三十九話話 会議(前半戦)
「それでは会議を始めます。今回は大事な会議なので、いつもは出席されていないギルドマスターを呼びました」
ミーネさんの司会進行のもと、会議は始まった。さらりとバリザスを罵倒するミーネさんは、もはや流石としか言えない。
周りを見渡すと、各部長の面々が揃っている。安全対策部長だけは、俺を睨んでいた。
「それではまず一つ目、お手元の資料をご覧ください。最近、町の人達に冒険者が必要とされていない旨の報告が、冒険者管理部よりあがっています。また、それに対する解決案を、テプト部長より提案して頂きました。それとは別に、経理部部長からも解決案を頂いております。それをギルドに取り入れるかどうかを今回の会議で決議しますのでご了承ください。では、テプト部長、説明を」
促されて立ち上がる。資料にいっていたこの部屋内の目線が、一斉に俺に向けられる。
「はい。まずその説明をしたいのですが、その前に前回の会議であがった魔水の件に関して、解決策を考えて参りましたのでそちらから説明します」
「そんなことは後でも良いだろ!!今はお前が出してきたこの提案について話せ!」
安部の部長が声を荒げて資料を何回も手で叩いた。
魔水と闘技場の件を通さなければ、ローブ野郎の票は取れない。後ではなく、これの前に通さねばならない。しかし、それは俺の都合だ。
ミーネさんを見る。
「テプト部長は、言われた提案書の説明を優先させて下さい」
……くそ。俺はチラリとローブ野郎を見る。彼は、俺が見たことに気づいたのか、小さく首を縦に振った。『後でもかまわない』その合図だ。
この会議が始まる直前、ローブ野郎にはこうなることを想定して話をつけてある。それでも彼は、協力してくれるならこちらも協力すると言ってくれた。
すまん。心の中でそう呟いて、「わかりました」と返答する。
「では、話を戻します。最近冒険者を出禁にする店が増えておりーーー」
俺は一つ一つ説明をしていく。
冒険者が依頼をあまり受けないために、町の人の冒険者に対する意識が低くなっている事。
今は大きな問題が起きてはいないが、このままにすれば冒険者と町の人によるいざこざが起きかねない事。
また、未達成依頼の多くを冒険者管理部が処理していることにより、その意識が顕著になりつつあるという事。
そして、それを打開するため、冒険者に依頼を義務化する提案をあげた。
内容は
・月単位で冒険者一人が一つ以上の依頼を達成する
このチェックについては、冒険者管理部が行うこととし、またそれに必要となる人員補充の話もする。
冒険者の人数は1320人。そして一日に依頼される量は30件~50件程度。現状は、だいたいその6割くらいが討伐依頼なのだが、もう4割の依頼が達成されず放置される。期限としては30日以内で適正ランクもDと、比較的簡単で長期設定のものが多いが、それでも放置されているのが現状だ。そして、そういった依頼こそ町の人達が冒険者を身近に感じる依頼ばかりなのである。
一日に50件依頼があるとして、その4割の20件を未達成とする。それが30日続くと未達成依頼は600件となってしまう。
もしも冒険者一人が月に一つ依頼を達成すれば、それを大幅に改善することができる。月の終わりにまだ依頼を受けていない冒険者には、未達成依頼を受けてもらい、もしも依頼がない場合は、次の月始め前期以内に依頼を受けてもらう。そして、依頼を受けなかった場合は冒険者管理部より、適切な処罰が下される。
「ーーーこの処罰については、今後各部長の意見を伺って決めていきたいと思っています」
そこまで話終えると、会議室が沈黙した。
「なにか意見はありますか?」
もう一度声をかけると、アレーナさんが手をあげた。
「こんな事をしてしまったら、冒険者からの反発が大きくなります。その時の事は考えているのですか?」
「反発がないよう説得するしかありません。それを怖がっていては問題が解決することは無いからです」
「避けられるトラブルは避けるべきです」
「俺は今後起こりうるトラブルを防ぐために提案をしているんです」
そう言うと、アレーナさんは唇を噛んだ。
「……ギルドマスターはどうお考えですか?」
「わしか?」
聞かれたバリザスは少し戸惑っているようだった。
「はい。冒険者だったギルドマスターに意見を伺いたいのです」
その言葉に、しばし黙るバリザス。そらから、俺に一瞬視線を向けた。そのタイミングを逃さずニヤリと、分かるように笑ってやる。
「わしは……この会議の決定に文句は言わん。冒険者だったのは昔の話じゃ」
なるほど……賛成はしない。しかし、アレーナさんの味方をするつもりもない、ということか。これはミーネさんの入れ知恵かな?
