三十五話 すれ違い
前回のあらすじ
魔血の効果を冒険者に実感してもらい、その有用性を知らしめるため、ソカに魔血を預けるテプト。その過程で勘違いが起き、ギルド内で言い争いになったものの、彼女は無事にその願いを聞き届けてくれた。
テプトはローブ野郎と約束したもう一つの、『冒険者に闘技場への参加を認めさせる』という条件をクリアするため、署名活動を行うことにした。
その日から署名活動が始まった。とはいえ、ギルド内でギルド職員が『闘技場への参加を希望する』なんていう紙に署名を集めていたらどうだろうか?……きっと怒られるに決まっている。
そう思いながらも俺は、やるしかないと思った。大切なのは、公の場で、俺が何の不正もなく冒険者の意見を集めたという所にある。
「そこの君」
「あぁ?」
「そう、君だ。突然だが、闘技場に参加してみたくはないか?」
「……なんだよ?いきなり」
「闘技場に参加したいならこの紙に名前をかいてくれ」
「名前?……これは参加するための紙なのか?」
「いや。参加するために、その権利を獲得するための紙だ」
「ややこしいな。……悪いが俺は忙しくてな」
「あぁ……いや、手間をとらせて悪かったね」
そして、次に大切なのは冒険者が署名を任意で書いてくれることだ。強制をしてはいけない。なぜなら、そんな物に法的効力は全くないからだ。
まぁ、この世界の法と、元いた世界の法は全然違うんだがな。それでも、やるからには理にかなっていて、否定することの出来ない物でなければいけないのだ。
結果、署名はなかなか集まらなかった。
「テプト君!どうゆうこと!?」
冒険者専用の受付が終わると、セリエさんがやって来た。その表情は明らかに怒っていた。
「……何がですか?」
「とぼけないで。さっき、変なことしてたでしょ?」
「変なこと?してませんよ」
「闘技場に参加がどうとか言って、冒険者に話しかけてたじゃない!今、営業部でみんなその話をしてるわ。日々の激務で頭がおかしくなったの?」
「いえ、俺はいたって正常ですよ」
「だったら止めて。まだみんな疑問に思っているけど、不審がっている子もいるの」
やはり変だよな……こんなこと。だが、止めるわけにはいかない。
「すいません。いくらセリエさんのお願いでも止めるわけにはいきません」
「……どうゆうこと?わけは話してくれるのよね?」
俺は口を開こうとして……止めた。
高慢な考え方かもしれないが、わけを話せばセリエさんも手伝ってくれるような気がしたからだ。営業部内でもう話が伝わっているのに、そこに所属する彼女がそんなことを手伝いだしたら、なんと思われるだろうか。
そんなのは想像に容易い。
「すいません。わけは話せないんです」
「!?……なんで?」
「これは俺がやるべき事だからです」
ローブ野郎と約束をしたのは俺だ。俺がやらねばならない。
「なにそれ?話せないような事をやっているの?」
「今は話せないだけです。時期がくれば話します」
「はぁ?……まぁ、君のことだから何か考えがあってのことなんでしょうけど……無理をしちゃ駄目よ?」
「はい。心得てます」
「本当に分かってるの?」
セリエさんがジト目でこちらを見てくる。
「大丈夫ですよ」
そう言い直してから、セリエさんはようやく安心したようだった。本当にこの人は良い人だ。
「わかったわ」
それだけ言って彼女は戻っていった。これからの時間帯は、依頼人の受付時間になる。俺は署名活動を止めて、いつも通り未達成依頼を達成しに出掛ける。そして、冒険者専用の受付が始まると、再びギルド内で冒険者達の署名を集めた。
翌日も同じである。
ただ昨日と違ったのは、エルドさんが待ち構えていた事だった。
「おはようございます。エルドさ……「テプト。ちょっと来い」
やはり怒っているようだった。俺はエルドさんの後をついていく。彼は、受付からでは見えないところまで歩くと、急に振り返った。
