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ギルドは本日も平和なり  作者: ナヤカ
規格外の最強と最凶 編
199/206

三十三話 ギルドは本日も平和なり

闘技大会での悪夢から早二週間が経った。


その悪夢は、タウーレン全域に広まり多くの人々を悲しみのどん底へと突き落とした。町のすぐ近くにある墓場には、多くの犠牲者が埋葬され、それはタウーレンの人だけでなくアスカレア王国全土から来ていた人たちまで埋葬された。


領主は運良く生き延びていたが、闘技大会にきていた国王は死んでしまった。


この最悪の事態に、町の人たちから矛先を向けられたのは冒険者ギルドだった。


日々、怒りと悲しみを携えた人達がギルドに訪れて叶わぬ嘆きを投げつけていく。ギルド側はどうすれば良いかわからず、ただ「今は調査中です」と、頭を下げるしかない。


……今日もたくさんいたわね。


セリエは、ため息を吐いてこれまでの日々を思い出す。町の人たちはあの日以来、依頼を持ってこなくなった。代わりに「死んだ者たちを生き返らせてくれ」という依頼がくるようになった。真っ当な依頼が来ない以上、ギルドにくる冒険者の数も減りつつある。魔物の脅威を知り、冒険者を止める者までいた。


幸いな事に、冒険者の中にはあの状況で起こった真相を知る者たちがいて、彼らが自主的に依頼人に扮装して見張ってくれてはいる。

先日、一人の受付嬢が町の人から危害を加えられる事件があったからだ。


それでも、冒険者ギルドは営業を止めることはない。この世界に魔物がいる以上、それを狩ってくれる冒険者がいる以上、止めるわけにはいかないのだ。


……せめて、テプトくんが戻ってきたらな。


セリエは、そう願わずにはいられない。

ギルドの面々は見るからに疲弊しきっていた。誰も会話をあまり交わさずただ、淡々と仕事に打ち込む。

こんな状況を変えられるのは、彼しかいないだろう。それは、セリエだけでなくギルドの殆どのメンバーが思っていた。


……まさか、あんな事が起こっていたなんて。


あの日、セリフを含めたギルドのメンバーは、闘技場から人々を避難させることに徹していた。故に、闘技場で起こったこと、その後テプトがウィル王子に連行されたこと、それらを知ったのは翌日のことだった。


全て信じられない事ばかりだった。闘技場に召喚部屋という地下が在ったことも驚きだが、そこが壊れ無限に魔物が沸き出るようになったこと、それを止めるためにダンジョン化したこと、そして、そのダンジョンをテプトが破壊したこと。


それを素直に信じる者たちは少ない。だが、テプトならばあり得るかもしれないと思った人たちもいる。

それは、町の人たちに公表するにはあまりにも衝撃の強い事だったため、ギルドマスターのバリザスは、テプトが戻るまで秘匿することを指示する。

その指示には、従わざるを得ない。


どちらにせよ、テプトが戻るまでは何もすることができないでいた。そして、そのストレスがギルドの面々を疲弊させていた。


……もしもあの日、王都に向かったのならそろそろ戻ってきてもおかしくないのにな。


セリエはそんなことを思う。今日もかなり疲れた。あとどれくらい自分が持つのかなんて、想像したくもなかった。



そんな日だった。



「ギルドマスターはいますか?」


営業終了まであと少しという頃、一人の男がギルドに入ってくる。

その男には片腕がなく、そして真面目な顔をセリエに向けている。


「……あなたは」


セリエは目を見開く。彼女はその男を知っている。

テプトと共に、この冒険者ギルドの管理部を任されていたヒルだった。

咄嗟に、彼の後ろを窺った。もしかしたらテプトが居るかもしれないと思ったのだ。


だが、彼の姿はそこにはなかった。


それでも、ヒルが帰って来たということは何か進展があったということだ。

セリエは、急いでギルドマスターの部屋へと向かった。




「――――して、ヒルよ。テプトはどうしたのじゃ?」


ギルドマスターの部屋。そこには、ギルドマスターであるバリザスを始め、各部長たちが集まった。その他に、テプトの心配をする職員たちも参加を許され、セリエもその中の一人として部屋の中にいた。


バリザスに問われた質問に対し、皆が固唾を飲んでヒルの言葉を待っている。


ヒルは、少しだけ息を吐いた後、その言葉を口にする。


「よく聞いてください。テプトさんは、もう二度とここに戻ってくることはありません」

「……なんじゃと? それは一体どういうことじゃ?」

「テプトさんは今回の事件の首謀者として、王都で処刑されました」




沈黙が部屋を支配する。皆、ヒルが何を言っているのか理解できないようだった。




「……何を言うておる? もう一度言うてみよ」


バリザスが呆然とした顔で問う。それでも、ヒルは一言一句違えることなく同じ言葉を口にした。



「直に、この国全体に今回の事件が伝わるでしょう。ですが、それと同じくらいの速さでテプトさんの処刑も伝えられます。混乱は最小限に抑えられます。なぜなら、今回の全責任をテプトさんが死によって引き受けたからです」

