三十一話 破竹のダンジョン攻略
ダンジョンの入り口に立ち、いざ行かんと構えた時である。
ザッ。
俺の背後に詰め寄る威圧感。振り返ると、アルヴとソカ、ドラゴンにタロウが順番待ちをするかのように並んでいた。
「……えっと、俺一人で行くんだが」
確認を取ると、皆不思議そうな顔をしている。そんな表情に、俺が変なことを言ってしまったのかと思った。
「でも中は危険なんでしょ? なら、大人数で行った方がよくない?」
ソカが反論をする。あれ? 俺さっき「待っていてくれ」と言ったよな?
「確率の問題じゃないんだ。どんなに大人数で行ったって、ダンジョン攻略は容易じゃない。ここは出来る奴が行くべきだ。だろ?」
ソカにそう言い、エルマに問いかけると彼はコクリと頷いた。
「そうだね。もしかしたらテプトは百階層まで辿り着けるかもしれない。でも、それを言ったら、そこにいる君とドラゴン、それと後ろのワンコも可能性的には悪くないかな?」
『ワンコ……だと』
タロウは愕然とした。まぁ、姿はワンコと言えなくもないが、流石に無理があるような気がする。
「私は?」
問いかけたソカに、エルマは渋い表情をした。
「君は……残念だけど行けて五十階層かな? あそこにいる氷魔法の子も強そうだけど百階層までは無理だね」
「そんな……」
「ソカは、ここで待っていてくれ。もしも、ダンジョンから魔物が出てきたらそいつらを倒してくれ」
「……わかった」
さて。
「じゃあ、ダンジョンに潜るのは俺とアルヴ、タロウとそこのドラゴンで良いか?」
「うん、それが一番良いかな? 問題はそこの二体が入り口に入れるかだけど」
『案ずるな』
『まかせよ』
二体はそう言うと、目の前で変身を始める。タロウは以前と同じ大きさへ。ドラゴンはなんと人の姿に変身した。
「これなら問題あるまい?」
壮年の男に返信したドラゴンは自信たっぷりに言い放つ。そして、その横でちょこんとお座りをするタロウも得意気に鼻を鳴らした。
……うん、やっぱりワンコで合ってたな。
「僕はそろそろ時間切れみたいだ。君たちが生きて帰ることを祈ってるよ」
そう言って、エルマは光の粒子となって消え始めた。
「ありがとな」
「うん」
そして、光は目に見えぬ程に分裂して消えた。その光景を、その場にいた全員が名残惜しむかのように見ていた。
「――――ところで、一体何が起こってるんだよ」
アルヴがそんなことを言わなければ、台無しじゃなかったのになぁ。しみじみとそう思ってしまった。
「行きながら説明する」
「……そうかよ」
「私は何となく察しがついているぞ」
『我にも教えてくれ!』
俺とアルヴ、それにドラゴンとタロウはダンジョンへと入っていく。
「テプト! ……頑張って」
最後、そう言ったソカに俺は笑顔を送った。それは、一時の別れなのだと自分に言い聞かせて。
――――ダンジョンは暗かったが、どのダンジョンにもあるように壁が淡く発光していて見えない程ではなかった。その中を、俺たちはひたすら駆ける。
途中で現れる魔物は、軽くCランクを越える魔物ばかりであり、エルマの言った通りいつものダンジョンとしての知識は捨て去らなければならなかった。
それでも、俺たちは奴等をいとも容易く殺していく。この調子ならば、五十階層まで降りるのに時間は掛からなさそうだった。
そんな最中、アルヴとタロウにこれまでの経緯を教えてやる。話終えると、アルヴはわざとらしくため息を吐いてみせた。
「研究者ってのは、何でいつもそうなんだ? 自分勝手に他人に迷惑をかけて、それがどれだけ本人を苦しめるかなんて想像もしない」
アルヴは研究者たちによって、体にドラゴンの魔石を埋め込まれた人間だ。そのせいで彼の存在はドラゴンに近づきつつある。いつか人でいられなくなる日も近いのだろう。
そんな彼を思えば、そう言いたくなる気持ちもわかる。
