とある事件の顛末
改革は順調とは言えなかったが、それでも少しずつ進歩を見せていた。
「爆発?」
「えぇ」
そんな時のこと。ヒルから、タウーレンの闘技場で小規模だが爆発事故が起こったと報告があった。幸い、闘技場は新たな広場の建設計画が持ち上がっており、現在は封鎖されているため負傷者は出なかったらしい。
だが。
「報告によれば、冒険者ギルドの企画部部長が行方不明となってます」
「奴か……」
原因は、ローブ野郎だった。
「行方不明ということは、死体はないんだな?」
「えぇ。もしかしたら、爆発の衝撃で……」
言いながらヒルは残念そうな表情をする。そこから先は、言わなくてもわかった。
「わかった。……で、爆発の原因は?」
「わかりません。彼は最近、『死者を甦らせる』としきりに呟いていたそうですよ。その研究のせいじゃないかと」
……また怪しげな研究を。死者を甦らせようとして、自分が死者になってたら意味ないだろ。
「闘技場の近くに住む人たちが、あの日の事件がもう一度起こるのではと危惧しているために、王都から調査チームを送らなければなりませんね」
「この人がいない時に……」
頭痛がして額を手で押さえる。調査チームとして可能性のある魔術ギルドのメンバーは、前に怪しげな回復魔法を人々に処方していたとして、現在はメンバーの殆どが捕まっている状態だ。
その他に魔術に詳しそうな人がいるとも思えない。だが、半端な調査をして、後々何か起こっては言い訳のしようもない。
……たしか、ローブ野郎の魔術式は古代語だったな。
古代語は精霊語であったことを俺は知った。なら、その術式を見つければ何かわかるかもしれない。
仕方ないな。
「よし、タウーレンへは俺が行こう」
「えぇ? タウーレンには、あなたを知っている人たちがたくさんいるんですよ?」
「こっそり行って調べてくるだけだ。誰にも会わないようにするさ」
「でも、改革はどうするんです? あなたが不在の間は、滞ったままですか?」
「なるべく早く帰ってくる。二日もあれば戻ってこれるだろう」
「二日……」
ヒルは絶句した。ここからタウーレンまでは、片道だけで一週間はかかるからだ。
「じゃあ、行ってくるかな」
「えぇ? 今からですか?」
立ち上がると、再びヒルが驚く。
「あぁ。差し迫った任務もないし、今はウィル国王の暗殺も落ち着いてる。行くなら今しかない」
「まぁ、確かにそうですが」
「ウィル国王に恨みを抱いている権力者はあと何人だ?」
「三十四人です。その内、二十七人はこちら側につくことを公言してますし、後の五人は暗殺の手段を奪い、残りの二人は家族を人質にしています」
「そうか。なら、不安要素が殆どない今がチャンスだな」
「それでも早く帰って来てくださいよ? もしも魔法を使える者を雇われたら厄介ですから」
「だから魔法が使える者たちには、早めの対策をうってきただろ」
「それでもですよ。ウィル様は日々、彼らを取り巻くための闘いをしています。それは精神力が問われる闘いでもあります。そんなウィル様が安心して眠れるのは、あなたが寝室を見張っているお陰なんですから」
「俺だけじゃないだろ。あんまり俺をあてにしてると、裏切られた時に痛い目を見るぞ」
「裏切るって……」
「可能性の話だ。現に、俺は一度タウーレン冒険者ギルドを裏切っている」
「裏切らせたのは僕たちですから」
「用心しろと言っているだけだ」
「……わかりましたよ」
「よし」
それから、俺は誰にも見つからぬよう城を抜け出し、森の中でタロウに念じてみる。
タロウは、すぐにやって来てくれた。
『遅いぞ! 主よ!』
「お前、処刑の時に俺を助け出そうとしたんだってな?」
『うむ。そうすれば全てが万事上手くいく。だが、処刑されたのは全くの別人だったぞ』
「そうみたいだな」
タロウと俺は、エンバーザによって精神的な繋がりを持っているため、お互いの居場所を見つけることができる。だったら早く気づけよと言いたくなるが、タロウのことだ、俺を助け出すシュミレーションに夢中で、そんなこと考えもしなかったに違いない。
タロウは、王都の付近でずっと隠れていたようだった。別に忘れていたわけじゃない。うん……忘れていたわけじゃないのだ。
『それで、我を呼んだ理由は?』
「これからタウーレンに向かう。誰にも見つからないよう移動してくれ。夜中につけば尚ベストだ」
