改革の日々
俺がウィル国王の配下となってから、忙しい日々が続いていく。
冒険者ギルドの不正は、調べれば調べる程にその実態を露にしていった。それらは、民衆に公表出来るものから出来ぬものまで、実に多くの事が明るみになっていく。
俺は、アーサーとして騎士団を率い、不正に関わった者たちを片っ端から捕まえていった。中には、他のギルドの上層部や権力者たちも名簿に上がり、彼らを捕まえる度にアーサーの名前は『鬼神の男』として知名度を上げていった。
また、ウィル国王からは冒険者ギルド改革の命も授かった為、何故そのような事が起こってしまったのか、どうすれば今後それを防げるのかを様々な者たちと協議していく。
中には、その不正を仕方のないことだったと発言し、片付けようとする者もいたが、そんな者たちを調べると案の定冒険者ギルドの息がかかった者たちであり、その度に『鬼神の男』として俺が彼らを捕まえる羽目になった。
改革は思った以上に難航した。それは、本当に良い組織をつくろうとする者たちが少なかったからに他ならない。
ウィル国王の強引な政策に異を唱える者が城の中には多くいて、味方があまりにも少なかったことも原因として上げられる。
それでも、走り出した改革を止めることはできない。
この国に根を張った悪しき考えを、俺は命じられるままに刈り取っていった。
一方で、それでも従わず善からぬ事を企む者たちには、ヒルの所属する部隊と共にヨルとして暗殺に向かうしかなかった。
「これが国を変えるということなんだよ」
ウィル国王はそう言ったが、それはあまりにも過酷すぎる道に思えた。
次第にウィル国王の命を狙う者たちも出始め、昼間はアーサーとして改革業務に携わり、夜は暗殺と護衛を繰り返す日々が続く。
正に、城の中はダンジョンよりも危険な地帯となっていた。ダンジョンと違うのは、敵が人間であるということ。その第一線に立っていたのはウィル国王本人。俺はその簑に隠れて正義の名の元に任務を遂行するだけだ。
権力というものの恐ろしさを、俺はそこで初めて痛感する。
権力があれば何でもできた。悪行もそれなりの理由さえあれば、権力であとは何とでもなる。その真実に、正直恐ろしさを感じたのは言うまでもない。
そんな日々を過ごし、ようやく新しい組織の形が見え始めてくる。
大まかに言えば三つ。
・不正が起こらぬよう、冒険者ギルドとは別にそれを監視する組織を創ること。
・仕事や権力を集中させないために、仕事内容によって組織を分けること。
・組織に携わる者たちが皆同じ目的に向かえるよう教育を施すこと。
だが、王都では短期間に多くの者たちを処罰したため、圧倒的な人員不足に陥り、改革を進めるどころか現状を維持することさえも難しい情況に陥っていく。
そこで発案されたのが、王国全土から優秀な人員を集めるというものだった。幸い、城での権力争いに破れた者、他の町の冒険者ギルドに左遷された者たちはこの数年間でも数多くいて、彼らを呼び戻す事が出来れば、人員不足も解消できると思われた。
いわゆる、壮大な引き抜きを行うのだ。
それがウィル国王に承認されると、早速、各町のギルドへと召集の通告がいった。ちょうど新しい組織の改革として俺は各町のギルドマスターを集めようと思っていた為、案外それはスムーズにいき、引き抜きが決まってから一ヶ月で王都に各ギルドマスターが集結をした。それは事件が起こってから実に三ヶ月が経とうとしている時だった。
その説明会の最中のこと。
俺はアーサーとして説明会に参加している。進行などは他の者が行い、ギルドマスターやそのギルドの部長たちは、彼らの話を熱心に聞いていたのだが、タウーレンから来た者たちだけは、何故か他とは違う様子を見せていた。
その者たちとは、バリザスとミーネさん。
二人は説明をしている者ではなく、何故かずっと部屋の隅に座っている俺を凝視していたのである。
ジーーーーッ。
俺は気が気ではなかった。何度も変装がバレているのかと思い、執拗に髭を触ったりしたが、それはちゃんと在った。
結局、説明会が終わるまでその視線は途切れることはなく、進行の者が休憩を告げると二人は真っ先にこちらへと歩いてきたのだ。
「……何か私に用かな?」
出来るだけ声音を変えて言ってみる。
「いや、申し訳ない。あなたがアーサー殿ですかな?」
そう言ったバリザスに、努めて冷静に返す。
「……そうだが」
「ワシはタウーレンでギルドマスターをしているバリザスという者。こちらはミーネじゃ」
「お初にお目にかかります」
二人はそう言って頭を下げてきた。見たところ、バレているわけではなさそうだった。
「実は、アーサー殿の噂はタウーレンにも少なからず流れてきておりましてな……なんというか、ワシら二人は有り得ない想像をしておりました」
「有り得ない想像とは?」
「アーサー殿は剣技に秀で、しかも、改革に携わるほど優秀な考えも持っておいでとの事。じゃが、これまで貴方の事を知る者はおらず、ウィル様が国王となった途端にその知名度をあげられた貴方は、この国に突如現れた救世主として呼び声も高い」
「他の者が勝手に言っているだけ。私はウィル様の命をこなしているに過ぎません」
「実はワシの知る者に、アーサー殿と似たような男がおりましてな? そやつは貴方のように強く、そして賢い男じゃった」
テプト・セッテンの事を言っているのだと、すぐにわかった。
「そのような者が……では、説明会でもあったように、すぐにでも王都へ呼び寄せたいところ」
「じゃが……そやつは、愚かにも自分を犠牲にして死んでしまったのじゃ」
バリザスは思い詰めた表情で俯いた。
「本当は……ワシは……あやつは……」
