三十話 闘技場
闘技場。そこは町の中心地に造られた巨大な建物だ。円形の形をしており、月に2回、トーナメント制の戦闘が繰り広げられる。優勝した者には多額の賞金が与えられ、称号と名誉、王都の騎士団に入団する特権までもが与えられる。
腕に覚えのある人々は、ここで自らの実力を示し、出世への階段を駆け上がるわけだ。そして、誰が優勝するかを賭けて楽しむ娯楽施設でもある。まぁ、娯楽というほど穏やかなものでもないが……。
戦闘は模擬戦闘のように木の剣で行われるわけではない。本物の武器と魔法を用いて行われる。死人が出ることも少なくないのだ。
そして、その闘技場を管理しているのが、冒険者ギルドの企画部であった。
闘技場を所有している冒険者ギルドは、アスカレア国内では、このタウーレン冒険者ギルドだけである。というか闘技場自体、この国にはここしかない。経緯として、冒険者と兵士団の合同訓練場として造られたのが始まりであり、彼らの意識を高めるため観客席を設けたのが現在の形となっている。アスカレア王国が戦争をしなくなり国に平和が訪れると、闘技場と名前を代えて今も尚、この地に血生臭い争いを起こし続けている。この闘技場を造ったのが、タウーレン冒険者ギルドのギルドマスターであったことから、所有権が冒険者ギルドにあるのだ。毎月、莫大な金が動いていると聞くが、それらの殆どは闘技場の修繕費、維持費、などに回されていると聞く。
闘技場は、五日後に控えた大会のため、異様な雰囲気を醸し出していた。
「すいません。冒険者ギルドの者です。企画部の部長に会いに来ました」
門番の男に話しかけると、男は不気味な笑みを浮かべた。彼は兵士団の一員だ。格好も鎧をつけており、冒険者とは違うことが見てとれる。ここは通常、兵士の訓練場となっているからだ。
「あぁ、あなたが噂の管理部の方ですか?」
噂ってなんだよ。あと、そんな好戦的な目で俺を見るな。
「部長からは話は伺っています。うちの団長もえらく興味を示していましてね?ぜひ一度手合わせ願いたいと言っていますよ」
絶対に嫌だ。
「そうですか。それは大変嬉しい申し出ですが、今回は別件です」
すると、兵士の男は少し残念そうな表情をする。なんでだよ。
「わかりました。場所は知っていますか?」
「いえ」
「なら、案内させましょう。おい!」
男の声に、門の脇にある扉が開いた。もう一人兵士が出てくる。
「なんだよ?まだ交代じゃないだろ?」
「冒険者管理部の方がお見えだ。部長の所まで案内しろ」
出てきた男はそれを聞いて俺を見る。そして、ゆっくりと笑った。お前もかよ。
「へぇ、あんたが冒険者よりも強いギルド職員か。……わかった。案内しよう」
どうやらここは、俺が思っている以上に危険な所らしい。俺はため息を一つついてから、兵士の男についていった。
ローブ野郎は、やはり地下にいるらしく、本来なら上に上がる階段ではなく、下へ降りる階段を使った。造ったばかりなのか、石で出来た階段は真新しく、汚れが何処にもない。等間隔に配置された火の魔石が仄かに通路を照らし、歩く靴音が響く。このまま行けば牢獄があるのではないかとくだらない妄想に耽っていた頃、そこに到着した。
「ここですよ」
その扉はなぜだか、開けてはいけないオーラを出していた。多分、直感は正しい。しかし、俺は行かねばならぬのだ。
「部長!客人をお連れしました」
兵士の男がノックの後に声をあげる。
中から、聞き覚えのあるクックッという笑い声が聞こえた。
「どうぞ」
兵士の男がが言った。え?今のが返事ですか?
困惑しつつも中に入る。
そして、驚いた。
まず最初に気づいたのは、流れる水の音だ。おそらく水の魔石だろう。広い空間の上から窪みを伝って水が流れている。それが部屋全体に行き渡るよう窪みも掘られており、石一面であるはずの床には土が敷き詰められていた。そして、そこに生える草。
……月光草。
それは、満月の夜にしか採取することが叶わない。希少な草が生えていた。見れば部屋全体を明るくしているのは火の魔石ではない。至るところに嵌め込まれた魔石は仄かに紫色に発光している。それは、ムーンスライムの魔石だった。
これが、ローブ野郎の言っていたことか。その光景は、闘技場の地下ということを忘れ知るほどに幻想的であった。
「どうです?驚きました?クックックッ」
不吉な笑いに驚いて、声の方に体を向ける。そこにはローブ野郎が立っていて、この部屋の雰囲気のせいか、より不気味に感じられた。
「あぁ、驚きました。これは、あなたが一人で考えたんですか?」
「はい。……昔は研究者をやっていたので……その延長みたいなものですね。クックッ」
会議室で見たときより、少しだけ雄弁になっている気がした。俺は彼に近寄ると、懐から例の書類を取り出す。
「これは?」
「今度の会議に出す提案書です。俺は、この提案を通したいと考えています。そのために、あなたから賛同を貰うためここに来ました」
「……歓迎会の事ではない?」
「はい!」
強く強調する。
「まぁ……ついでに歓迎会も行いましょう」
いやだからいいんだよ!歓迎会は!そんな心の叫びも伝わらず、ローブ野郎は一人納得したように口元を歪めた。
それから、俺の提案書を読み始めた。
「なるほど……では条件があります」
唐突にローブ野郎が言い出す。何の条件だ!説明をしろよ。
「あの……それは賛同するにあたっての条件ですか?」
「……はい」
「…………なんですか?」
嫌な予感がした。
「二つ。魔物の養殖を会議で認めさせること。あとは、冒険者が闘技場へ参加することを認めること」
なん……だと!?
その提案に、俺は愕然とした。




