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ギルドは本日も平和なり  作者: ナヤカ
規格外の最強と最凶 編
196/206

三十話 運命を切り裂いて

「何してんだぁ!」


思わずそう叫んでいた。身体の節々が痛い。それでも、叫ばずにはいられなかった。


「それはこっちの台詞よ!」


そんな精一杯の叫びに、同じくらいの圧で返すソカ。


突然の事に、その場にいた者たちは全員固まっている。そりゃそうだ。この状況において、俺を本気で殴る意味がわからない。


「あなた、また勝手に何かやろうとしているんでしょう?」


ソカは躊躇うこともなく俺に近づき、胸ぐらを掴んできた。間近で見るその表情は魔物の血によって汚れてしまっていたが、それでも奥底に秘めた意志は覆われることなく剥き出しのまま。


「今の地響きは何? この穴は何? こいつらは誰? あなたは何をしようとしているの?」


矢継ぎ早に質問をしてくるソカ。その拳は震え、必死に何かを抑えようとしているのがわかる。


「それでも……あなたは答えてくれないんでしょ? わかってる。わかってるわよ。これまでだってそうだった。あなたにとって大切なのはいつもあなた自身だもの」

「……ソカ」

「何が起こっているのかも分からないまま、あなたはいつも起こったことを勝手に解決してしまうわ。それでも良いと思ってた。それであなたが幸せならって……」


ソカはそこまで言ってため息を吐く。抑えていたものを抑えたまま吐き出すような、そんなため息。


「でも、今回は違うわよね」


それからソカは、腰から剣を抜いた。それは、俺がソカに与えた剣。

名前は確か。


詐偽(エセクト)


ソカがそう呟くと、剣は頼りない姿に変わる。なぜ、そうなるのかは造った俺にも分からない。


「この子が教えてくれたの。あなたが今から何をしようとしているのかを」

「そいつが?」

「えぇ」


マジマジとその剣を見る。エセクトは、俺が作り出した剣だ。その手法はエンバーザを造った時と全く同じ。とすれば、エセクトにも精霊が宿っていてもおかしくはなかった。

そんなこと、造った時には思いもしなかったが。


『それは土の精霊だ。テプト』


不意に、エンバーザが語りかけてきた。


「土の……」

『あぁ。弱さを隠し、自身を分厚い壁で覆う性質を持っている。その行為は嘘。相手を騙す詐欺。しかし、嘘はやがて嘘なりの力を持つようになる。固く守ってきた殻は、本当の防御壁へと姿を変えるのだ。……おそらく、お前がこの世界に生まれ落ち、頼りない自身を必死で隠していた生き方に共感を覚えたのだろう』

「俺の……生き方に」

『そうだ。私がお前の本質を認め契約を欲したように、奴もまた、お前を認め契約を欲したのだ。だから、その剣はお前に作ることができた』


エンバーザはそう説明してくれた。


「昨日の夜、初めてこの子と喋ったの。この子は選ばれなかったって私に教えてくれた」

「選ばれなかった?」

『おそらく、私と契約をした時だろう。精霊は離れていても他者の存在を感じることができる。自身を造った存在ならば尚更だ』


俺はエンバーザと精霊魔法の契約を交わした。だが、それはあの時にエンバーザが近くにいたからだ。別にエセクトを切り捨てたわけじゃない。


「でも、この子は最初からわかってたみたい。あなたに選ばれないこと。だから、私に名前を教えてくれた」

『精霊は、自身の真名(マナ)を簡単に教えたりはしない。たとえそれが、自身を造った存在意義だったとしてもだ。彼女はエセクトに認められる何かを持っていたのだろう』


エセクトに認められる何か。……エンバーザの言うことが本当ならば、ソカもそうだったに違いない。

本当の自分を隠し周りの堀を固めた。嘘で自分を塗り固め、弱さを見せぬよう、それを悟られぬように必死で生きてきた。


何となくだが想像はついた。俺が今まで見てきたソカは傲慢で、強気で、相手を容赦なく騙す。その性格は冒険者として見れば文句ないものだが、人として見ればどこか欠落しているようにも思える。それでも、その生き方が彼女自身を救ってきたものでもあると思える。