「私は賛成ですよ。クックック」
言葉を発したのはローブ野郎だった。
「こんなにも目に見えた問題に対し、それに応じた解決策をあげているのに、反対する理由こそお聞きしたいですね?クックック」
かなり流暢に喋り出すローブ野郎。その手は、必死で震える膝を押さえていたのを俺は見た。
「お前……ちゃんと喋れたのか」
安部の部長がそんなことを言った。
「ぐっ!?」
どうやら、ローブ野郎にダメージが入ったらしい。
「妙ですね?意見を自分からは言わないあなたが、そんな風にしているのは。……なにかテプト部長と取引でもしましたか?」
アレーナさんが探りを入れてくる。
「そういえば最近、テプト部長は闘技場の参加を冒険者に募っているそうですね?あなたと関係あるんじゃないんですか?」
「俺も……というか、ここにいる奴等全員知ってるだろ?テプト部長、どうゆうことだあれは?まさか、自分の案を通すために、こいつと取引したんじゃないだろうな?」
安部の部長がローブ野郎を指差しながら言う。
「偶然じゃないですか?俺は冒険者の意見を聞いて、その希望を叶えてあげようとしているだけです。ちなみに、闘技場の参加には、約900人の冒険者が同意してくれました。それも、この会議で提案しようと思っていたことです」
それから、空間魔法で紙の束を机に置いた。70枚近くある紙は、それなりに分厚く、机に置くとドンと音がした。
「……900」
安部の部長はポツリと呟いた。その数に驚いたのだろう。
「結論から言うと、冒険者も闘技場に出たいと思っています。確かに冒険者は、魔物と戦うことを専門としていますが、その実力を試したいとも思っているんです。闘技場はどちらかが戦闘不能になるまで行われます。逃げることも許されないし、降参することは恥だと思われています。そのせいで死人が出てしまうこともしばしばあります。てすが、魔物との戦いで、強力な魔法を使うことが出来る彼等がそうなることは考えにくいですし、なにより、企画部部長の働きにより、死亡者の数は減っています。参加する権限を与えても良いのではないですか?元より、闘技場は冒険者と兵士団が訓練を行うために作られたことは、ギルド学校を出たものならば皆が知っているはずでしょう?」
「しかし……「そもそも!」
安部部長の言葉を遮る。
「冒険者を、他の人達の尺度で考える事こそ間違いなのでは?彼等は他の人達とは絶対的に違います。人の非力ではどうにもならない魔物と戦う事を選んだ彼等は、普通の常識にはあてはまりません。そこを理解することが、俺達には必要なんです。そのために、彼らの意を組んでやっても良いんじゃないですか?」
その言葉に安部の部長は黙った。悔しそうに睨み付けるだけだ。反論が思い付かないのだろう。それは、冒険者でも闘技場でなら十分……いや、それ以上に戦えると心の中で分かっているからだ。ただ、今まで決められていたことを覆したくないだけなのだ。
「あなたはこの数日で、冒険者とかなり仲良くなられたようですね?」
営業部部長のハゲが言った。
「冒険者管理部は彼等を管理しなければいけません。そのために必要なことをしたまでです」
「ふぅむ。……私も冒険者達とは仲良くしていきたい。あなたがそれを望み良い結果を出してくれるなら、あなたの意見に賛成しましょう」
その言葉に、アレーナさんと安部の部長が息を飲んだのが分かった。『意見に賛成する』それは、闘技場だけではなく、提案にも同意するという事を含んだ発言だったからだ。
