二十一話 魔水とその代わり
会議が終わりに近づく頃、アレーナさんが手を挙げた。
「すいません。一つ報告があります」
「なんですか?アレーナ部長」
ミーナさんが促すと、アレーナさんが立ち上がり一枚の書類を手に取った。
「魔水についてです。先日、そこにいるテプトさんより提出された報告書によると、魔物の森にある池では、今後魔水が採れなくなるとの事が書いてありました。理由については信じ難い内容ですが、もしもそうだとするなら、今後町で販売されているポーションの値上がりが予想されます」
「なんだと?」
その言葉に、安部の部長が眉を寄せた。
「まずは事実確認を。テプトさん……この魔水が採れなくなる原因として、精霊が池からいなくなるためと書いてありますが、これはどういうことでしょうか?」
何だよ。またしても急だな。俺は立ち上がる。
「書いてある通りです。あの池に住む精霊は、遠くの地へと旅立つと言っていました。魔水は精霊の魔力を含んだ水です。そのため、今後は魔水が採れなくなります」
「魔水が精霊の魔力を含んだ水だと?そんな話は聞いたことがない。……というより、お前は精霊と話せるのか?」
あれ?おかしいな。……精霊本人から聞いた話だから間違いないと思うんだが……まさか、人にはあまり伝わっていないのか?
「俺は万能型なので精霊とも話すことができます。あと、魔水については昔精霊から聞いた話です。信憑性は高いかと思います」
「お前の話を聞いてると万能じゃなくて、全能なんじゃないかって思えてくるよ」
安部の部長が半ば呆れながら言う。
「そんなわけないじゃないですか」
それに笑いながら答えた。
「古い文献に載っている。……魔水の採れる池や湖には精霊が住む」
ローブ野郎が呟いた。
「なんにせよ、ポーションが値上がりするのは痛いな。ケチって買わずに向かう冒険者が出なけりゃ言いが……至急安部の方で対策を考えよう」
そんな命知らずの冒険者がいるとは思えないが、可能性としては考えられる。俺は軽く見ていたが、けっこう大事なのかもしれない。
「今後ポーションが値上がりした場合、ポーションの材料に関する依頼の報酬金額もあげることになります。報告は以上です」
アレーナさんがそう締めくくり、座った。それと入れ替わりに、今度はローブ野郎がゆっくり手を挙げた。
「……対策案として、魔血をギルドから販売する」
その言葉に、この場にいる俺以外の者達が、息を飲んだ。
魔力を回復させる方法はいくつかある。
・魔力回復を待つ
・回復魔法の使用
・薬の使用
ローブ野郎の提案する魔血というのは、薬の使用に入ると思う。魔血とは、魔物の血液であり、公式的には販売されておらず、闇の取引で入手可能な代物だ。とはいっても、冒険者の中では魔力を回復させる有用な方法として知られており、長年冒険者をやっている者の中には、倒した魔物の生き血をその場で飲む強者もいた。
そういえば俺もよくやったなぁ。
「そんなことをすれば、ギルドの信用は落ちるぞ?」
安部の部長が苛立ち混じりに反論した。
魔血が公式的に販売されていないのは、魔物を殺してすぐの新鮮な血液を採取しなければいけないからだ。冒険者が狩ってきた魔物から血液を採っても、それは魔血としての効果を果たさないのである。
つまり、ローブ野郎はこう言っているのだ
『魔物を養殖したい』と。魔物を討伐する冒険者のために、魔物を養殖するのは、確かに矛盾が生じる気がする。
「ポーションが手に入らない。……ならそれに代わる物は必須」
「それはそうだが……しかし、それをする機関はギルドには……」
「あるよ。……クックックッ」
ローブ野郎は抑えきれないというように笑った。
「闘技場の……地下。研究施設を……造った。クックッ」
「本当ですか?」
それに反応したのはアレーナさんだった。その目には怒りが宿っている。
「そんな事は聞いていません!資金は何処から調達したのですか!?」
「クックッ……もちろん自分から。許可は貰ったよ?ギルマスの判子」
おいおい、あのおっさんが許可しちゃったのかよ。
「どうせ奴に薬でも持ったのだろう?」
さらりと怖いことを言ってのける安部の部長。
「……クックックッ。知らないね」
……マジっぽいな。
「魔血のことはともかくとして、どうしてそんなものを造ったんですか?」
ハゲが訝しげに聞いた。
「闘技場での医療設備が少ない。……だから造った」
なんだよ。理由はまともじゃないか。
「確かに、ここ数年、闘技場での死亡者数が激減しています。その理由はそれだったのですね?」
ミーネさんが静かに言った。それに、ローブ野郎は「クックッ」と笑う。こいつはまともに会話できないのか?
「研究施設では、月光草の栽培に成功しているよ」
なん、だと!?その言葉には、さすがの俺でも驚いた。
月光草は満月の夜にしか採れない薬草である。それもポーションの材料であり、それを飲めば体力が回復。傷口に掛ければ、治癒力が増す。それの栽培に成功した?どんな魔法を使ったんだ。
「月が満ちた夜は、魔力濃度が高い。……ムーンスライムの魔石で密閉した空間を作って栽培すると出来たよ。クックックッ」
なるほど。……考えたな。スライムは昼間にしか出現しない。しかし、満月の夜に出現するスライムがいる。それがムーンスライムである。しかし、大抵はすぐに夜の魔物に倒されていなくなってしまう。ムーンスライムを倒すには、出現ポイントで辛抱強く待っている必要があるわけだ。俺もスライムを養殖していた時、ムーンスライムが一番少なかった。彼らはかなり希少な魔物で、その出現率のみで、ランクAに指定されている。
「もしも、それが事実ならこの国に衝撃が走るわ。……なぜ報告しなかったの?」
ミーネさんも驚いている。
「闘技場で血を流す人達のためにやったこと。……そんなのは考えてないよ。クックッ」
こいつは意外と考えてやっているのかもしれない。ただ、見た目と言動が怪しすぎるだけなのかもな。
「この会議が終わったら、すぐに研究成果を報告書にまとめなさい」
「……わかりました」
「あと、魔血の件はダメよ?」
「……クックックッ」
あ。こいつ分かってねーわ。
ミーネさんも気づいたのか鋭い刺すような視線をローブ野郎に送っていたが、やがてため息をついた。
「それじゃあ会議は終了ね」
こうして、会議は終わりを告げた。