「……処刑された? そんな通告などワシは受けておらん」

「今、通告しました。僕はここのギルド職員としてここに来たわけじゃありません。王の使者としてここに来ました」

「使者……」

「はい。僕は、新たに王直属の組織に属しました。僕もこの通告を最後にタウーレンを去ります」

「王……王とは誰じゃ?」

「ウィル・アスカレア王です。今回、国王が亡くなったことにより、急遽ウィル様がその命に就かれました。その事も直に王国全土へ通達がいくでしょう」

「……管理部はどうなるのじゃ?」

「ウィル国王は、まず最初に冒険者ギルド解体を考えておられます。そのため、冒険者ギルドは事実上無くなります」

「なんじゃと? ……では、ワシらは」

「解体といっても組織を無くすわけではありません。新たな組織として再編成し直すのです。バリザス様には、近々王都に来るよう通達がくるでしょう」

「それまでは……」

「それまでは、今まで変わりない営業をお願いします」

「町の人や冒険者には何と説明する?」

「それは、こちらで全て行います。内容は先程申し上げた通りです。今回の事件は、全てテプト・セッテンによる目論みだったと。あなた方に非は何もありません。非は、全てこちら側で排除しました」


「なんじゃと……なんじゃと……?」


バリザスは、虚ろな瞳でそれだけを繰り返した。騒ぎ立てる者はいない。そんな元気など、もはや誰にも残ってはいなかった。


……そんな。


セリエは、まだヒルの告げた内容を信じられないでいた。それは彼女だけではない。この場にいる人全員が同じ気持ちだった。


それでも、ヒルは残酷に言い放つ。


「詳しい内容はここに書いてあります。僕は、これから王国全土を回らなければならないので、この辺で失礼します」


皆がどうしていいのかわからない中で、ヒルだけが淡々と分厚い封書をバリザスの目の前に置き、部屋の扉へと向かった。


「それと……テプトさんは死ぬ直前、皆さんに言葉を残しました。何とも彼らしく軽い口調でしたが、一応伝えておきます」


虚ろな瞳たちが、ゆっくりヒルへと向かう。


ヒルは、それを見定めてからハッキリとその言葉を口にする。


「『ギルドでの日々は俺にとって最高の日々だった。後の事は全部任せる』……これがテプトさんが残した言葉です」


ヒルはそれだけ言って部屋を出た。パタンと、扉が閉まる音だけが悲しく部屋に響く。


誰も何も言わなかった。言えずにいた。


ただ、何かが終わったのだということだけは、皆理解し始めていた。

その沈黙だけが、終わりを告げる確かな証であったのかもしれない。



ヒルは、ギルドマスターの部屋を出てからため息を吐く。


「まったく……嫌な役回りですね」


それからゆっくりと歩き始める。彼には、タウーレンでやらなければならない事がもう一つあった。それは、とある冒険者の元へ行くこと。

ソカという冒険者の元へ行くことだった。それは、テプトからお願いされたことでもある。


もうすっかり暗くなったタウーレンの町並みを歩く。散々テプトと追いかけっこをした町は、彼にとって庭みたくなっていた。


その風景を歩き続け、ヒルはひとつの建物の前にやってきた。扉を叩くと、目的の人物が慌てたように出てきた。


まるで、誰かを待ち望んでいたかのように。


「あなたは……」

「こんばんわ。テプトさんと管理部をしていたヒル・ウィレンです」


それから、ヒルは冒険者ギルドで言ったそのままをソカへと伝える。彼女はジッとヒルの話を聞いていたが、ギルド職員と同じく信じられないというような表情をし、やがて首を振る。


「……そんなの嘘よ」

「嘘じゃありません。残念ですが事実です」

「いや……信じたくない」

「でも、本当のことです」


絶望の色が瞳に宿る。そんな彼女に、ヒルはとある物を差し出す。


「これは、最後にテプトさんから預かった物です。ソカさんに渡してくれと言ってました」

「これは……」

「僕には何が何だか分かりませんが、テプトさんは言ってましたよ。『これを渡せば、全て理解してくれると』」


それは、数十枚の紙が束ねられた物。それをソカは知っていた。


一番上の紙には、『冒険者ギルドとアスカレア王国』と書いてある。その紙の束は、闘技大会の最中行われた演劇において、ソカがテプトを元気付ける為に細工した台本に他ならない。


