冒険者ギルドの実態
「なっ、何をする! 放さぬか!」
歳は五十を越えているであろう男たちが、見るに堪えない形相で叫んでいる。
彼らは冒険者ギルド本部の役員たちだ。俺と騎士団がここへ来て監査通告を受付に告げると、彼らはあれやこれやと理由をつけ、俺たちを追い返そうとした。
仕方なく、半ば無理矢理に奥へ入った途端、彼らは幹部部屋で立て籠りを図った。だが、そんな事で引き下がる俺たちではなく、扉を破壊して中へと侵入し、ようやく彼らを拘束することに成功したところだった。
「貴様ら……こんなことをしてタダで済むと思っておるのか!」
役員たちは、怒りを隠すことなく吠える。そんな彼らに、俺は冷たい視線を送ってやった。
「思っていないな。だが、タウーレンで起こった事件によって冒険者ギルドの信用は地に堕ちた。その汚名を私たちが晴らしてやろうというのだ。感謝されても、文句を言われる筋合いはないな」
「傲慢な……冒険者ギルドの事は、我らに任せておけば良いのだ。何の理解もない貴様らが関わったところで、状況を悪化させるだけ!」
「ならば、お前らはどうしてタウーレンでの事件を防げなかった? タウーレンの冒険者ギルドもお前たちの管理下ではないのか?」
「それは……タウーレンが悪いのだ。あそこは昔から騒ぎを起こす」
「責任転嫁か? それは、やはりお前たちには管理能力がないと公言しているも同じだぞ?」
「ぐっ……だが、貴様らが関わってもロクなことにはならぬ!」
「それはお前たちが決めることではない!!」
強く言い放ち、抵抗する彼らを黙らせた。
「……それより、もしこの調査にて、お前たちに不正や隠蔽が見つかった場合は覚悟なされよ。その時はそれ相応の厳罰が下ることになる」
彼らは、一様に悔しげな表情を見せた。
「恨むならば、事件の首謀者であったテプト・セッテンを恨め。……まぁ、奴は既に死んだがな」
彼らは抵抗を止め脱力する。それでも、怒りに燃えた瞳だけは俺に向け続けていた。
「連れていけ」
それを最後に、彼らは騎士たちによって部屋を連れ出されていく。
「アーサー殿。次はどうされますか?」
「各部署に回り、ここ数年間の資料を押収しろ。他の町の資料は監視部にあるはずだ」
「分かりました」
騎士団長が他の騎士たちに指示を出していく。
まぁ、不正が無いわけないよな。
その光景を見ながら思う。タウーレンでも、隠蔽はあったのだ。それよりも大きな本部で不正・隠蔽が存在しないわけがない。
原因は間違いなく、本部を取り締まる機関が存在していないからだ。本部には『監視部』という部署があるが、それは他の町の冒険者ギルドを監視し、不正がないかを調査する部署だ。そして、そこに本部は含まれない。あくまでも『本部の方針に従っているかどうかを調査する部署』なのだ。
果たしてそれは、冒険者ギルドを創設した者のミスなのか、意図なのかはわからない。
もしも意図だったとしたら……。
そこで俺は考えるのを止めた。どうせ、これから明らかになる事だからだ。
そして、俺は幹部部屋を見回す。
彼らがここに立て籠ったのは、連れていかれたくなかったからではないと思う。おそらく、ここにあるのだろう。
――――冒険者ギルドの全てが記されてある物が。
俺は部屋の中を歩き回り、その辺の本棚から適当に一冊の本を取り出してみる。それは薬草図鑑だった。
なんでこんな所に? 冒険者ギルドにある本としてはおかしくない。だが、幹部部屋にあるには、少しおかしな本だった。他の背表紙を見ても、『魔物図鑑』『魔法学』『戦闘スキルその三』など、幹部部屋にあるには少しおかしなレパートリーが並べられていた。しかも、その並びには一貫性が全くない。不思議に思い、それを眺めていると不意に気づいた。
そもそも、本棚があること自体おかしいのだ、と。
それから本棚をくまなく調べてみる。そして、横の床に引きずった跡があることを見つけた。
その後、本棚と後ろの壁との隙間を覗いてみる。
――――ビンゴ。
本棚を手前にズラしてから力を込めて動かす。それは、思ったよりもスムーズにいき、隠れていた床にレールのような物が現れる。そして、壁には扉が出現した。
「隠し扉か……」
そんな物があることに驚きつつもその扉を開けると、その先は狭い簡素な部屋だった。そして、中央には足の長い机があり、その上に一冊の本が乗せられている。
「エノールの探索記……」
そう記されたタイトルに俺は驚いた。それは、ギルド職員の中で噂されていた本だったからだ。そして著者には、エノールの名前があった。
だが、俺が知るエノールの記憶には、そんな物を書いた知識がない。
「エンバーザ……覚えているか?」
『お前と同じだ。知らぬ』
「だよ……な」
慎重にページをめくる。書き出しはこう記されていた。
『――冒険者ギルドとは、ダンジョンにて魔石を採取するための機関である。そのため、それを行える冒険者たちを管理し、支配することが求められ――』
ん? なんだこれ。全然探索記じゃないぞ?