「お前、自分が何しようとしてんのか分かってる?」
「……はい。分かってます」
「闘技場への参加希望を募っているらしいな。冒険者達の!」
『冒険者達の』というところを強調してくる。
「はい。そうですが」
「なに考えてんだ?そんなこと認められてないだろ?」
「認めてもらうためにやっているんです」
その瞬間、エルドさんの目つきが変わった。
「お前……本気で言ってんのか?」
正直、俺にとってはあまり怖くない。冒険者時代にドラゴンに睨まれた時の方が、百倍怖かった。
「本気ですよ」
俺もその視線を正面から受け止める。長い間お互いを見つめあっていた。
「用はそれだけですか?なら、俺にはやることがあるんで」
そう言って戻ろうとすると、いきなり肩を掴まれた。見れば、エルドさんは拳を強く握りしめて俺を殴ろうと構えている。
しかし、その拳が振るわれる事はなかった。力なく腕をぶらりと下げて、エルドさんはうつむいた。
「部長からの伝言だ。……その意味不明な行動を止めない限り、お前の提案に乗ることは出来ない」
……まぁ、安全対策部としては、それが正しいよな。闘技場に冒険者が参加するようになれば、死人がでるかもしれないのだ。それを彼等が推奨するはずがない。
「分かりました」
俺はそれだけ言うと戻る。エルドさんは何も言わなかった。
その後も俺は署名活動を続けた。最初は胡散臭そうに見ていた冒険者達だったが、少しずつ声をかけてくれるようになった。その日も一人、体格の良い男の冒険者が話しかけてきた。
「おう、ギルドの兄ちゃん、今日もやってんのか?聞いたぜ?大目玉喰らったんだってな?」
ミーネさんの事だろうか?俺が署名活動をしていると、突然ミーネさんがやって来て、どこかに移動するまでもなく、その場で俺に怒鳴り散らした。
もちろん、内容は即刻署名活動を止めること。しかし、それは出来ないと断った。
俺は署名活動を行う許可を、ミーネさんから貰っていなかった事に気づいて、ついでにその事も話すと、彼女は呆れたようにため息をついた。
「今さら何を言っているの?そんなのダメに決まっているじゃない」
「やっぱりですか?」
「でも、あなたは勝手に始めちゃったし、止めるつもりもないのでしょう?」
「……はい」
「なら、好きになさい。ここはあなたの職場よ。ギルドマスターは特に何も言ってないわ。……あの人の事だから、もしかしたら闘技場への参加を認めたいのかもね」
この時ほど、バリザスが元冒険者で良かったと思ったことはない。ちなみに、バリザスは何回か俺の目の前を通った事があるのだが、「ふん」と鼻を鳴らしただけで、何も言ってこなかった。意地っ張りか。
それにしても、ここが元の世界じゃなくて良かった。勝手に署名活動なんかしても、その行為自体の許可を取らなければ意味がないからだ。
……そんなことがあったのだ。
「はは……恥ずかしいところを見られてしまいました」
「あんた変わってるよな?最初は強くもないくせに偉ぶった奴が来たのかと思ったが、あんたは強いし、今もギルドに楯突いておかしな事をやってる。聞けば、闘技場への参加を認めさせようとしてるらしいじゃねーか」
「あんまり上手くいってないですがね?」
「そうか?他の連中言ってるぜ?あんたは他と違うってな。そのうち皆名前を書きにくるんじゃねーか?」
「そうですかね?あっ、名前書いてくれますか?」
「あぁ……俺は字を書けないんだ」
「なら代筆しますよ」
「え?そんなんで良いのか?」
良いのだ。大切なのは、俺の意思に同意をしてくれた事にある。
「なら、書いてくれ」
それから、男の名前を聞いて紙に書いた。
「ありがとな。あと、負けずに頑張れよ!」
男の冒険者はそう言って去っていった。
彼が言っていた事は嘘ではなかった。やがて、徐々に署名が集まり出したのだ。




