三十一話 一つ目の条件
「ちょっと待ってください」
俺はローブ野郎の出してきた条件に、必死で冷静を装う。
「……ダメですか?」
「まず一つ目ですが……魔血の事はこの間の会議で却下されたでしょう?」
そう言うと、ローブ野郎の口元は困ったように曲がった。
「そんなこと言われましても……もう作ってしまいました」
「今……なんて?」
「こちらです」
そして、ローブ野郎が奥へと歩き出す。俺は訳がわからぬままついていくと、部屋の奥に扉が在って、そこに彼が入っていった。続いて俺も入る。
再び俺は驚愕した。
その部屋は、月光草が生えている部屋ほどではないが、それなりの広さがある。部屋には、水を張った水槽のような物が二つ。一つは静かで波一つ起こっていないが、もう一つの水槽は激しく水飛沫が上がっている。その飛沫の中に、俺は見覚えのある魔物を見た。
「……ピラルク」
俺の呟きに、ローブ野郎がクックッと笑う。
「そうです。この水槽では、ピラルクに共食いをさせています」
自分の顔がひきつるのを感じた。こいつ……。
「ピラルクは弱い魔物ですので、捕獲するのも簡単です。なにせ、陸にあげれば彼等は無力ですから……クックッ。彼等を三十匹ほど捕まえて、一つの水槽に移せば、教えてもないのに共食いを始める」
未だに激しい見ずしぶが上がる水槽を、ローブ野郎は笑って見ている。
……狂ってやがる。そう思った。
「ピラルクが共食いをした後、どうなるかご存知ですか?」
どんどん雄弁になっていくローブ野郎。俺はその答えをそのまま言ってやる。
「アンフィアンドへと進化する」
「クックッ……そうです。出来ればサラマンダーまで進化させたい処ですが、そうなってしまうと倒すのが面倒です。アンフィアンドの新鮮な血は、魔力回復に大いに役立つのですよ……クックッ」
魔血を飲んで魔力回復をするとき、その回復量は魔物によって異なってくる。一番魔力回復する魔物は、ドラゴンである。さらに、ドラゴンの血を飲めば、無尽蔵の魔力が手に入るとされている。実は俺だけが知っていることだが、それは嘘である。確かに魔力量は、元の10倍程まで跳ね上がるが、無尽蔵という表現には到底及ばない。ドラゴンの血を飲んだ俺が言うのだから間違いない。
そして次に魔力回復量が多いのが、鱗を持つ爬虫類系統の魔物である。サラマンダーはそれに該当し、その血を飲めば、間違いなく魔力は大幅に回復する。アンフィアンドは鱗を持っていないので、その系統には入らないが、いずれそこに該当しうる魔物である。おそらく、その血による効果も大きいに違いない。
こいつは……まじで何をやっているんだ?
俺は心底そう思った。
呆気に取られる俺に向き直り、ローブ野郎は少しだけ舌を出した。
「どうやら私は……やり過ぎてしまったようです」
可愛くねんだよぉぉぉ!!
「でも後には引けないからどうしても会議で認めさせなきゃいけないんです。テプトさん力貸してくれますよね?」
それから、ニカッっと白い歯を見せた。
なんだその疑似爽やかスマイルは!?ってかお前の歯綺麗だな!
「見てしまったからには、あなたも共犯ですよ?」
今度は人指し指でどや顔をするローブ野郎。
……こいつ、ローブで顔半分隠しているくせに、表現豊かだな!というか、ここに来てからお前のキャラ崩れまくってんぞ!!
俺はいろいろツッコミたい気持ちを全て押し込んで、息を整える。これは手に負えない。手に負えないならどうするか。……もう、許容するしかないのである。
「わかりました。尽力しましょう」
「クックッ。それでこそ私が認めた男です」
いつ認めたんだよ?初耳だぞ。
「あと、このもう一つの水槽はなんですか?」
俺は、静かな方の水槽を指差した。これも何かヤバイ奴なのだろう。俺はもう驚かんぞ!
「あぁ……これは私のお風呂ですよ」
あぁ……これは駄目なやつだ。
「この水を火の魔石で沸かして、お湯にするんです。そして、ピラルクの共食いを眺めながら体を癒すのですよ。酒を飲みながら入れば、極上です」
驚きを越えて、もはやアッパレと言うしかない。
「今度入ってみま……「遠慮します」
即答する。
「……残念ですね」
ローブ野郎は寂しそうに呟いた。
冗談じゃない。そんなので体が癒されるのは、国中……いや、世界中探してもこいつくらいだ。
俺は、成り行きとはいえ、ローブ野郎の片棒を担ぐことになってしまった。まぁ、百歩譲って……いや、譲りたくはなかったが、この件に関しては努力しよう。もう既成事実があるなら、無理矢理人を納得させるのも無理ではない。きっと極秘扱いになると思うが、それでも彼は喜んでくれるだろう。だが、もう一つの条件は飲むことが出来ない。
「あともう一つの、冒険者が闘技場へ参加することを認めさせるという内容ですが、それは承諾しかねます」
「……なぜ?」
「ここの管理人なら分かっているでしょう?危険だからです」
そう返すと、ローブ野郎はクックッと再び笑った。
「経歴を見ると、あなたは昔冒険者をしていたそうですが、何も分かっていませんね?冒険者の気持ちを」
得意気に話すローブ野郎。なんだその前置きは。
「どういうことですか?」
「まぁ、立っているのもなんですから、座りましょう」
そう言って、ローブ野郎は月光草が生える部屋へと戻る。
「このピラルクは放置でいいんですか?」
「あぁ……共食い完了には、あと一時間ほどかかります。大丈夫ですよクックッ」
まじかよ。本当に大丈夫なのか?
疑問に思いながらも俺は彼の後をついていく。最初の部屋には、隅にポーションを作成するための作業台があった。そこにある椅子を二つとって、片方にローブ野郎が座る。俺ももう片方に座った。
ローブ野郎は低い声で、話始めた。
「では、話しましょう。なぜ、私がそんな条件を言い出したのか。その……理由を」
生ぬるい風がうなじを撫でたような気がした。
話すのは良いけど、そのホラーテイストはやめなさい。
どうやら、こいつにはツッコミどころ満載らしい。
完全なるネタ回となってしまいました。長くなりそうなので、条件の話は二つに分けます。
ピラルクの事は『十話 ピラルク討伐』にて詳しく説明しています。