記された文に、探索記としての違和感を感じ本をもう一度よく見てみる。確かにタイトルは探索記とあった。それは偶然だったが、カバーを外してみると全く違うタイトルが顔を出した。
――――冒険者ギルド創設計画。
それは正に、書き出しの文と一致するタイトル。そして、著者はエノールではなくライマルトと記されている。
なんでこんな手の込んだ事を……。
そう思いつつ、改めて本を読み始める。そこには、驚くべき内容が書かれていた。
まず、『ダンジョンの構造』について。そこには、ダンジョンが百階層に別れることや、どの階層でどんなランクの魔物たちが配置されているかが詳細に記されている。
そして、『ギルドカードの製造方法』について。ギルドカードは、そのダンジョンで採取された魔石によって製造しなければならないとあり、製造過程には古代語を組み合わせた魔術を施すことが記されてあった。
「この文字は……」
今の俺にはハッキリとわかる。その古代語は、精霊の言葉だった。そして、組み合わされた言葉はこう解読できる。
――――仮契約、と。
誰と仮契約するのかは容易に想像できた。ダンジョンマスターと仮契約をするのだ。そして、その仮契約はギルドカードに垂らす血によって完成する。
これをすることにより、ダンジョンマスターはギルドカードを所持する全て冒険者の動向を知ることができる。
『……なんとも哀れな使い道だな』
「……そうだな」
それによって、ダンジョンマスターは冒険者が魔石を取れるよう、程よく生還できるよう裏で操作していたのだろう。
その『冒険者ギルド創設計画』は、読めば読むほどよくできた物だった。
例えば、先ほど疑問に思った本部の取り締まり機関がなかった事について。それは、組織内で融通を効かせるため。何か不測の事態が起こっても、冒険者ギルド内で解決するためだった。
他にも、冒険者のランクについては決められた人数制限があり、何処のギルドにもSランクの冒険者を一人は配置することが記されてある。それはダンジョンマスターがギルドカードにて詳細を知り、不在の時はわざと五十階層まで誘導し、Sランク必須のアイテムを取得させるとまであった。
さらに、その者を後のギルドマスターに配置し、本部は彼らに一切を教えず、操ることを義務付けるとある。
全ては、この計画書にて仕組まれたことだったのだ。
そして、本の最後にはこう書かれてある。
――――魔石をダンジョンから運ぶ者たちを冒険者と名付ける。この計画書は私、ライマルトによって創造された物だが、それはエノール無しではなし得られなかった事だ。よって、彼に敬意を評し、彼が成した冒険の数々をこの名前に込める。
全てはアスカレア王国発展のため、そして、エノールの偉業を残し続ける為の事である。
俺は、静かにその本を閉じた。なぜ、カバーが全く違ったタイトルだったのか何となくわかった気がした。
『……ライマルトは賢かった。常に現状を把握し、先を見ていた』
「知ってる」
なにせ、その記憶は俺にもあるのだから。
『私が、闘いによって寿命を減らしていることも彼だけは気づいていた』
「……あぁ」
『彼は男だが、私を特別視していた。だからこそ、ライマルトは私についてきたのだ』
エンバーザは、悲しげな声で言葉を紡ぐ。
ライマルトはエノールの死後、何を思ったのだろうか? それは俺にはわからない。だが、こんな計画書をつくるくらいには狂っていたのだろう。数多くの人々を騙し続けなければ成り立たないこの計画書。その根にあったのは、もしかしたら悲しくも無邪気な純粋なる思いだったのかもしれない。