そんな彼女の性格は嘘。


「この子がね、私に教えてくれたの。今からあなたが何をしようとしているのかを」

「……知ったのか」

「えぇ、全部ね。だから、それを成してしまったらどうなるのかも教えてくれた。あなた……勝手に居なくなるつもりなのね」


その言葉に、俺は否定を示すことができない。どんなに口で誤魔化しても、いずれは分かってしまう事実。それに、精霊に教えられたとなれば言い訳のしようがなかった。


だから。


「そうだ」


そう言うしかなかった。


「なんでよ……。確かに、あなたの勝手は今まで散々見てきた。その勝手に救われた人たちも少なくない。たぶん、それはあなたが間違ってなかったから。正しいから救われた。でも、何であなたはそれを人に言わないの? 言うべき人はいなかったの? なんで……理解されることから逃げちゃうの?」


ソカは言って歯を食い縛る。そのどうしようもない苦悶の表情が、俺をハッとさせる。


「私は……あなたにとって、そんな存在でしかなかったの?」


食い縛った口から漏れでる言葉。それは、塗り固めた壁の隙間から吹いた本当の彼女なのだろう。


「俺は……」


ポツリと、呟くように言葉を落とす。


「俺は、理解されなくたって良いと思ったんだ。俺が、俺自身が理解していれば良いと思ったんだ。それでも見てくれてる人はいて、ちゃんと認めてくれる人がいたから。それはソカ、お前が教えてくれた。お前は俺のやりたいように生きていいんだと教えてくれた。だから、俺は俺のやりたいようにやることにした」


何かが瓦解していく。その欠片が次次と落ちていく。


「わかってるわよ……そんなこと。でもあんまりじゃない? 何で、あなたのやりたいことはいつも正しくて……それで……そんなにも過酷なの?」


力なく言い放つソカ。


ダンジョンマスターになれば、エルマの言った通り人の世界には二度と戻ることができなくなる。それはつまり永遠の別れ。

俺は悠久にも等しい時の流れを、人として生きることができなくなってしまうのだ。


それは、他人から見れば確かに悲しいことなのかもしれない。だが、俺にとって見ればそうでもない。

俺は何かを成すことを願いこの世界に生まれ落ちた。なら、それはもはや本望と言えるのではないだろうか?


勇者になどなれなかった。冒険者として名を上げることもできなかった。そして、ギルド職員としても……。それでも、今ならたくさんの人々を救うことができる。俺がダンジョンマスターになることで、タウーレンの人々を救うことができるのだ。


「これが最善だ。そして、俺の望んだものでもある」


それが結論。だが。


「ふざけんじゃないわよ。そんなの、私が許さない」


ソカは再び言葉に力を込める。


「あなたには私を救う義務がある。それをするまで、私はあなたを許さない」

「ソカを救う?」

「えぇ、そうよ。私には借金があるの。それも、一人では到底支払えないほどの借金が」

「……借金」

「今まで誰にも言ったことなかった。それは、私の弱味だから」


そう前置きを置いて、ソカは話し出した。


「私は昔、演劇を披露するとある一座にいたの。でも、その一座はある日盗賊に襲われて壊滅してしまった。捕らえられた男は殺され、女は裏の世界で売られた。そこで私はダリアに買われたの。ダリアは、私に自分の経営する低俗な店で働くことを要求したけれど、私には少しの戦闘の才能があったから二十歳になるまでは冒険者として稼ぐことを許されたわ。自由の身になるには、ダリアが私を買ったお金を全て返済すること。でも、冒険者としていくらお金を稼いでも、その金額には到底及ばない。だから、私は地位のある男をたぶらかしてお金を引き出した。たくさんの人たちを利用して自分の為だけに生きてきた」


そこまで聞き、ようやく俺は理解し始めた。ソカが何故『魅惑』のスキルを持っていたのか。何故、決して戦闘向きではないのに冒険者をしているのか。

全ては金のため。そして、自身の自由を取り戻すため。


「このまま二十歳を迎えれば、私はダリアの店で働かなくてはいけなくなる。それは……死ぬかもしれなかった私にとっては良いことなのかもしれない。最近ではそれも一つの生き方なのかもって……思い始めてもいたの。でも――――」


そう言ってソカは俺を見つめる。逃げようのない視線に、俺はただ見つめ返すしかない。


「私はあなたを見つけてしまった。もう、そんなことはないと思っていたのに、どうしようもなく好きな人を見つけてしまった」

「……ソカ」

「私はあなたを許さない。諦めていた未来を想像させるあなたが憎くて仕方ない。何度も、それは夢だと自分に言い聞かせたの。ただの幻想だと自分に何度も、何度も。それなのに……あなたはいつもそれを突き破ってくる。私に、愚かな未来を想像させる」


