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ギルドは本日も平和なり  作者: ナヤカ
True end 知られざる英雄
206/206

新たな旅へ

改革の日々は風のように過ぎていく。その風はアスカレア王国全土を吹き抜け、悪しき部分を風化させては崩していった。


数々の新しい制度、それに対する新体制。形になるまでの教育。


それらを俺一人でやったとは到底言えない。賛同してくれる人がいて、理解してくれる人がいて、協力してくれる人がいて、異を唱える人がいて……いろいろだ。

だが、それだけやってもまだ土台部分でしかない。


そこに本当の善き国をつくるには、それ以上の人たちがいなければ出来はしない。人が独りでは生きていけないのと同じように。


冒険者ギルドは、『ギルド』という名前に変えた。ギルドは冒険者の為の組織ではない。町の為、強いては国の為の組織であることを、人々に認知してもらう為だ。そして、冒険者も『魔護人(マゴル)』という名前に変えた。彼らはもちろん自分の生活の為に働いている。だが、それがこの国にどのような影響を与えているのかを知ってもらう為だった。……魔法を使い魔物から人々を護る者。彼らは、魔力があるからといって人から切り離されたわけではない。そして、人々もそれを理由に彼らを疎んじてはならない。

どちらも無くてはならない存在で、どちらもあるから成り立っているのだ。


そして魔護人には、試験に合格しなくては成れぬよう試験制度を設ける。これには多くの者たちが反対をした。もしも多くの者冒険者たちが試験に通らず落ちぶれてしまえば、彼らを御する事が難しいのではと考えたからだ。

だが、それでもやらねばならなかった。落ちぶれた者たちを御することが出来ない危険よりも、そんな者たちを組織の一部として取り込んでいく方が危険だからだ。

これにより、多くの失業者が出るのは確実。だから、魔護人になるための魔法学校建設と、町でも彼らが働ける環境づくりもしなければならなかった。


それらは全て国が負担することになったが、惜しむ必要はない。これにより、国がギルドに介入することができるからである。

だが、結局その負担の大部分は、その町の領主たちがすることになった。彼らが自ら負担すると言ってきたからだ。国がギルドを全てつくってしまえば、ギルドは国直属の組織という印象を強めてしまう。そんな存在が町にあると、領主としての権威が落ちてしまうことを危惧しての事だろう。

この申し出には、素直に従っておいた。また、これにより思わぬ副産物が出ることとなる。領主とギルドが繋がりを強めたことにより、町としての連帯が生まれたのだ。まぁ、それは他の町との繋がりを薄める結果となってしまった為、それを補う部署もつくらなければいけなくなってしまったが。


そういった事全てを終えるのに、半年も掛かってしまった。それは、俺が思っていたよりもずっと時間のかかる作業だった。それを早いと言う者もいるだろうが、俺はそうじゃない。