その強ばった口が、何かを呟こうとする。
「バリザス様!」
ピシャリと、ミーネさんがバリザスに言葉を浴びせ、彼はハッとした。
まるで、言葉にしてはならないことをミーネさんが止めたかのように見えた。ミーネさんはそのまま浅い息を吐いて、それから俺を見つめる。窺うような、そんな視線だった。
「そやつが死んでから、アーサー殿が現れた。ワシらはもしや貴方が、そやつなのではないかと思っておりました」
「なるほど。そういうことでしたか」
冷静に言いつつも冷や汗が出てくる。アーサーの名前がそんなことになっていたとは。確かに、この三ヶ月は休む間もなく任務をこなし続けた。捕まえた人の数は覚えてすらいない。
ただ、それだけだったのだ。
「残念ですが、私はタウーレンに行ったことはありませんな」
「そうですか……」
バリザスは呟く。俺はバレぬ内に退散しようと思いたち、クルリと背を向ける。
その時だった。
「アーサーさん。あなたは、これまで何をしていたのかしら?」
ミーネさんがそんな言葉をかけてきた。
「……私はウィル国王に拾われた身。それまでは一介の剣士として腕を磨いていた」
「では、タウーレンで行われた闘技大会の事はご存知かしら?」
「知っているも何も、私や貴方たちがここにいるのは、そこで起こった事件が原因だが?」
「そうね……ごめんなさい。では、何故あなたは闘技大会に参加しようと思わなかったのかしら?」
……なるほど、そうきたか。
闘技大会では、タウーレン以外からきた人も参加可能だった。王様が見に来るということもあり、腕に覚えのある者はこぞってタウーレンへと集まった。ミーネさんは、『剣に秀でているのなら、なぜ大会に参加しなかったのか』を聞いているのだ。
「……私は、誰かに仕えたくて剣を振るっているわけではない。私は、私自身の為に剣を振るっている。闘技大会に出て名誉を得ることは、私の目指すべきことではなかった。それだけだ」
ミーネさんは尚も鋭い視線を俺に向け続けていたが、やがて下に逸らす。
「……なるほど。あなたは剣技だけでなく、立派な志も持っておいでなのですね」
「そう言われることもある。私には関係のないことだ」
「……わかりました。変なことを聞いてしまい申し訳ありませんでした」
「よい。勘違いは誰にだってあることだ」
そう言うと、二人はシュンとしてしまった。その表情が見るに堪えず、俺は思わず言葉を紡いでしまう。
「そのような顔をされるとは……その男はよほどお二人に愛されていたのですな。これはあくまでも想像ですが、その男にとってこれまでの日々は最高だったに違いない。そして、自ら犠牲になったのも、彼が貴方たちに全てを任せても良いと思える人だからなのでしょう」
そう言った途端、ミーネさんが顔を上げた。その瞳は揺れていて真っ直ぐにこちらを向いている。対し、バリザスは俯いたままだった。
「バリザス殿、ミーネ殿、人はやがて死ぬもの。それは世界の摂理で、曲げられない結果だ。なのに、人はその過程を変えようともがく。どんなにもがいたところで、死という絶対的な結果を変えることなど出来ないのに」
ミーネさんは気づいただろうか? だが、そんなことよりも俺は二人に言わなければならないことがあった。
「故に私は思うのです。人は死という結果ではなく、別の結果を変えようとしているのだ、と。きっと、その男が変えたかった結果も、生死とは全く別の物のはず。私にはそれが何なのかはわかりませんが、お二人ならわかるはずだ」
「アーサー殿……」
そこで初めてバリザスは顔を上げた。
「気を強く持たれよ。あなたは、ギルドマスターなのだから」
そう言葉をかけ、俺は再度背を向ける。もう振り返ることはしない。歩みを早めてその場を去る。
そのまま部屋を出てから、俺は大きく息を吐いた。
……やり過ぎたか?
もしも、ヒルがテプト・セッテンの言葉を一言一句違わずに伝えていたなら気づいたかもしれない。事実、ミーネさんの表情は明らかに変わった。
バリザスは……気づいていないかもしれないが。
それでも、俺は言わねばならなかった。これから国は、ギルドは変わっていく。そんな中で過去に囚われることはきっと邪魔になる。
囚われ続けた俺が言うのだ。間違いない。
そんな風に生きてほしくなかった。それは、テプト・セッテンが願ったことでもあったのだから。
それが伝わったのかどうかは定かじゃない。だが、休憩が終わった後半の説明会では、もう二人が俺に視線を向けることはなかった。
テプト・セッテンは死んだのだ。それは紛れもない事実。
だが、真実は違う。テプト・セッテンは生きている。
そしてそれは逆でも言えた。
テプト・セッテンが死んだのは真実であり、こうして生きていることの方が事実なのだ。
それは、よく考えなければ分からない違い。だが、確実にそれは天と地ほどの差がある。
世界にとって俺は。俺にとって世界とは。その狭間に在るのは目には見えぬ観念の壁。その壁に、人は何度も体当たりをして自身を傷つける。
だが、本当にしなければならないのは壁を壊す事じゃない。壁を壁として容認することなのだろう。
なぜなら、その壁は自分で造り上げてきたものだからだ。
必死に、ひたすらに、誰からも惑わされぬよう。誰にも……自分を明け渡してしまわぬよう。
改革の苦難については、詳しく書く予定はありません。違いはあっても、何かに立ち向かっていく主人公の姿はこれまでで書いてきたからです。
味気なく、速すぎる展開に戸惑っていたら申し訳ないです。それは、まだ私の力が及ばぬためだと思います。
物語は残り二回。それでも、一つの達成に向けて頑張ります。