俺はその本をそっと同じ場所に置き、部屋を出る。それから、本棚を元の位置に戻した。
ちょうどその時だった。
「アーサー殿。こんな所にいましたか!」
それは一人の騎士。
「どうした?」
「ハッ! 全ての資料を押収し終えました」
「そうか。なら、城へ戻るぞ」
「わかりました。……ところで、アーサー殿はここで何を?」
「こんな部屋に入れるのは滅多にないことだからな。好奇心が疼き、部屋をいろいろ見て回っていた。職務怠慢に問われても言い訳のしようもないが、抑えきれなかったのだ。これは秘密にしてくれるな?」
ニヤリと笑ってその騎士を見やる。彼は、一瞬驚いた表情を見せたが、やがて同じように笑ってみせた。
「好奇心とは……アーサー殿は少し子供っぽい所があるようですね」
「言ってくれるな。十分に自覚している」
「それで、何か見つかりましたか?」
「何も。爺臭い書物しか見当たらなかった」
「なるほど。子供っぽいアーサー殿には、少し早い書物ばかりだったのですね?」
「あぁ。早く体を動かさねば、退屈で死ぬところだ」
「では、すぐに城へ戻りましょう。訓練の相手ならば、私がお相手しますよ」
「お前が相手になるのか?」
「ならなくてもお相手します。騎士団長を一振りで薙いだ剣技、正直お見それいたしました。アーサー殿についていけば、皆も強くなれるともっぱらの噂になっています」
「クックッ……騎士団長にはバラすなよ? 奴にはまだ自尊心を持たせておきたい」
「なるほど。アーサー殿にはそういった悪戯心まであるのですね」
「言ってくれるな。十分に自覚している」
そんな冗談を彼と交わし、俺は幹部部屋を出た。
冒険者ギルド創設計画書については、今は秘密にすることにした。それよりも、やるべき事があったからだ。
まずは、この組織を一から作り替える。
それをしなければ、この国に本当の未来などないだろう。いつか、無理が生じて破綻するのがオチだ。
冒険者ギルドの仕組み自体はよく出来ているのだ。だが、それを成り立たせるための手段が、別の方向で捻れ、人々にいらぬ不幸を与えている。そこを変えればいいだけの話なのだが、それにはやはり組織を作り替える必要があると思った。
これは、思った以上に大仕事だな。
そんな事を考えながら城へと戻る。
そして、冒険者ギルドでの事を余すことなくウィル国王へと報告した。彼もその内容に驚いていたが、出した結論は俺と大差ないものだった。
こうして、俺は新たに冒険者ギルドの組織改革を命じられる。ウィル国王は、権力者や領主たちの統制に苦戦しているからだ。だが、彼は力ずくでもそれをやり遂げるだろう。あとは、その時までに俺が改革案を完成させればいいだけの話。
しかし、この壮大な計画には俺だけの力では不足だとも思う。
「ヒル、各町のギルドマスターを一度召集できないか?」
「できますよ」
「なら、すぐに手配してくれないか」
「良いですけど……そんなことより忘れてませんか? タウーレンにいる人たちのこと」
「……あぁ、そうだったな。だが、俺の存在は知られちゃいけないんだろ?」
「そうです。テプト・セッテンは死にましたから」
「だよなぁ……今頃なにしてんのかな」
「タウーレンは今大変だと思いますよ。もちろん、これから先も」
「だよなぁ」
俺はタウーレンの人たちの事を思った。随分と俺の勝手に巻き込んでしまった。彼らの為にも早急な改革が必要だ。
そしてソカ……彼女には果たせぬ約束をしてしまった。俺が死んだと知ったら、どう思うだろうか。
エンバーザに頼んで、彼が存在する空間からとある物を出してもらう。