「安全対策部はどうですか?反論があるなら言ってください。なければ、賛成ということで良いですか?」
俺は一気に畳みかける。納得できないから賛成しないというのは通らない。だから、ちゃんとした理由をつけて反論は行わなければいけない。しかし、先程の様子をみる限り、安部の部長に反論はないだろう。
「俺は……」
その表情が徐々に歪む。
「待ってください!」
その時、アレーナさんか立ち上がった。
「待ってください。……闘技場の件は分かりました。随分と姑息な手口で冒険者を味方につけたようですね?」
トゲのある言い方をした彼女の声は、普段より少しだけ大きい。
「先程、冒険者の望みを叶えるなどと言っていましたが、矛盾していませんか?あなたの提案する『依頼義務化』は、明らかに彼等にとって不利益なのでは?」
「何が言いたいんですか?」
「闘技場の参加については私も認めましょう。彼等が望んでいるのならば。……しかし、それがこの提案書を通すための手段だと知ったら、彼等はどう思いますかね?それとも、それを説明した上で闘技場の賛成を募ったのですか?」
「それは関係ありません。あくまで、重なった偶然ですよ」
冷静に言い返すが、額に汗が浮かんでくる。
そう、俺は『依頼義務化』を通すために、冒険者を闘技場に参加させる主張をしているのだ。それは、ローブ野郎が出した条件だからだ。
もしも、全てを冒険者に話していたなら、900人もの署名を集められていないだろう。俺は彼等を騙しているということになる。
「それにどちらも、今後冒険者のためになる提案です。それは説明したはずですが?」
そうアレーナさんに問う。
「分かりました。なら、彼等の意見も聞いてみなくてはいけないのではないですか?」
「意見?」
俺は首を傾げたが、彼女が何をしようとしているのか分かった。
「ギルドマスターは先程、冒険者だったのは昔の事だとおっしゃいましたね?」
「……あぁ。そうじゃ」
「でしたら、現役の冒険者に意見を聞いてみるのはどうですか?」
「意見じゃと?」
「はい。私は何人かの冒険者に打診して、この会議に出てもらえないかとお願いしています。もしも来ているならば、この場に連れてきて、意見を聞きたいと思っています」
「なんじゃと?」
それにはバリザスも驚いたらしい。
「よろしいですか?ミーネさん」
アレーナさんはミーネさんを見つめた。
「……そうね。彼等の意見は、テプト部長が主張しているだけだもの。本人達の意見が聞けるなら、皆納得するでしょう。……分かりました、許可します」
そういう権限はバリザスじゃなくて、ミーネさんが持ってるのかよ。バリザスは本当にお飾りだな。
しかし、これが問題だ。もしも、冒険者がアレーナさんの話を聞き、信じてしまえば何を言い出すか分からない。
俺が提案書を通すために闘技場の参加を募った事は、ローブ野郎が言わない限り露見することはない。しかし、偶然と言い張るには少し無理がある。つまり限りなく黒に近い白、つまり灰色なのだ。
だから、ソカに冒険者を足止めするよう頼んだのだ。……頼む、成功させていてくれ。
「私の部下が、部屋の外で待機させている筈です」
そして、扉に近づくアレーナさん。すれ違う瞬間、俺にだけ分かるよう舌をペロリと出した。無表情のまま、彼女の行動を見守る。
そしてアレーナさんは、扉を4回ノックした。それが合図なのだろう。
その後、扉がゆっくりと開いた。そこには、ギルド職員が一人。
そしてその後ろに、一人の冒険者がいた。
「嘘……だろ?」
思わず俺は呟いた。