なぜなら、俺にはまだやらなければならないことが残っていたからだ。


ある日、その事をウィル国王へと告げる。彼は難しい表情をしていたが、俺がそれに専念することを許してくれた。


「君には頼ってばかりだったね」

「いや、俺が頼っていたんだ。ウィルの力なしでは絶対に無理だった」

「いつか、戻ってくるのかい?」

「あぁ。いつか、必ず」


強く言い切ると、ウィルは笑った。


「ならいいや。その間、君のいたところはヒルにやってもらうから」

「ヒルなら大丈夫だろう」

「ヒル嫌がるだろうな……」


そう言って苦い顔をするウィルに俺は吹き出してしまう。


確かに、あいつは嫌がるだろうな。


「だから、行くなら誰にも告げずに行くといい。あとのことはやっておくから」

「助かる。遅くても一年後には戻ってくる」

「期待しないで待っておくよ。まぁ、それまで生きていたらの話だけどね」

「生きてるさ。この半年やってきたのは改革だけじゃない。ウイルを護るための警備システムも強化させておいた。それに、恨みを持つ奴は片っ端から調べたしな」

「そこに関しては感謝しかないよ。君は非情な程に徹底的にやったからね」

「お陰で、アーサーの名前は国中に知れたけどな」

「そうだね。僕よりも、君を暗殺してくる連中が多かったのには少し驚いたかな」

「全部返り討ちにしたやったがな」

「それはヒルが事前に調べて報せてくれたからだろ? ヒルはそうなることを予想していたんだ」

「ヒルは変なところで勘が働く」

「そうだね。僕も彼には助けられてきた」


ヒルは、ことあるごとに俺を頼ってくるが、実は彼自身でも解決できる能力を持っている。ただ、面倒臭がっているだけなのだ。

俺がウィルに打ち明けたのも、俺なくしても今後十分にやっていけると判断したからだった。


「なら、俺は行く」

「うん、無事を祈っている」


ウィルも、きっとそう思っているのだろう。だから、笑顔で見送ってくれた。

俺は、その足で城を出る。心を落ち着かせてはいたが、だんだんと歩みは早くなっていった。


この時を、俺はどれ程待ちわびたのか知れない。そんな気持ちが足に伝わっていた。


「タロウ!」

『終わったのか?』

「取り敢えずな」


そう言って、タロウの背中に乗る。タロウには予め城の近くに待機するよう伝えていたのだ。

そして、タロウの背には専用の鞍がついている。それは、俺がタロウに合わせて作った特別な鞍。その鞍は大きく、俺が乗っても後ろにはまだスペースがあった。


「行こう! タウーレンへ!」


その掛け声と共に、タロウは大きく跳躍をした。






――――タウーレン。


辺りは既に暗く、町には明かりが灯りはじめている。そんな町の中を、ソカは独り歩いていた。

夜になれば町の権力者たちを騙すため、彼女はきらびやかな衣装に着替えて出掛けていたのだが、そんな事はとうの昔にやめてしまった。


その分、冒険者としての本業に力を注がねばならず、今日も疲れた体を引きずるように家路につく。


アスカレア王国は変わりつつある。自由の象徴であった冒険者もその変化からは逃れられず、とうとう国からの通告により魔護人という正式な職業へと変わることになった。


それは、冒険者の終わり。そして、ソカにとっても大きな意味を持つことになる。彼女が冒険者として活動できていたのは、冒険者という存在が自由なものだったからだ。


彼女を『所有』するダリアは、ソカが魔護人になることを許しはしないだろう。そして本来の目的であった、ダリオが経営する店で働かせるに違いない。

それに、ソカは抗う術を持たない。お金をまだ返せていないからだ。


そのことを、ソカは悲しいと思わなかった。なぜなら、彼女には希望があったから。そんな自分を、迎えに来ると約束した存在がいたから。


――――だから大丈夫。悲しくない。


そう、言い聞かせていた。


不意に、向こうから楽しげに会話を交わす男女が見えた。彼らは、恥ずかしげもなく寄り添い歩いている。


思わず目を背けてしまう。何故そうしてしまうのかわからない。……わかりたくもない。


あの日、ヒルから『偽物の台本』をもらった時、ソカはテプトが生きていることを確信した。彼がそれを自分に届けさせたことにどうしようもない幸福を感じた。


それでも、半年という月日は長く、どれだけ気丈に振る舞おうとそういった光景を目にする度、強かったはずの気持ちは挫けそうになる。

その事に気づく度、自分がとても弱い人間なのかもしれないと感じてしまいそうになる。


たとえようもない感情が喉を詰まらせ、それに息さえも出来ずにいると、瞳から涙が滲む。それを止めようと歯を食い縛れば、もっと涙は出てきた。


「なん……で……」


まるで、自分の体が自分の物ではなくなるような感覚。言うことを聞いてくれないその体に、ソカは本当の気持ちをありありと思い知らされる。


……テプト。


それを声にしてしまえば、もう歯止めが効かなくなる気がした。だから、込み上がってくる感情を心の中でそっと吐き出し、あとは拳を握って耐える。


そんなことを、もう幾度繰り返したかわからない。だから、その後のことも知っている。どうしようもなく悲しくなり、そして、膝から崩れてしまいそうな程の疲労感が襲ってくるのだ。


いつしか、希望は絶望を感じるための飛び込み台と化していた。


……それでも。


ソカはゆっくりと歩き出す。その希望だけが自分を奮い立たせる。

もう諦めかけていた何かに、執拗に光を射す。


まだ終わりじゃないと、自身に告げ続ける。


その波状攻撃に気が狂いそうになる。いっそのこと狂ってしまえばどんなに楽かと思うこともある。


なのに、すんでのところでいつも踏みとどまる。


それはもはや呪いとも思えた。そんな呪いを自分に刻んだ者が憎くて仕方がない。憎くて憎くて憎くて憎くて……そして、とても愛おしかった。


そんな情緒を抱えながら家へと辿り着く。

ふと、その扉の前に人の気配がした。


見れば、全身をローブに身を包んだ者が扉の前で立っている。息を潜め、顔もローブで隠し、誰にも見つからぬようひっそりと立っていた。


……何者?