確かにこんな事態となった元の原因はローブ野郎だ。奴が召喚部屋など造らなければこんなことにはならなかった。
だが、それを理屈にして彼だけに責任を押し付けるのは違う気がする。ここまでの状況を防ぐ手だてはいつだってあったのだ。それは俺たちだけでなく、俺たちが生まれるよりもずっと前から。
「なんで俺が」
そう文句を呟くアルヴだったが、正直俺にはそうは思えなかった。何故だか、嬉しそうにも見えた。それを本人に告げてしまえば、きっとアルヴは怒ってしまうだろう。だからそれを言うことはなかったが。
そして、その様子を見つめるドラゴンの眼差しは温かい。
きっと、この二人には俺には分からないほどの絆があるのだろう。それを敢えて聞こうとは思わない。
「どけどけぇ!」
『我の獲物だぁ!』
先陣を切るアルヴとタロウ。その後をついていく俺とドラゴン。成り行きではあるが、突然結成されたパーティーは、破竹の勢いでダンジョンを降りていく。
「テプトと言ったな」
不意に、ドラゴンが話しかけてくる。
「こんな状況で言うべきことではないが、お前にはお礼を言いたい」
「なんだよ急に」
「私は、アルヴが闘技大会に参加すると言った理由を、本当はわかっていた。だが、分かっていながら知らぬフリをしていた」
「知らないフリ?」
「そうだ。アルヴは……やはり人を捨てきれてはいなかったのだ。だから、人として生きることを渇望していた。だが、アルヴは既に人の領域をとうの昔に凌駕してしまった。そんな彼が今さら人の世界に戻って何になる? いずれはその身も心も人ならざる存在に成り果てる運命。そんな彼が人の世界に戻って幸せになれるのだろうか? ……私はそんなことあり得ないと思っていた」
「そいつの幸せなんて、そいつにしかわからないだろ?」
「そうだ。だからこそ、私はアルヴを止められなかったのだ。だが、頭の中にはアルヴが人から拒絶される未来がありありと見えていた。そして、それに悲しむ姿も。私は不安だったのだ。そして、お前はその不安を取り除いてくれた」
俺は、その言葉にどう返してやればいいのかわからなかった。
ただ、こんな状況で救われた者もいるのだと考えると、とても不思議な気持ちになる。
なぜ、幸せとはこうも違ってしまうのだろうか? 皆同じ世界に生きているはずなのに、どうしてこうも食い違ってしまうのだろうか?
俺が何かを成したいと考えていたように、アルヴもまた何かを成したいと考えたのだろう。
なぜ、それは回り回って敵味方の立場をつくるのだろうか。
本当に不思議だった。
だから。
「まぁ、そのお礼はダンジョンから無事に帰れたときに貰っておくよ」
それら全ての疑問は、先伸ばしにすることにした。
問題を先伸ばしにするのはダメなことだが、これなら別に構わないだろう。なぜなら、焦って答えを求めたところでロクな答えがでないからだ。
俺が時間をかけて様々な事に気づけたように、物には全てタイミングというものがある。だから、今それを求める必要はないのだ。
そう考えると、先伸ばしという表現は少し違うのかもしれない。言うなれば、取っておくという表現が正しいだろう。
取っておくのだ。それが在るべき場所で、在るべきタイミングで、在るべき存在となるまで。
それまで、頭の片隅に転がしておくのが『今』の在るべき存在なのだろう。
俺たちはダンジョンを進む。立ち塞がる魔物など障害にもなり得ない。
それは、俺たちがこれまでに越えてきた障害に比べれば屁でもないからだ。
それはまるで、止まらぬ暴走列車のようだった。ブレーキなど皆無、止める意思さえも皆無。そして、恐怖さえもまた皆無。
今が果たして何階層なのかもわからなくなっていた。だが、目指すべき場所が最下層である以上、数える必要もない。
俺たちはひたすら、落下するようにダンジョンを駆けていく。その先が、更なる地獄でないことを、俺はただ……願うことしかできない。