牢獄でのやり取り
trueendの条件
アイテム『偽物の台本』を取得すること
そこは、薄暗く石に囲われた牢獄。簡素な寝床と用を足す穴しかない狭い空間。そこで俺は、もう長いこと据わったまま動かずにいた。
――――君を王都にて処刑したいと思う。
その言葉が、耳の奥で反芻している。現実味を帯びない言葉が、何度も理解の扉をノックしているかのようだった。
『逃げぬのか?』
エンバーザが問いかけてくる。
「逃げられるわけがない。ギルドの皆を人質に取られているんだから」
牢獄は、何本もの鉄の棒が出ることの出来ない間隔で埋め込まれている。その一本一本が、俺には大切な人たちに見えた。
これを破壊すれば脱出は可能。だが、壊してしまえばもう元には戻らない。
そう思うと、自分の中の愚かさに笑えるような気がした。
……俺は、随分と強固な牢獄をつくったもんだ。
不意に、建物の外から猛スピードで近づいてくる二つの気配に気づく。その気配を、俺は知っていた。この部屋に唯一空いている小さな穴を仰ぎ見ると、そこからは真っ暗な空しか見えない。そして、その穴から予想した通りの人物が顔を覗かせる。
「テプト、何をしている?」
アルヴだった。
「なんだよ、こんな遅くに。夜這いか?」
「こいつがうるさくてな」
そう言うと、今度はタロウの赤い目玉が穴から覗いた。
『主よ。いつまで我を放置する気なのだ』
「すまないな。なんか俺、処刑されることになった」
『処刑? 逃げればよいではないか。主ならば、そこから出ることは可能であろう』
「そうだな。でも、事情があって逃げられない」
それから、俺は二人に説明をする。なぜ、俺が逃げられないのかを。
「ハッ! お前はとんだお人好しだな? 他人のために自分の命を犠牲にしちまうなんて、馬鹿としか思えねぇ。お前はそれで良いと思ってるのか? 自分が死ぬことで、全てが救われるとか本気で思ってるのか?」
「思っちゃいないさ。ただ、起こってしまった事の責任は取らなきゃならない。そうしないと、皆納得しないからな」
「納得納得って……そんなの自分で勝ち取るもんだろ? 何で他人が与えてやった理由で納得しなきゃならないんだ」
「皆、それが出来るほど強くはないんだ。だから、他人に期待するし、裏切られたら怒る。それを自分の中で昇華できるのは、その人が強いからなんだよ」
「弱い奴の為に死ぬのか……とんだ茶番だな」
アルヴはそう言って鼻で笑った。
「お前は誰かの為に強くなったわけじゃねぇだろ。自分の為にその強さを手に入れたんだろ。なら、最後まで自分のために使えよ。もし、お前が言ってる事が真実なら、この世は狂ってるとしか思えねぇ。なにせ、弱いってだけで強い奴が守ってくれるんだからなぁ」
それは、妙に的を得ていた。
「この世は強い奴が生き残る。弱者は死ぬだけだ。なぁ、そうだろ?」
アルヴの言いたいことは痛いほどわかる。それは、彼がそうやって生きてきたからなのだろう。
強い奴が生き残る。それは確かにそうだ。だが、人はそれだけじゃない。強さの他にも、人はもっと様々な事を重視して生きている。それは時に『正義』という名前かもしれない。『優しさ』という名前かもしれない。もしかしたら、もっと違う『何か』なのかもしれない。
人は不思議だ。分かりやすいことが一番のはずなのに、それを敢えて絡ませて複雑にしてしまう。それは、いつの間にか自分でも解くことのできない網となり、結果その網に囚われてしまう。
それでも……人は、その複雑な物を織り成して素晴らしい物にすることが出来る。
複雑にするのは、きっとそれをつくりたいからなのだろう。絡ませるのは、その先で完成される物を夢みるからなのだろう。
俺は、それを絶ち切りたくないのだ。