それは、俺がエノールを演じた演劇の台本。ソカはそれに細工をし、俺に無茶苦茶な演技を強いた。だが、それは最終的に俺のためだった。それを思い出すと息苦しくなる。
……俺はこうなってしまった今、彼女に何ができるのだろう。
彼女が望んだ物、それはとても分かりやすくて簡単な事だった。
――――待ってる。
ただ、それだけを望んだのだ。なのに、今の俺はそこから最も遠い所にいる。
「なぁ、ヒル。俺たちは本当に国の改革なんて出来ると思うか?」
「何を言っているんです? 出来るかじゃなく、やらなければならないんですよ」
ヒルは、当然のようにそう言った。
「まぁ……でも、僕は出来ると思ってますよ。それも、自信満々に」
「何故だ?」
「あなたがいるからです。あなたはこれまで、嫌というほど不可能を可能にしてきたじゃありませんか」
「ヒル……」
「正直どんなことにおいても、あなたが諦めてしまうことの方が可能性としては低く思えますね」
呆れたようにヒルは言った。
――――そうだよな。諦めなければ終わりじゃないよな。
そんな言葉に、俺は自分でも驚くほどに納得してしまった。
「……わかった。じゃあ、ヒル。一度タウーレンに行って、俺の死を皆に伝えてきてくれないか?」
「またえらく唐突ですね?」
「一応、皆に伝えておきたい事があるから、遺言とでも言って伝えてくれ」
「うわぁ、僕が一番嫌いな役じゃないですか」
「お前にしか頼めないんだ。頼む」
そう言って頭を下げて見せると、ヒルはため息を吐く。
「わかりましたよ」
「よし! なら、すぐに向かってくれ」
「で? 何を伝えればいいんです?」
「あぁ、『ギルドでの日々は俺にとって最高の日々だった。後の事は全部任せる』そう伝えてくれ」
「……そんな軽い感じで良いんですか?」
「良いんじゃないか? 辛気臭くしてもアレだし」
「もし、生きてる事がバレたら刺されますよ?」
「バレなきゃ大丈夫だろ。……それと、もう一つ」
そうして、ヒルに台本を渡す。
「これを、冒険者のソカに渡してくれ」
「……これは?」
「他愛もないものだ」
そう言ったが、ヒルは怪訝そうな視線を俺に向けてきた。
「一応、中身は全て拝見しますよ」
「疑い深いな……そんなに信用ないか?」
「信頼はしてますが、信用はしてませんね」
「どういう意味だよ」
「無条件で信じられないってことです」
「そうかい……じゃあ、気が済むまで調べろよ。その代わり、破ったらただじゃおかないぞ?」
「わかりました」
それから、ヒルは丁寧にその台本を一枚一枚めくっていく。そうして長い時間をかけて台本を読みきる。
「……怪しい所はないようですね?」
「だから言っただろ。納得したなら早く行け」
「わかりましたよ」
そう言うと、ヒルは背を向けて走り去った。
『……彼女は気づくだろうか?』
不意にエンバーザが語りかけてくる。
「気づくさ……きっと」
それに、俺は静かに答えた。
俺はもう一度『冒険者ギルド創設計画』の最後の文を思い出した。
そこには、彼が抱いていた苦悩の感情が入り交じって見えた。それはとても強大で、どうしようもない感情だったに違いない。エノールと永久の別れをしたライマルトは、その苦悩を『冒険者』という名前に刻んだのだ。
そうやって刻まれた物は、彼がとっくの昔に死んだ今も尚、残り続けている。
そんな苦悩を、ソカにして欲しくなかった。
それは、俺の勝手な妄想なのかもしれない。そう思いたいだけなのかもしれない。
それでも。
俺はそうせずにはいられなかった。何故なら、彼女を迎えにいく未来を諦めたくなかったからだ。