「これを……テプトが?」

「えぇ。……一応、中身は確認させてもらいましたが、とても死の間際に託すような物には思えませんね」


ヒルは、正直な感想を漏らす。確かに、その台本は残された物に残すには少しばかり違和感があった。それでも、テプトはそれをソカに渡してくれと頼んだのだ。


「……そっか……そっか。わかったわ」


ソカはそれを大事そうに抱え、次の瞬間には笑顔を浮かべていた。その目尻には光る粒が見えたが、ヒルにはそれが悲しみからくるものではないと思えた。


きっと、テプトとソカにしか分からない何かが、その台本に隠されているのだろうとヒルは感じた。


「……では、僕はこの辺で」


変な勘繰りは不要だと言い聞かせ、ヒルはそこを後にする。


残されたソカは、しばらくその台本を大事そうに抱え続けていた。



――――その台本は、ソカがテプトの為に細工した偽物。そして、本物の台本とは大きく異なる点がある。

それは、物語の主役であったエノールが死ぬか否か。


本当の物語ならば、テプトが演じたエノールは中盤で死ぬはずだった。しかし、ソカはそれを無理矢理変更し、最後までエノール役のテプトを舞台に立たせ続けたのだ。


テプトがソカにそれを託した意味、それは『俺は死んでいない』と読み取るには、十分過ぎるほどの物だった。


きっと、それを隠さなければならない理由があるのだろうとソカは察する。


「……待ってるから」


ソカは独り、そう呟く。


テプトは演劇の舞台で彼女にそう告げたのだ。『待っていて欲しい』と。


その夜は静かに耽ていく。まるで、何事もなかったかのように、いつもの静寂がタウーレンを満たしていく。




――――その後、ヒルの言った通りタウーレンで起こった悪夢はアスカレア王国全土に伝えられた。そして、それと同じくらいの速さでテプト・セッテンという男の処刑も伝えられた。

冒険者ギルドは新たに王となったウィル・アスカレアによって解体され、新たに『ギルド』という名前に変わった。『ギルド』は、冒険者だけでなく、町のあらゆるギルドを管理、監視する組織として生まれ変わる。この事で、冒険者という職業はなくなり、魔力を持ち魔物と戦う者たちは『魔護人(マゴル)』と改名される。魔護人たちは、なぜ魔物と戦わねばならないのか、魔物と戦うことにより人々の生活にどう携わるのかを徹底的に教え込まれ、それは魔物と戦うことに明確な意義をもたらす。

そして冒険者たちの独学であった魔法も、統合した魔術ギルドと協力し、『魔法学校』まで各地に建設された。


こうして、冒険者と町の人たちを分離していた垣根はなくなり、ギルドの経営も情報の共有も一緒の組織として統合されていった。


その統合は、今までのアスカレア王国の歴史を覆す壮大な計画であり、人々はこれが果たして上手くいくのかと疑問を呈したが、その予想は良くも裏切られる結果となる。


ウィル国王の手腕は凄まじく、新たな体制になった『ギルド』は、次々と画期的なシステムを経営に取り込み、人々がより善く働ける環境を整えていった。

その中で、これまで様々なギルドで支配を我が物にしていた者たちの多くは排除され、それが元でウィル国王は多くの者たちに恨まれる国王ともなってしまう。


改革は半年にも及んだ。だが、たった半年で国の根幹を覆したウィル国王に、もはや文句を言う者たちは殆どいない。

圧倒的な改革は、確かに人びとに少なくない不満をもたらしたが、それ以上にアスカレア王国は大きな発展を遂げることとなる。






――――そして数年の時が経つ。



そこは、タウーレンにある『ギルド:魔護人管理ダンジョン探索部』。


「カウル部長! 今日は大事な会議ですよ?」


騒々しく部屋に入ってきたソフィアに、カウルは苦い表情を見せた。


「あぁ、ソフィア。どうせ、営業部のレイカが人員を寄越せと言ってきてるんだろ? 答えは同じだ。これ以上は回せない」

「それは会議で言ってください!」

「……苦手なんだよな。冒険者の頃のランクを口文句にレイカは揺さぶってくるから」

「今は二人の立場は同じなんですから、堂々としてたらいいんです」

「……そうは言ってもなぁ」


カウルはため息を、吐きつつも重い腰を上げる。


あれから、数年が経ち魔護人を管理する部署も多義に別れた。共に冒険者をしていた者たちの中で、有能な者は様々な研修を経て今や立場のある地位に置かれている。冒険者ギルド学校に行っていたソフィアも、そうした中で取り立てられて『ダンジョン探索部の副部長』としてタウーレンへと帰って来た。そして、そこの部長はカウルが務めている。


前任のバリザスは、去年引退した。そのタイミングで副部長だったミーネも引退し、空いた所にカウルとソフィアが入ったのだ。


あの日から、少しのいざこざは数えきれない程に在ったのだが、悲劇と呼べるものは起こってはいない。それはつまり、新しく生まれ変わった『ギルド』が、正しい組織である何よりの証。


そんな組織でも、日々些事とも取れる事件は常に起こっている。だが、それに関して深刻な考えを持つ者はいないだろう。


なにせその事件とは、誰かが寝坊しただとか、組織内での恋愛だったりだとか、誰が昇進しただとか、そんなことばかりだからだ。


……変わったもんだな。


カウルは染々と思う。そんな事件が、事件として言葉に上がるのは数年前まで考えられないことだった。


「カウル部長が会議に出ないと、この部署の名誉は落ちるんですからね? これは大きな事件ですよ?」


ソフィア副部長はそう言い放つ。


「わかったよ……出れば良いんだろ?」


カウルは渋々部屋を出てから会議室に向かった。こんなことで一喜一憂している自分に笑えてくる。



そして思うのだった。



――――今日も平和だな……と。
















次は、一部の登場人物を除いた事後解説となります。

それを最後に第三章は終わりとなります。

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