二十五話 失敗
翌日、俺は『冒険者お断り』の貼り紙を出している店を廻った。
「テプトさんじゃないですか?こんな早くにどうしたんですか?」
最初に訪れた店は、このあいだ俺が依頼を受けた所だ。その時はそんな貼り紙はなかった気がする。
「あぁ、こんにちは。実は聞きたいことがあって」
そう言うと、店の主人はあからさまに気まずい顔をした。
「……もしかして、店の前の貼り紙ですかい?」
「そうです。何か理由でも?」
「やっぱりですか。……実は先日、この辺りで商売をやってる奴等の寄り合いで話があったんです。冒険者は出入り禁止にした方が良いんじゃないかって……」
「冒険者がよく喧嘩をするからですか?」
「……まぁ、それもあります。けど今までは我慢してきました。なにせ、彼等に依頼を受けてもらわないと何かあったとき大変ですから」
確かに、その通りだ。
「ではなぜ?」
「そのー……」
それから、店の主人は俺をチラチラと見て、言いづらそうにしている。
なんだ?……言いたいことでもあるのか?俺はしばらく黙っていると、彼は堪忍したのか、ようやく口を開いた。
「冒険者に依頼を頼まなくたって、テプトさんがやってくれる……から」
なんだって?
「いや、別に当てにしているわけじゃないんですよ!?ただ、テプトさんの仕事があまりにも早くて完璧なもんだから……もう冒険者を頼りにして、我慢する必要はないんじゃないかって話が出たんです。あなたに依頼をしてもらった奴等は少なくないんで、すぐに皆それに賛同したんですよ」
取り繕うように早口になる店の主人。俺はその言葉を呆然と聞いていた。
じゃあ、この事態は俺のせいなのか?
「二日前にも、俺の友達の店で冒険者と喧嘩があったんですよ。彼等は『俺達が魔石を取らなきゃ、こんなにも繁盛しなかったんだぞ』って脅し紛いの言葉を口にして店を荒らしたそうなんです。それで、その傾向が一気に強くなっちまって……」
俺が、依頼を受けたからこうなったのか?受けなければこんなことにはならなかったのか?
「テプトさん?……テプトさん?」
彼の呼び声に、我に返る。
「……あぁ」
「別にあなたのせいじゃありませんよ。遅かれ早かれ、こうなっていたと思います。冒険者の行動には、前々から目に余る物がありました。それに、数日前に捕まった窃盗犯も冒険者だったと聞いてます。彼等の功績は認めますがね、だからって、いつまでも指をくわえて見ているつもりは無いんです」
最後の方、彼はキッパリとそう告げた。その言葉には強い意思が宿っているように思えた。
なるほど。……そういうことだったのか。
「わかりました。正直に話してくれてありがとうございます」
「そんな……とんでもないです。こちらこそ申し訳ないですよ」
「ただ……俺は冒険者ギルドの人間です。腐っても彼等の味方です。そして、時には彼等を導いてやる立場でもあるんです。今回の件は少なからず俺の責任でしょう。まさか、こんなことになるなんて夢にも思わなかった」
「テプトさんはよくやってますよ。やり過ぎなくらいです」
そう。俺はやり過ぎたのだ。
俺は店の主人に礼を言って、立ち去った。他の店も廻ろうかと考えていたが、止めてギルドに戻ることにする。これは、思った以上に深刻だ。
「テプトくん!!」
ギルドに戻ると、セリエさんが俺の名前を呼んだ。受付をやっていたが、わざわざそれを中断してまで駆け寄ってくる。
「どうしたんですか?」
「さっき経理部の部長があなたを探していたわよ?帰ってきたら顔出すようにと伝言までのこして」
「アレーナさんが?」
「じゃ、ちゃんと伝えたからね?」
「わざわざありがとうございます」
「じゃ、お仕事頑張ってね?あと、今日の事、忘れないように!」
それだけ言って、セリエさんは走り去る。そういえば、ご飯の約束をしていたな。忘れるところだった。危ない危ない。
俺はその足で経理部へと向かった。
「すいませーん!冒険者管理部のテプトです!」
ノックをし、扉を開けてからそれを口にする。見渡すと、皆仕事をしていて、静かだった。奥の方にアレーナさんが座っていたが、俺と目が合うとすぐにやって来た。
「テプトさん。あなたに話があったの。今大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です」
そう答えると、俺は別室に案内された。なんだ?そう思う。その後、言われるがまま別室に案内され、そこにある椅子に座った。向かいにアレーナさんが座る。
「単刀直入に言いますね?」
彼女はそう前置きをしてから言った。
「テプトさんは未達成依頼をやりすぎです」
ホット過ぎる話題に、俺は表情を固くした。
「……はい」
「どうやら自覚はあるようですね?今日の朝、今月分の収益を計算していたのですが、あまりにもおかしなことに気づいたんです」
「……それは?」
「依頼外収益が、先月の10倍になってるんです」
「10倍……」
「はい。テプトさんがこなしてくれている未達成依頼の報酬は、残難ながらテプトさんには払われません。代わりに、『依頼外収益』として処理するのですが、もともとこの項目は、予想外の事態のためにつくられた項目なんです。
例えば、依頼を達成した冒険者が死んでしまったり、偶然ギルド職員が依頼を達成した時の項目です」
そんな処理のされ方をしていたのか。知らなかった。
「俺がやっていることは間違っていたと?」
その言葉に、アレーナさんは首を横に振った。
「いいえ。間違ってはいません。依頼が達成されることは、とても良いことです。しかし依頼とは本来、冒険者が達成するものであり、ギルド職員が行う領分ではありません。そしてその関係を成り立たせるのが、冒険者ギルドなんですよ?」
そう。その通りだ。ギルド職員である俺が依頼をしてしまったら、冒険者が依頼を受ける意味がなくなってしまう。依頼達成出来る自分に甘んじて、本来のあるべき姿を疎かにし過ぎてしまった。
「だから、収益の項目に『ギルド職員による依頼達成』という物が無いんです。そして、この『依頼外収益』は、あまり多くない方が良いんですよ」
俺は静かにアレーナさんの言葉を待つ。
「この項目があまりにも多いと、本部に報告した時に言及されやすいからです。もしかしたら別の事で儲けているのではないか?と疑われるためです」
アレーナさんは本部にいたことのある人だ。その辺のことは俺よりも詳しい。彼女がそう言ったなら、本当なのだろう。
「それでなくとも、この事をありのまま報告した場合、このギルドは冒険者に依頼をさせる能力がないと見なされてしまいます。そうなったとき……おそらくその責任はテプトさんがとることになります」
アレーナさんはそう言って、俺を見つめた。その瞳は僅かに揺らいでいる。
ハッとした。彼女は俺を咎めているのではない。心配しているのだ。
「このギルドにとって、あなたは無くてはならない存在になるような気がします。私はテプトさんにここを辞めて欲しくありません。そのために、あなたも頑張って下さい。……話は以上です」
彼女はそう言って立ち上がった。俺もそれに続く。経理部を出るまで無言だったが、最後に彼女は笑顔で見送ってくれた。忙しいだろうに……俺のためにわざわざ助言してくれたのだ。
これは、早急に処理すべき問題だな。俺は心新たにそう思った。そして、対策を考えるため部屋へと戻った。