俺が死ぬことで、全てが救われるなど思ってはいない。誰かの為に為に死ぬことも思ってはいない。
ただ、俺は守りたいのだ。俺が生きてきた過程で作り上げてきた物を。成してきた事を。意味を、意義を。
その結果にある事が死であるならば、俺は甘んじて受け入れようと思う。
死ぬために生まれたわけじゃないが、ただ生きるためにもがいてきたわけではないのだから。
そう考えると、目標を持つことは、夢を持つことは、酷く劣っているような気さえした。
人は、目標に向かう姿を美しいと言い、夢を追う姿を羨ましいと言う。だが、もしも今を幸せとできるならば、目標や夢など無い方が良いのかもしれない。
俺は今を幸せと出来なかったから高望みをしたのだ。そうしなければ……息苦しすぎて……とても生きてはいけなかったから。
「馬鹿……なのかもしれないな。俺は」
「あ?」
「でも悪くないだろ? これは俺が選びとってきた結果なんだから」
一瞬、アルヴは呆けたような表情を覗かせる。
「……やっぱり、お前は俺とは違うな。死ぬことで得られる事なんて俺は望まねぇ。得られるから望むんだ。死んだら何も得られねぇよ」
「それで良いさ。同じ人間なんて、一人もいないんだから」
それから、ふと思ったことがあった。
「だが、近い人間ならいる。……アルヴ、ダンジョンにいる時、お前に話したよな? お前と同じ魔物の力を宿すユナのことを」
「……あぁ」
「できるなら、その子の力になってやってくれないか? その子は魔物の力を宿してはいるが、精神的な問題からそれを使えずにいる。だが、その子の目指す場所にはその力が必要で、俺は助けになってやることができなかった」
「……魔物の力が使えないなら、それに越したことはない。使えば使うほどに自分を蝕んでく。魔物の力は、そういう力だ」
アルヴは、悲しげに言った。
「だが、それを決めるのはお前じゃない」
俺はそれに強く言い放った。
「確かにな」
「可能性があるなら、彼女に選択肢を増やしてやりたいんだ。そこから先を決めるのは、彼女自身だろうから」
その言葉に、アルヴは何かを迷っているようだったが、やがてポツリと呟くように返してきた。
「……考えておく」
「助かる」
それからアルヴは、そっと穴から離れた。入れ違いに、再びタロウの目玉が覗く。
『主よ。主の言うことが本当ならば、先の責任が全て主にあると皆が納得すれば良いのだな?』
「……あぁ。俺が処刑されるのは、それを原因にするためだからな」
『なるほど。では、責任が主にあると明確になりさえすれば、その後は、どうなっても良いのだな?』
「ん? あぁ、確かにそうだが……タロウ、何を考えてる?」
『フッフッ……案ずるな主よ。我は前々から考えていたのだ。主は人の世界に入り浸り過ぎていると。それが絶ちきられるなら我にとって好都合』
タロウは一人で勝手に笑いだした。その意図がわからず俺は呆然としてしまう。
『主よ、世界は何もここだけではない。人がここで生きているのは、ここでしか生きることができぬ弱者だからだ。だが、主は違う! 我と共に激動の逃亡劇を演じようぞ!』
そして、勝手にテンションを上げだしたタロウ。
「……タロウ? 何を言ってるんだ?」
『まぁ、よい。主は、処刑の瞬間を首を洗って待つがいい』
それは、果たして俺に言うことなのだろうか?
そのままタロウも穴から離れてしまった。まぁ、悲しむよりは良いことなのだろうが、タロウの場合は嫌な予感しかしない。
あいつ、俺の説明ちゃんと聞いてたのか? 今さらながら不安を覚えてしまった。
「……処刑の瞬間か」
その時、俺は何を思うのだろうか。
そこまで考えてから、ふと思った。
あれ? 俺はいつ処刑されるんだ? と。