ソカはナイフを取り出して構える。そして、躊躇なくその者に向けて投げ放った。



シュン――――パシッ。



だが、その者はそれを意図も容易くキャッチした。その動きに、ソカの鼓動が一際強く跳ねた。


「……嘘」


ポロリと零れ落ちた言葉。


それに、その者はローブを顔から外して答えた。


「なんだよ。せっかく迎えにきてやったのに殺す気か?」


「……嘘」

「嘘じゃない、本当だ」

「……どうして」

「どうしてだろうな?」


そう言い、彼は人差し指を立てた。


「一つ目、やるべきことの一つを終えたから」


そして、次は中指を立てる。


「二つ目、約束だったから」


さらに、薬指も立てた。


「三つ目、俺がお前を愛しているから」


彼はそう言って笑った。その瞬間、幾度も留めてきた感情の奔流が、爆発的な威力を伴って噴き出した。


「テプトッ!!」


気がつけば、彼の胸に飛び込んでいた。そして、彼はそれを受け止める。

夢かと思った。あまりにも辛い日々を耐えてきたが為に、とうとう狂ってしまったのだと思った。


だが、彼はちゃんとそこに存在していた。無意識のうち、掴む指に力が入る。それに気がつき力を弱めるが、今度は腕に力が入った。


「……なんでっ……こんなにっ」

「悪かった。思ったよりも時間がかかった」


今まで我慢していたものが一気に溢れる。それはもはや、止めることなどできなかった。


彼女は、これまで積もり積もったものを全て吐き出すかの如く泣いた。

それを、彼は優しく受け止める。それが分かって、また泣いた。




――――。




……どうしたもんかな。


胸の中で泣き腫らすソカを見つめる。最初は、俺も感情的に抱き締めていたのだが、さすがに長い。


もう、かれこれ十分くらいはこうしている。それでも、ソカは胸に顔を擦り付けて泣き続けていた。

それが収まりを見せてきたところで、ようやく彼女に話しかける。



「ソカ……そろそろ離れてくれないか?」

「……いやだっ……ぐすっ」


いやだって……。


「俺たちは、これから国を出なきゃいけないんだ」


そう言って初めてソカは泣くことを止めた。

胸から、鼻と目尻を赤く腫らしたソカの顔がこちらを覗く。


「……国を?」

「あぁ。ちょっとやることがあってな? ……それでなんだが、ソカは俺についてく――」

「いくっ!」


まだ聞き終わってもないのに即答だった。


「危険な旅になる。それで――」

「ついていくっ!」


先程よりも早い返しだった。


「なら、すぐに支度をしてくれ」

「わがっだっ!」


途端にソカは俺を離れ、扉を鍵で開けてから家の中へと駆け込んでいく。その姿に呆然としたが、不意に笑ってしまった。


「そんなに急がなくても逃げねーよ」


だが、それはもう彼女には聞こえていない。

俺は、開け放たれたままの扉から家に入り、その辺の棚に腰から下げていた袋を置いた。中には、ウィルから貰った金貨がたんまりと入っている。


しばらく使うこともないしな……運が良ければダリアの手に渡るだろう。


そんな事を考えていると、向こうに見える階段からトタタタタと音がして、ソカが降りてきた。

その腕には俺が与えたガントレットがあり、腰には詐偽(エセクト)がぶら下げられている。


そして、ソカは階段を降りてきたその勢いのままに俺へと飛び込んでくる。


「テプトッ!」

「うおっ!」


予想もしていなかった行動に、思わず受け止め損ねるところだった。


「なんなんだ、いきな……り……」


ソカの顔が近い。その瞳は真っ直ぐ俺を見つめている。

まるで、何かを求めるように。

それが何なのか分からなくて、俺とソカはそのまま硬直した。


やがて。


「……さっき言ったよね? 私を愛してるって」

「あぁ、言った」

「なら、証明して」

「証明? どうやって――」


それからハッとする。彼女が何を求めているのかわかってしまったからだ。


「わかった?」


その言葉に困ってしまう。


「……今じゃなきゃダメか?」

「今じゃなきゃダメ」


ソカは言った。


まじか。


正直、それを想像しなかったことはない。だが、こうも急にこられると躊躇してしまう。

だが、それをしなければ、ソカは離してくれそうもなかった。オーガのガントレットによって掴まれた腕は強く、俺は逃げることも出来ない。


「……わかった」

「……うん」


そう言ってソカは目を瞑る。そんな彼女の顔に近づき、俺はどうしていいかも考えられぬまま、まるで、それが当然のことのように、それでも証明としてそれが確かな事であるよう、そっと長いキスをした。