『お安いごようだ』
そして、俺はタロウの背中に乗る。タロウは、音もなく走り出した。
――――タウーレン。
俺の言いつけ通り、タロウは半日かけてタウーレンに到着してみせた。俺はタロウを町の外の森で待機させると、こっそりと塀から町に侵入を果たす。
ここを離れたのは、つい三ヶ月前だと言うのに、町の光景に懐かしさが込み上げてくる。もう戻ることはないかもしれないと思っていたからかもしれない。
暗殺時に使うローブを羽織り、闇の中屋根伝いに町を駆けた。
不意に、見知った顔を見つけて立ち止まる。見つからぬよう息を潜めてその様子を窺った。
「よし、もう一件いくぞぉぉ」
「おい、お前飲み過ぎだぞ?」
「うるさいっ! あんたは黙ってついてくればいいのっ!」
セリエさんとエルドだった。
セリエさんは相当飲んだらしく、怪しい足取りで通りを歩いている。それをエルドが困った表情で追いかけていた。
二人はそのまま夜の町へと消えていく。その光景を、俺はただ見つめるしかない。
断ち切ったはずの感情が込み上げてきた。当たり前だ。断ち切るために俺は今の現状を選んだわけではないのだから。
心を落ち着かせてから、再び町を駆けた。今度は何も目に止まらぬよう、何も考えぬように。
闘技場は報告通り封鎖されていて、ひっそりとしていた。壁を駆け上がり中へと入る。まだ、中はあの日から時が止まったように瓦礫が散らかっていた。
そんな光景の中で、不自然に崩れた場所を見つける。そこは、企画部部長の部屋があった付近。ローブ野郎が研究をしていたと思われる所だった。
「……ここか」
その部屋は、爆発の衝撃か壁が吹き飛ばされていた。
一体、ローブ野郎はここでどのような魔術式を研究していたというのか。
辺りを入念に調べると、転がっている破片には、精霊語を掘ったあとがあった。それを出来るだけかき集めて、読める状態へと戻していく。それでも、部屋の損傷は激しく読める部分も少ない。
結局、復元できたのはごく一部だけだった。
その言葉は四つ。
『移転』『召喚』『魔』『逆』
それだけでは、どのような魔術式が彫られていたのかはわからない。頭を悩ませながら、今度は爆発の痕跡を調べてみた。
すると。
爆発の原因は案外簡単に見つかる。それは、闇の中で淡く光る石の欠片。その欠片には微量の魔力が見てとれた。属性は火。冒険者が、魔物との戦いで弓の先に仕込む、爆撃用に加工された魔石だった。
……これか。
だが、これでは魔術式とは何の関係もなくなってしまう。さらに、ローブ野郎はここで魔物と戦おうとしていたわけではないだろう。
では、なぜこの魔石は発動し爆発したのだろうか?
おそらく発動させたのはローブ野郎自身。彼は何かを破壊しようとしたのだ。それは何だ?
その答えを推測したのは、エンバーザだった。
『彼は……魔術式を破壊しようとしたのではないか?』
「魔術式?」
『そうだ。この爆発は魔術式によって起こったものではない。そして、ここにある光景そのままが答えなのではないか?』
「魔術式を破壊……何でだ? そもそもローブ野郎はどこに消えたんだ?」
その魔石は、先も述べたように冒険者が矢じりに仕込む物。その為、魔力を込めてから爆発までには時間が掛かる。逃げようと思えば逃げれたはずだ。だが、奴は逃げなかった。もしも逃げられていたのなら彼の行方は誰かに見られているはずだ。ここは町の中心、俺みたく誰にもバレないよう移動できるなら別だが、そんな芸当がローブ野郎に出来るとは思えない。
いや、まてよ? 逃げなかったのではなく、逃げられなかったのか?
出来るだけ、現場の状況から推察してみる。魔石に魔力を込めたが逃げられなかったのかローブ野郎。その理由はなんだ?
『もしかしたら、それこそが魔術式の発動ではないのか?』
「魔術式が発動したから、逃げられなかった? ……じゃあ、死体の欠片が在ってもおかしくないよな? でも、ローブ野郎の死体はない。逃げられなかったのに、爆発に巻き込まれなかった理由……」
そこで初めて、精霊語の一つからピンときた。
「……移転か。奴は、爆発の直前に何処かに移転したんだ」
『それが妥当だろうな。だが、何処にだ?』
他の三つから想像してみる。……召喚……魔……逆。
召喚とは、おそらく死人を召喚しようとしたに違いない。そして、魔は……なんだろうか。それに、逆?
