
多分、剣でアンフィアンドを切り刻んでいる動きだと思うのたが、どう見ても箒で掃いている動きにしか見えない。というか、おそらく彼は剣を使っていない。別の方法でアンフィアンドを倒しているはずだ。そんな剣捌きでは、アンフィアンドは倒せない。やりたい放題か。
「ーーこうして私は無事に魔血を採取したわけなのです」
……終わった?
「一つ聞いても良いかしら?」
ミーネさんが手を挙げる。
「……なんでしょう」
「私にはいまいち分からなかったから、テプト部長に説明の捕捉を頼んでいいかしら?」
「うぐっ!?」
流石はミーネさん。全部やらせた後で突き放すとは……怖すぎる。
「まぁまぁ、説明の内容はともかく普段の彼を考えれば、とても素晴らしいことじゃないですか」
「ぐっ!?」
ハゲ……フォローになってないよ。
「いくら闘技場とはいえ、町の中で魔物を召喚することは大変危険です。下手くそな演技で事態の重さを軽減させたつもりでしょうが、私は騙されませんよ……テプトさん?」
いや、アレーナさん……そんなに見つめられても、これは策じゃないですからね?彼が勝手に暴走してただけですからね?
どうやら、アレーナさんの一言がトドメとなったらしい。ローブ野郎は机に突っ伏したまま動かなくなっていた。
「おい……その月光草の効果とやらは、本当なのか?」
それは、安部の部長の一言。意外に鋭いな。
俺はすかさず立ち上がる。
「はい。実は俺も、今回初めて知った効果です。試してみたところ、その効果は確かでした。召喚された部屋より魔物が出ることは、まずないでしょう」
「…『まず』か。絶対とは言わんのか?」
「絶対はありません。ですが魔血の価値を考えれば、リスクはかなり抑えられているように思います。検討してみてください」
「……ふぅむ」
最難関と思われていた安部の部長が考え込んでいる。これはもう一押しかもしれない。
「できれば闘技場へ行き、月光草の効果を皆さんには見ていただきたいと思ってます」
「それは、実際に魔物を召喚して見せるということですか?」
アレーナさんの問いに俺は頷く。こんなところで議論するよりもこの件は見てもらった方が早い。
「それは…さすがに気がひけますね。実際に見た方が決断しやすいというのは理解できますが、そのために危険をおかすことは出来ません」
彼女の表情が陰る。
「私も同感ですね。出来れば、目に見える結果をここに持ってきて頂きたい。いや、決して信じていないわけではないのですが」
ハゲも躊躇いをみせた。まぁ、上にたつ者は時として臆病風に吹かれる。自分が居なくなったあとの事を考えるからだ。自分の身を保証出来ない者に、他人の身を保証することなんか出来ないだろう。それでも、やらなければいけないことは世の中に沢山あって、今回の件もそれに該当すると思っていた。……んだがな。どうやら考えが甘かったらしい。
「ちなみにテプトさん。先程冒険者に効果を実感してもらったと言っていましたが、この事も伝えましたか?」
アレーナさんが言う。今度は首を横に振った。
「もしかしたら魔血をギルドで販売するかもしれないと言っているだけです。製造方法が知られたら、ただ事ではありませんから」
もしも、町の中で魔物を召喚していることが伝われば、町の人たちは黙っていないだろう。だから、そういった情報は、ソカにさえ詳しく話していなかった。
「そう…ですね。でも、それが分かっていながらなぜこんな案を通そうとするのですか?」
「それは……」
俺の案を通すための条件だから。とは公言出来ない。まぁ、少なからずアレーナさんなら気づいているだろうが。
だから。
「今後、冒険者のためになると思うからです」
という、逃げ口上しか言えなかった。決して間違いとは思わない。実際に魔水の値段は上がっている。魔力切れを起こした冒険者など、ほとんどただの人だ。だが、それが全てか?と問われれば難しいところだ。そもそも、魔物を町に入れるという考え自体が突拍子もないのだ。それを、自分の研究のために平然とやってのけるローブ野郎がおかしいのかもしれない。だが、進歩というのは、いつの時代もリスク無しでは成し遂げられないものだ。特にこの世界において、魔物に対しては、完全な安全を担保出来ていない。今のところは魔物に効く魔法や武器、そしてそれを使える人間しか、対抗策がないのだ。
「そうですか。ちなみに、その意見に賛同できる人は?」
誰も手を挙げない。ローブ野郎は動きすらしない。
「ミーネさん」
アレーナさんに促されて、ミーネさんは浅く息を吐いた。
「いいわね?テプト部長」
それに俺は、小さく返事をして座るしかなかった。
「では、テプト部長より出た魔水の対策案は無効とします。あと、企画部部長には……テプト部長、後で伝えてもらえるかしら?今後、魔物を召喚することを禁ずると」
「……わかりました」
もっと入念に準備をするべきだったかもしれない。そもそも、会議にも通さずに勝手に造られた地下施設を、今さら認めろというのは虫の良すぎる話だ。それに、ローブ野郎が今回の説明で暴走し、先走ったのも敗因の一つだ。それでなくともかなり難しい案件だったのだから。
「他になければ、このまま終了します」
ミーネさんの言葉の後、皆が立ち上がり扉から出ていく。ミーネさんは俺から闘技場の件に関する書類だけを取ると、「それじゃ、これだけ貰っておくわね」それだけ言って部屋を出ていってしまった。部屋に残ったのは寝ているバリザスと、動かないローブ野郎、そして俺だけだ。
「いつまで死んだふりしてるんですか?」
ローブ野郎に声をかける。しばらくの後、ローブ野郎はモゾモゾと動いて、体を起こした。
「クックッ…バレてました…か」
「あんなことで気絶する奴なんかいませんよ。ミーネさんからの伝言…聞きます?」
「…聞いてました」
「すいません。こんな結果になってしまって」
頭を下げた。するとローブ野郎はクックッと笑う。
「…自分の提案が通った事…素直に喜んでください。闘技場の方は通ったんです。…感謝しかありませんよ」
「もっと慎重に事を運ぶべきでした」
「私も…やり過ぎて…しまいました……クックックックックックッーー」
それからローブ野郎は、そのまま長い間笑い続けた。とうとうイカれてしまったのだろうか?と心配になったが、しばらくしてから、それは笑いではなく歯を噛み締めて涙を堪えていたのだと気づいた。
…よほど悔しかったのだろう。彼が落ち着くまでの短い間、何も言えずただ立ち尽くすしかなかった。