「――――やればできるじゃない」


離れたソカが妖艶に笑う。


「いや、お前震えてたからな?」


努めて冷静に言い返す。


「はぁっ!? 震えてないわ! あなたこそ、緊張で唇カッサカサだったわよ!」

「嘘だろ」

「ホント!」


言わなくても分かってしまった。どちらも、初めてだったのだと。


その事が妙におかしくなって、二人して突然に笑う。誰にも見つかってはいけないのに、俺は堪えることも止めて笑った。


唇を交わしただけだというのに、そんなことが一瞬で分かり合えてしまう事実に笑ってしまったのだ。


なんだよ、それ。


相手が何を思っているのか、何を考えているのか、それが分からないから苦労してきた。本当はもっと簡単なことだったのに、そのせいで余計な事を考えて遠回りをしてきた。

なのに、その行為は、それらを嘲笑うかのようにハッキリと相手を自分へと報せてくる。


なんだよ、それ。


もしかしたら、世界中の人たちとその行為をすることができれば、俺は世界中の人たちと分かりあえるのかもしれない。そんな淫らな事を考えてしまうほどに、それは明らかだった。


そして、それは無理だとわかる。たぶん、分かりあえるのは一人だけ。そして、たった一人だけで良いのだ。


それは正に反則的だった。だからこそ、世界はそれをたった一人だけに限定したのかもしれない。


おかしくないわけがなかった。笑わないわけがなかった。

そしてそれは、ソカも同じだったに違いない。


俺たちはその後、その笑いを最後の痕跡とするかのように、こっそりとその場を離れた。

そうして、彼女と共にタウーレンを出る。タロウは欠伸をしながら待っていて、そのマヌケな姿に呆れてしまった。


タロウに取り付けた鞍に跨がり、後ろにピタリとソカが座る。

少し心配だったが、問題なかったようだ。


タロウは音もなく跳躍をした。まだ見ぬ地を目指す。


それは新たな始まりだった。だが、何の不安もなかった。

すぐ傍にソカがいたからだ。


もしかしたらこの先、想像もしない災難が待っているかもしれない。

もしかしたらこの先、想像もしない窮地に立たされるかもしれない。


それでも、彼女がいる限り絶望することはないだろう。希望を見失うことはないだろう。


「ねぇ、テプト」


後ろからソカが話しかけてくる。


「なんで国を出るの?」


純粋な問い。それから俺は、事情をソカに話していなかった事に気づいた。


「あぁ、確か――――」


そして疑問に思った。


あれ? なんで国を出るんだっけ、と。


俺は数秒考えても思い出せないことから、さして重要なことでもないのだろうと判断する。


大切なことなら、そのうち思い出すだろ。


そう安易に決めつけて、取り敢えず適当なことを言っておく。


「誰にも邪魔されない所に行くためだ!」

「テプトッ!」


腰に回るソカの腕が強くなった。




……そんな俺が、罪悪感に苛まれるのは、数時間後の話である。



『ギルドは本日も平和なり』これにて完結です。


話はこれからも続きそうな雰囲気ではありますが、それはタイトルを大きく逸脱してしまうために完結とします。


この物語のテーマは『罪』でした。誰かを想いを、その者の為に動くことが最終的には悪になる悲しさを私は書きたかった。


だから、当初思い浮かべていた最後は、バッドエンドでした。


ですが、多くの方に読まれ、感想を頂き、応援されることで、私はこの物語を良い形で終えなければならないと感じてしまったのです。


最初は、私の浅ましく汚い自己満足でした。でも、それが出来ない状況に陥ってしまいました。そして、それこそが私を成長させてくれました。


完結を諦めようと思ったこともありましたが、こうして終えることができたのは、私を成長させてくれた読者の皆様に恩返しをしたかったからです。

本当にありがとうございました。

それを伝えたくて書ききったまであります(笑)


追記


続編始めました。2017.8.16

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― 新着の感想 ―
ギルド職員もののなかではかなり面白かったです。 王子様とアルヴの描写がもう少しあると良かったかなとは思いました。
[良い点] 終幕前までは楽しめた [気になる点] 終幕前後で話の流れが違いすぎる [一言] 終幕までの流れと終幕の流れが違いすぎる。 バッドエンドを考えた作品とは言ってたけど終幕までの話にバッドが少な…
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