三十二話 二つ目の条件
「あれは……暗い夜の事でした」
夜はいつも暗いからな?
「私はいつも通り翌日に控えたトーナメント戦のため、闘技場を見廻っていました。なんだか不気味な雰囲気で、今にも何か出てきそうな夜でした」
どうせ出てくるんだろ?
「こんな夜は闘技場で死んでいった戦士たちの亡霊が出ると言います。私は興奮しながら見廻っていました」
興奮しちゃったのかよ!?
「するとどうでしょう?何処からか……鉄と鉄が打ち合う金属音がするではありませんか!」
「うおっ!?」
いきなり立ち上がったローブ野郎に俺は驚いてしまった。
「クックッ……驚くのはまだ早いですよ?」
お前に驚いたんだよ!無駄な演出を入れるな!
「私は恐る恐る近づくと、それは亡霊ではなく、兵士と一人の冒険者のようでした。彼等は私に気がつくと急いで剣を収めます。私は尋ねました『こんな夜更けに何をやっているのか』と……クックッ」
いや、そんなどや顔で見られても……。
「『私たちはかつて、同じ戦場を駆ける傭兵でした。しかし、最近では争いもなく、仕方なく転職をしました。私が騎士団を目指し、彼が冒険者となりました』」
おそらくその時の状況を再現しているのだろう。芸が細かいな。
「『しかし二つに別れた道は、同じようで同じではなく、彼と共に剣を交えることさえ出来なくなりました』」
冒険者は本来魔物と戦うのが役目だ。町中で抜刀を許されても、理由なく他の者と争うことを禁じられている。兵士も同じように禁じられているはずだ。
「
『だからこのような夜更けに、ここで戦っていたと?』
『はい、申し訳ありません』
『俺が悪いのです。冒険者でありながら彼を誘ったのは私です。罰するならば俺を罰してください!』
『訓練ではダメなんですか?』
『訓練では本物の武器の使用を認められていません。俺たちは生死を感じさせる戦いがしたいのです』
『……なるほど』
『それに、そう思っているのは俺だけじゃありません』
『……あなただけではない?』
『はい。冒険者をしている大半が、そういった戦いを望んでいます。彼等は闘技場へは来ません。戦うことが出来ないのに、来ても無意味だからです』
『大半というのは本当ですか?』
『はい。魔物は強靭で強く、力がなければ叶わぬ相手ですが、動きが単調であり、培った戦術は老いていくばかりです』
『……それは、一理あるかもしれませんね』
『もしも、俺たち冒険者でも闘技場に出られたなら……』
『この……魂は……救われる』
その瞬間、強い風が吹き荒れ、気がついたときにはその二人は姿を消していました。彼等は正しく戦いを求めてさまよう亡霊だったのです」
俺は話終えたローブ野郎に、思わず拍手を送っていた。
「その後も何度か、夜に剣を交え合う音を聞きました。私はその事を度々思いだし、ギルドに行ったときに冒険者に訪ねるのです『もしも闘技場に出られるなら出ますか?』と」
「……その答えは?」
「皆、出ると答えるのですよ」
そこでローブ野郎は、椅子に座った。
「私は今まで、幾人もの戦士の死を目の当たりにしてきました。手当てが間に合わず、目の前で息絶えていきました。しかし、その表情はどれも穏やかなのですよ。私が彼等を救えないことに歯噛みをしている中、彼等は満足そうに死んでいくのです!わかりますか?」
ローブ野郎は唾を飛ばしながら吠えた。俺はそれを黙って見守る。
「……私達が彼等をどれだけ過保護に管理しようとも、彼等は所詮戦いを求めて死に急ぐのです。そして、ある時思いました。それが彼等の幸せなのではないかと……世の中には様々な人がいます。生きたいと願いながらわざわざ死地に赴く人や、死にたいと願いながら生き残ってしまう人。そして、彼等の願う幸せも、また大きく異なるのです。冒険者は、魔物と戦う者達です。そこに、生きる希望を見いだせる者達です。しかし、それが冒険者の在り方だと決めつけているのは私達です。彼等にもそれぞれの思いがあり、願う夢があります。そして、それをなし得なかった者達は亡霊となり、さまようのでしょう。そんな者達を一人でも私は減らしたいと思っているのです。……私の考え方は間違っているでしょうか?」
俺は……なにも言えなかった。
冒険者ギルドの役目は、冒険者を支援することだ。彼等の希望を叶え、彼等の生き方を肯定する。それが出来るのは冒険者ギルドしかない。その観点から見れば、ローブ野郎の考えは、限りなく正解に近い。
ただ、彼の言っていることはなかなかに難しいことだ。
それは……例えるなら、死にたいと願う者に、死に場所を提供するようなもの。本人は幸せかもしれない、だが、周りがそれを許しはしないだろう。
とても危ない思想だ。
しかし。
俺はローブ野郎の肩を叩く。
「話はわかりました。……それも会議に出しましょう。やってみなければ分かりません」
「テプト……さん」
俺はローブ野郎の導き出した答えに、嫌な感じはしなかった。むしろ、好感さえ覚えた。彼も彼なりに冒険者達を想っているのだろう。それが分かったからだ。
彼の目指す処は、きっと多くの人に反発されるに違いない。なら、俺だって同じだ。どうせやるなら、一緒にやってしまえばいい。
「でも、それを認めさせる保証はありません。ですが、冒険者の多くがそれを願っているならば、出来ないことはないと思います」
「ありがとうございます。……私も、あなたの提案書に賛同しましょう」
「ありがとうございます!」
俺は握手をするため、手を差し出す。ローブ野郎はそれを握ろうとして……。
「ちょっと待ってください……そろそろピラルクの共食いが終わります」
そう言って奥の部屋に走っていってしまった。次の瞬間、奥の部屋から魔物の汚い叫び声が聞こえた。それから、なにかを搾り出すような音が聞こえる。
「……お待たせしました」
再び現れたローブ野郎は、そのローブを真っ赤に染めていた。
「では……握手の続きを」
そう言って差し出してきた手は、赤い肉片のようなものがこびりついている。
「……さぁ!同盟の誓いを!!」
「遠慮します」
即答してやる。
「なぜですかーーー!!?」
もしかしたら……わざとやっているのかもしれないな。俺はそう思った。