三十六話 決戦にむけて
それは劇的な変化だった。
「俺も書いてやるよ。……代筆してくれんだろ?」
「こいつ、あんたの事気にしてたみたいなんですよ。昨日も酔った勢いで褒めてたんですから」
「ばっ……ただ、少しはあんたに期待してみても良いかと思っただけだ。あんたは今までの連中とは違うようだからな」
少しずつ、多くの冒険者達が名前を書いてくれるようになったのだ。一人が書けば二人が書き、それに茶々を入れに来た奴等までもが書いていく。状況は好転しつつあった。
また、ギルド内では俺の行動を奇行だと決定づけたようで、挨拶をしても、話しかけても素っ気ない言葉しか返ってこなくなった。エルドさんもあれ以来話をしていない。
だが、それで俺は良かった。万人に認めてもらおうなんて最初から思っていない。
突然ナイフが飛んできた。
ヒュンーーーパシッ。
「随分と人気者になったわね?」
ソカだ。
「あぁ、俺もびっくりしてる。で、例の物はどうだった?」
「えぇ。皆感謝していたわよ?それを渡したのがあなただって教えたら、もっとビックリしてたけど」
「そうか。そいつら昨日ここに来たよ」
署名活動をしている時に、お礼を言ってきた冒険者がいた。理由を聞くと、ダンジョン内で魔力切れを起こしているときに、ソカから渡された魔血を飲んで元気になったのだと嬉しそうに説明してきた。そして、魔血を俺から渡されたと聞いて、わざわざ声をかけてくれたのだ。
ここ最近、やはりポーションが値上がりを始めているらしい。
お礼を言いに来た冒険者は「もしも残りがあれば売ってほしい」と言ってきた。流石にそれは出来ないので、魔血で実感した効果を教えてほしいと言ったら、快く教えてくれた。俺はそれを紙に書いて、大事にしまう。その後も何人か同じような冒険者が俺のところにお礼を言いに来たので、そいつらの言葉も書き足していった。
「本当とんでもないわね、あなた。いつの間にか私達と仲良くなっちゃって」
「ソカのお陰でもあるよ。頼る人がいなければ、糸口すらわからなかった」
「そうかしら?私はただ、あなたにちょっかい出してただけなんだけど」
「たぶん、それが良かったのかもしれない。……そういえば飯の約束をしていたね。全部終わったら好きなだけ奢ってあげるよ」
「あら、覚えていてくれたんだ?」
「まぁ、しがないギルド職員の安月給だけどね」
「良いわ、別に期待してないから。でも……嬉しい」
「なら良かった」
その後も順調に署名が集まる。このギルドに所属している冒険者の数は現時点で1130人。そのうち、680人もの名前が紙に書かれている。既に紙の枚数は50枚近くにも及んでいた。
署名活動途中、カウルとソフィアを見つけた。
「ダンジョンに行ってたのかい?」
声をかけると、カウルは俺を一瞥して、そのまま受付に並んでしまった。
「あの……先日はありがとうございました」
しかし、ソフィアの方は頭を下げて駆け寄ってきてくれた。前の時はボロボロで気づかなかったが、ブロンドの髪がゆるく巻かれ、顔立ちも整った優しげな女性だった。
「調子はどうですか?」
「はい。お陰さまですごく良いです。カウルはちょっと不機嫌なんです。パーティーの勧誘をしているのですが、もう10人ほど断られてしまって」
そりゃそうだろう。なにせ『仲間殺し』の異名を持っているからな。俺でも考えてしまう。
「本当は彼のせいじゃないのに……ほんとうは……」
「おい、ソフィア。何をやっているんだ!」
突然、カウルが彼女を呼んだ。
「ごめんなさい。それでは失礼します」
「あぁ、気をつけて」
そしてソフィアはそそくさとカウルの元に言ってしまった。彼女は何を言いかけたのだろうか?
「おい!代筆たのむよ!!」
「あ……わかりました」
そんなことより今は会議を成功させなければ。俺は署名活動に集中する。
会議はとうとう明日に迫っていた。
出来ることはやったし、それらも概ね上手くいったように思う。改めて考えると、なんで俺がこんな必死になっているのか疑問にも思う時もあった。だが、すぐにその答えにたどり着く。
あぁ、俺はこのギルドと、この町に住む人達と、冒険者の皆が好きで、それを守りたくてやっているのだと。笑ってしまうような偽善たらしい答えに、おそらく一生他人に言うことはないだろうが、そう思えるこの気持ちを今は大切にしたいと思う。
この町に来て、ようやく一月が経とうとしているが、どうやら俺はここが好きになったらしい。未だ宿屋暮らしの俺がこんなことを思うのはおかしいだろうか?いや、そんなことはないはずだ。
それほどに、このタウーレンの町は魅力に溢れている。
そろそろ帰ろうと支度をしていると、不意に扉をノックされた。
「どうぞ」
入ってきたのは、アレーナさんだった。
「随分と派手にやってますね」
「じゃないと勝ち目なんてないですから。そちらは勝算あるんですか?」
「企画部の方は上手く手込めにしたようですね?私が行ったときには話もろくに聞かれずに終わりました。まぁ、あの人と会話できるとは思っていませんでしたが」
その言葉に思わず笑ってしまう。
「安部は私についてくれます。理由は……言わなくても分かっているのですよね?」
「はい」
仕方ないだろう。
「営業部は……あなたと先に話をつけたと言ってましたが、迷っているようでした。その理由も分かっていますよね?」
「はは……まぁ、裏切られないよう精一杯頑張りますよ」
やはり署名活動は思っている以上に影響があったらしい。
「今のところ、あなたに軍配が上がっていますが、それは勢力上での話です。とても通せるような提案ではないと思います。あなたの提案は、ここだけじゃなく、他のギルドにまで影響を及ぼしかねません」
「俺にはアレーナさんの提案の方こそ、通るとは思えませんね」
「まだやるきなのですね?」
「もちろん。わざわざそれを確認しに来てくれたんですか?」
「はい。諦めているなら、安部の方に許してもらえるよう口添えしようかと思っていたんです。彼等、完全に怒ってますから」
「優しいですね?でも大丈夫です」
そういうと、アレーナさんは小さくため息をついた。
「私には……あなたの考えている事がいまいち分かりません。なぜ、わざわざ敵をつくるような真似をしているのか。それも……あなたが成功させたいと願う会議の前に……です」
「まぁ、成り行きですかね?でもちゃんと勝つ気でいますよ」
「あなたは、私では考えの及ばない所にいるのかもしれません」
「それは買いかぶりすぎですよ。アレーナさんが俺の立場だったら、少なからず同じような行動をとったはずです」
「そうでしょうか?……私はそんな行動は絶対にとりません。おそらく、あなた以外の誰がその立場でも、あなたほど奇妙な行動はとりませんよ」
「……それって褒めてます?」
「褒めてますよ。私なりの精一杯の賛辞です」
「それは良かった」
「本当……不思議な人ですね」
「それも褒め言葉として受け取っておきます」
「明日は正々堂々と戦いましょう」
そして、アレーナさんが握手を求めてきた。
「お互いに策を廻らせて、正々堂々といえるか分かりませんけど、もちろん」
その手を握り返す。
「それも勝負の内ですよ。本部にいた頃には日常茶飯事でした」
そう言って最後にアレーナさんは笑った。
お互い、このギルドを守りたくて始めた戦いだ。意見が異なったとしても、理解しあえないはずはない。だが、負けるわけにはいかない。俺は決意を新たにする。それは、彼女も同じなのだろう。握った手はとても力強かった。
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