ローブ野郎は、特殊魔法の研究を行っていた。特に、魔物を召喚するための魔術式は、以前からあったものの改良とはいえ、ローブ野郎にしか出来ないものだっただろう。
そこまで、考えてからふと疑問に思った事があった。
「……なぁ? なんであの日、召喚部屋から魔物が溢れたんだろうな?」
『推測だが、魔術の制御をしていた部分を破壊してしまったからだろう。魔法は想像によってつくりあげるが、精霊魔法はその言葉自体に絶対的な力が宿っている。それは、お前自身がよく分かっているだろう。精霊魔法は発動させてしまえば威力など関係ない。故に、それを抑えるための制御装置があったと考えられる』
「それを破壊したからか……ちなみになんだが、あの魔物たちはどこから召喚されていたんだ?」
『それは……』
恐らくダンジョンからではない。ダンジョンは、それを止めるために創られた物だから。だが、アスカレア王国内のどこにも、あれほど強い魔物が大量にいる場所を俺は知らない。
あるとすれば王国の外。ダンジョンが建てられていない未開の……地……。
『それが近い答えだろう』
「じゃあ、あの魔物たちは……まだ俺の知らない土地から召喚されていたのか」
『と考えれば、おのずと彼が転移した場所も検討がつく』
数秒の後、俺はその有り得ない想像に笑いそうになってしまった。
「おいおい……嘘だろ? 奴は、魔物だらけの土地に転移したっていうのか?」
『だが、それ以外考えられぬ。そしてそう考えれば、この逆という言葉にも説明がつく』
「逆召喚……」
『そんな言葉はないが、何か他の言葉が作用し、同じような効果が発揮されたのかもしれぬ』
「ローブ野郎は、それに気づいて魔石に魔力を込めた?」
『だが、その時間差が、不幸にも発動を止めることができなかった』
「なんで、奴はこんな魔石を……」
時間差のない魔石を使えば、すぐにでも発動を止められたはずなのに。
と、そこまで考えてから気づく。
時間差がなければ、逃げる時間もなかったのだということに。
「……だからか」
『間違いないな』
想像だけだが、何となく原因は突き止めた。あとは、それが正しいのか検証するだけ。
だが、それをどうやって検証したら良いのかわからない。
一番手っ取り早いのは、俺もローブ野郎と同じ事をしてみるだけだ。だが、その手懸かりは粉々になってしまっている。
というより、なぜ奴は死者を甦らせようとして、そんな魔術を発動させてしまったのだろうか?
そこが、一番の謎だった。
何故……。きっと奴の事だ。また馬鹿をやらかしたに違いない。そもそも、死者を甦らせようという発想自体がアホ過ぎる。
一体誰を甦らせようとしたのか。
それに答えたのは、またもやエンバーザだった。
『お前ではないのか?』
「俺?」
『そうだ。テプト・セッテンは死んだ。そして、彼は死者を甦らせようとしていたのだろう? ならば話は早い。彼はお前を甦らせようとしたのだ』
「俺を……」
『もしかしたらお前ではなく、あの事件で犠牲になった人々を甦らせようとしていた可能性もある。事件の原因は彼の魔法陣だったのだ。そこまで思い詰めていてもおかしくはない』
確かにそうだ。あの日、最後に見たローブ野郎は震えていた。それは、事の重大さに気付き罪の意識に苛まれていたに違いない。そう思えば、そのおかしな研究にも納得がいく。
そして、もしもローブ野郎が俺を甦らせようとしていたのだとしたら……。
『……放ってはおけないか?』
「……あぁ」
『彼のように私たちは転移することができない。だが、その場所へいく方法はある』
「国を出て、自らの足で向かう……だろ?」
『そうだ。だが、転移した場所は間違いなく魔物が溢れる土地。彼が生きているとは思えない……それでも、お前は放ってはおけぬのだろう?』
その言い方は、エンバーザが俺をよく知っているから出てくる言葉だった。
そうだ、もしもそれが本当なら放ってはおけない。彼をこんなことにしてしまったのは、俺の嘘のせいなのだから。
『だが、今のお前にはやるべき事がある。それに、彼女との約束はどうするつもりだ?』
彼女、それはソカのこと。
国の事、ソカの事、そしてローブ野郎の事。それらを一度に解決することはできない。
それでも俺は、それらを放ってのうのうと生きていくことは出来ないだろう。
考えずとも、答えなど決まっていた。
それを察したのか、エンバーザはため息にも似た感情をうねらせた。
『……やはり、お前は普通の人生を歩むことが出来ぬ運命にあるらしいな。だからこそ、私はお前を選んだわけだが』
本当だ。俺は、俺が出した答えに笑ってしまいそうになる。
「俺は、馬鹿なのかもしれないな」
それはいつか、アルヴに言った言葉。だが、それで良いのだ。むしろ、それが良いのだ。
誰もいない静かな闘技場の中で、俺は自分の熱が何かを沸騰させる音を聞いた。
それが、俺の中にある決意の融点を容易に上回る。
『確かにそうだ。しかし、私も馬鹿だった。なにせ、人が住めぬとされた地に、仲間を連れて旅立ったのだから』
「なら可能性はゼロじゃないな。なにせ、エノールに出来たんだから」
『あれは奇跡としか言いようがないものだ。もう一度と言われても出来るかどうかはわからぬ』
「だが、可能性はゼロじゃない」
『おまえという奴は』
それ以上の会話はなかった。決めてしまった事になんと言おうと、もう変えることはないのだとエンバーザも俺自身も知っていたからだ。
「取り敢えず王都に戻る。まずは、国の事をどうにかしないといけない」
『そうだな』
そして、俺は闘技場を後にした。タウーレンの町を来たときと同じように駆ける。その視線は、ソカがいるであろう方向を無意識に追ってしまう。
……まだ早い。今は……まだ。
そう自分に言い聞かせて町を出る。念じれば、すぐにタロウが駆けつけてきた。それに乗り、急いで王都へと向かう。
道は暗く、遠くは見えなかったが、見上げれば星が瞬いている。それがそこにある限り、俺が方向を見失うことはない。
向かうべき場所はちゃんと存在していて、歩みを止めぬ限り、いつかは辿り着けるのだ。




