二十九話 新たなる敵
少し短めです
『経理部』にて。
「これは……確かに、今のギルドが抱える問題を解決する良い策ですね」
「それじゃ……」
「駄目です」
目の前で、アレーナさんはそうキッパリと言った。まだ何も言ってないでしょう?
「……なぜですか?」
「あまりにも変化が大きすぎるからです。私達の持つ冒険者のイメージとは、自由であり、実力があれば稼ぎ方を選ばないという、そんなイメージです。そんな彼等に依頼を義務化することは、そのイメージを破壊することと同じです。そうなったときの反発が、あなたに分からないはずはないと思いますが?」
「……分かってます」
「分かってて、コレをやろうとしているのですか?」
「はい」
「……では、私がこんなことをしなくても済む対抗案を提出します」
「え?」
それは、予想外の答えだった。
「ちょうど良いですね。あなたもこれを見てください。私もミーネさんに提出しようと思っていたものです」
それから、アレーナさんは十枚程の紙を束を渡してきた。
『依頼料の変更と依頼達成による貢献金の追加について』
それは、かなり衝撃的なものだった。
現在のギルドでは、依頼を受ける時に仲介料として銀貨3枚を報酬とは別で貰っている。そして冒険者が依頼を達成した時に報酬だけを渡し、残った銀貨3枚で利益を得ている。
その仕組みを変えて、依頼を受ける時に依頼人から、報酬金と報酬金の二割を貰い、冒険者が依頼を達成した時に、『貢献金』として報酬の一割分を渡すというものだった。
なるほど、依頼でも稼げる仕組みにしようというのだ。だが。
「元の依頼料を増やしすぎじゃありませんか?二割となるとかなりの値上げです。町の人達が納得するでしょうか?」
そう。この二割というのが問題だ。町の人達は困ったことや、何かあると、基本的に冒険者ギルドへと来る。一番最初に専門家の所へは行かない。建物の修復だってそうだ。普通は職人に頼むところを、まずはギルドに依頼してくる。それはなぜか?ギルドで頼んだ方が安いからである。どんな依頼でも、冒険者ギルドに銀貨3枚を払えば受けてくれる。あとは、冒険者に渡す報酬を用意するだけなのだ。だから町の人達は、まずギルドへと足を運ぶ。
「しかし利益を得るには、このくらい取らなければいけません。冒険者ギルドは、慈善事業を行う所ではないのですから」
アレーナさんは強く言い放つ。
「もしも、そのお金を用意できない町の人達がいたら?」
「言ったじゃないですか。ここは慈善事業を行う所ではありません」
「つまり、受けないと?」
「そうです」
「なら、俺はこれに賛成はできません」
俺は書類を返しながらそう答える。
「まぁ、あなたならそう言うと思っていました」
アレーナさんは気にする様子もなく、それを受け取った。
「冒険者ギルドは、冒険者のための機関ですが、同時に町の人たちのための機関でもあります。然るべき値上げなら理解もされますが、冒険者を御するために町の人達に負担をかけるのは間違っています。ギルドの責任を、町の人達に負担させて煙に巻いてしまおうなんて考えには賛同できません」
「じゃあ、どちらの意見が通るのか勝負ですね?」
「そのようですね」
俺は踵を返して経理部を後にした。
……これはまずい事になった。こんなことなら、安部の部長から賛同の言質を取っておけば良かった。彼等には急がなくて良いと言ってしまっている。もしも、安部の部長がアレーナさんに賛同した場合、俺とアレーナさんは一票ずつ票を取ることになる。お互いの提案に賛同はしない。……となると、後は。
「図らずもアイツの所に行くことになるとは……」
俺の中の考えでは、営業部部長、安全対策部部長、経理部部長の賛同を得られれば、この提案書を通すことができると考えていた。
ギルドマスターの承認は簡単に得ることが出来る。ランク適正試験前夜のことで脅せば良いのだ。しかし、ここに来て思わぬ敵が現れた。おそらくアレーナさんも「死亡者数」の事でギルドマスターを脅すだろう。となれば、戦況はわからなくなる。もしも安全対策部部長がアレーナさんに賛同した場合、お互いの賛同者は一人ずつ。
鍵となるのは、企画部部長のローブ野郎だ。
行きたくないんだけどなぁ……。
俺はまず、営業部へと向かい、ハゲにアレーナさんの対抗案の事を話した。そして、それに賛同しないようお願いをする。
「確かにテプトさんの言い分はもっともですね。わかりました。そのようにしましょう」
ハゲはあっさりと承諾してくれた。それから俺は、すぐに町にある闘技場へと向かった。




