二十六話 決意
俺はやり過ぎたのだ。部屋の中で一人思う。ギルドマスターを黙らせる事ばかりに気が向き、仕事を完璧にこなそうとするあまり、大切なことが見えてなかったのだ。それに、ようやく気がついた。
突然、部屋のなかに何かが飛んできた。なんだ?そう思いながらもそれを掴む。……石だった。外を見ると、数人の冒険者がいた。
「やべぇ。ばれた」
「ずらかるぞ!」
俺は窓枠を飛び越えて一瞬で冒険者に追い付く。そして一人を後ろから羽交い締めにして、片手にナイフを取り出した。
「あんまり舐めてると、こちらもそれ相応の対応をしますよ?」
「ひぃぃ!!……わかりました。ごめんなさい」
冒険者を離してやる。彼等は無様に転びそうになりながらも逃げていった。
はぁ。……俺はまだこんなにも嫌われているのに、問題は山積みだ。もっと冒険者や町の人達とは仲良く仕事をしていきたかったんだが……どうやら、それをすることも出来ないらしい。何かを変えるというのは思っていた以上に辛いわけだ。
なら、俺も腹を括るべきなのかもしれない。外面ばかりを気にして、やるべきことが疎かになるなど有ってはならないことだ。そして、それが許されない立場に俺はいるのだ。
彼等に依頼を受けさせるにはどうしたら良いものか。
正直、既に答えは俺の中にあった。依頼を義務化すればいいのだ。そうすれば、冒険者は依頼を受けなければいけないし、町の人達もそれなら冒険者を邪険にしないだろう。しかしそれをやってしまうと、冒険者からの反発が強くなるはずだ。彼等は必死でその日を生きている。そして時間は有限にはない。それを、少しでも稼ぎのいい方に回すのは、当然のことだろう。
つまり、依頼は稼げなくて、ダンジョンは稼げるのだ。
だが、このままというわけにもいかない。
「辛いなぁ…どうしてこんなにも上手くいかないのか」
俺は部屋に戻ると、紙とペンを取り出した。
『冒険者の依頼義務化について』
その書きはじめで、今現在起こっている問題と、そのシステムを導入する理由を書いていく。そして、このシステムを導入した場合の損得を、思い付く限り書き足していった。
それから、そのシステム導入に伴い、増えるであろう仕事内容を書いていく。全てが終わる頃には、日が傾き始めていた。用紙は十枚程度になっている。
その後に、それを一枚ずつ読み返していく。すると、致命的な欠陥に気づいた。このシステムを導入した場合、増える仕事は当然『冒険者管理部』の仕事になるわけだが、その仕事量を考えると、俺一人ではやっていけない計算になるのだ。
これは人を増やしてもらう必要があるな。
それから新しい紙に、冒険者管理部の人員補強の提案書を書き始める。
これは思った以上に大変かもしれない。この書類はまず、部長会議に出される訳だが、その時にあがる問題点は、おそらく今よりも多くなるに違いない。それを一つずつ解決していく。そして、目処がたち、導入となった場合、説明会を開いて、冒険者全員に説明を行わなければならない。その時に、冒険者達から集中砲火を浴びるのだ。それでもやり遂げなければならない。
先行きは真っ暗で、手探り状態。いつ寝首をかかれてもおかしくない状況。
自然とため息が出た。だが、それもここまでだ。改革とはそういったものなのだろう。世の中を変えてきた人達には、常にその重圧がのし掛かる。それでも彼等は、逃げずに戦ったのだ。そんなことに比べれば、冒険者ギルドに新しいシステムを導入することなど、些細な事だ。
全ては町の人達のため、そして冒険者達のため。そして、そんなものが、自分を騙すための言い訳にすぎないことは百も承知だ。
それでもやるのだ。やらねばならぬ。
ふと部屋を見回し、部屋に書き殴られた呪いの文字たちを見る。
あんたたちも、苦労したんだよな?なら、俺もその修羅の道に分け入ろう。あんたたちがやろうとしていたこと、それが全て、必ずしも良いことだったとは思わない。自分の保身のためにやったことだってあるよな?だって俺たちはただの人間なのだから。それでも、ここに居たということは、少しでも冒険者や町の人達、ギルドの未来を考えた時間があったはずだ。
ここはおそらく俺達『冒険者管理部』の人間には劣悪の環境だ。部署に一人しかいないなんて聞いたことがない。そして、ギルドマスターや冒険者から意味嫌われ、仕事も満足に出来やしない。なにかあれば責め立てられる。そんな環境に倒れていった者たちも多くいるに違いない。何も出来ない無力な状況で唯一出来たのが、部屋に自らの気持ちを書き殴り、吐露するという行為だけ。
あんたたちの骨は俺が拾ってやる。そう決意した。
不意に扉がノックされ、セリエさんが顔を出した。
「あれ?灯りもつけないで何やってるの?」
「いえ、別に。考え事をしていたんです」
「あんまり無理しちゃ駄目よ?それより……ご飯の約束覚えてる?」
「大丈夫です。覚えてますよ。仕事は終わったんですか?」
「うん。今さっきね。テプト君は?」
「俺も終わりました。じゃあ行きましょうか?」
「うん!じゃあ下で待っとくね」
嬉しそうにセリエさんは扉を閉めた。俺は制服を脱いで、部屋の壁に掛ける。
それから、セリエさんの後を追うように、俺も部屋をでた。