それは嘆きにも似た叫びだった。ソカの表情は歪み、苦しみの口元を浮かべる。


「これは、あなたが犯した罪なの。だから……それを償ってよ」


横暴でワガママな言い分。その発言に、俺は思考停止した。


「俺は……どうればいい?」


だからそんな幼稚な言葉がでてくる。


「勝手にいなくならないで。戻ってきて、私を自由にして」

「そんなの……滅茶苦茶だ」

「それでも、私は願わずにはいられない。なんで、そんなことを思ってしまうのか自分でもわからない。……ねぇ? これは私のワガママなの? そうなら、今ここでハッキリと言って。そしたら、今は無理でも、きっといつか諦められるから」


その瞬間、ソカが俺に何を言わせようとしているのかがわかった。わかってしまった。


それは、演劇をやった夜にソカが俺に望んだ答え。それを、ここで言えと言っているのだ。



――――好きです。とても。胸が痛いほどに。



その答えを、俺はまだ告げていない。告げなかったのは、その時の俺は彼女に見合う自分ではないと思ったからだ。

彼女は俺のやりたいようにやれと言った。でも、その時の俺はそれが出来ていなかった。


だから、真に俺が自分のやりたいことを出来たとき、告げようと思ったのだ。


そして、それは出来た。俺はアルヴに倒された悔しい自分に気づいて精霊魔法を得た。望むことが理解されなくとも、それを望むことこそが大切なのだと気づいた。


今なら、俺はソカにその答えを告げられる男である気がした。


だが。


きっと、今度は俺の方が苦悶の表情を浮かべているに違いない。


それを告げてしまえば、俺はソカをより一層苦しめることになるから。


言えるわけなかった。



――――俺も、お前が好きだ。などと。



沈黙が場を制圧する。どうしようもない感情だけが、喉元まで混み上がる。それでも、口は動かない。動かせない。



その沈黙を破ったのは、俺でもソカでもなく、その様子を見ていたエルマだった。


「まったく、なんて恥ずかしいやり取りをしてるんだい? 子供の僕には刺激が強すぎるよ」

「エルマ……」

「僕は子供だから何の話をしているのか、全く! これっぽっちも! わからないけどさ、もしもテプトがダンジョンマスターにならずに魔物の出現を抑えたいんだったらさ……あるよ方法が」


その言葉に俺は驚いた。


「本当だったら、その方法が一番良かったんだ。何もダンジョンを残すことなんてなかった。でも、ライマルトがダンジョンは残すって言ったんだ。この国を発展させる為に必要だって」

「何を言っているんだ?」

「言いかい? エノールは、ダンジョンを魔物の出現を抑えるための蓋としたけれど、ライマルトは違った。冒険者ギルドをつくり、魔物を倒したときに得られる魔石を取る場所として利用したんだ。ダンジョンは破壊できないわけじゃない。破壊よりも利用価値があったから、敢えて残したんだよ」


エルマはそう言った。


「僕たちダンジョンマスターは、ライマルトの指示した通りにダンジョンを整理したんだ。浅い階層には弱い魔物を。区切りの良いところで強いボスを。階層が下がるに連れて徐々に魔物を強くして、そこに冒険者が挑むよう夢のような道具を配置した。それはエノールが死んだ後だからわからないだろうけど、冒険者ランクなんてのも全てライマルトが決めたんだ。冒険者ランクはダンジョンの基準で決められたわけじゃない。そもそも、その基準自体をつくったのはライマルトなんだ」

「なん……だと?」


俺は絶句した。だが、頭の片隅でそれを納得してしまう、自分にも気づいていた。


確かに、ずっとおかしいと思っていた。冒険者のランクは、ダンジョンに挑んだ時の生存確率で決められている。だからこそ、ランク試験があって、それに合格できた者だけが次のランクに上がれる。


だが、その基準はあまりにも正確すぎるのだ。


それは、ダンジョンを知り尽くしていなければ作ることなどできない基準だった。


「ダンジョンの破壊は、どうやって?」

「ダンジョンはちょうど百の階層に別れてる。そして、百階層目には、全ての階層を操作できる核がある。それはダンジョンの命でもあって、それを破壊してしまえば、魔物を出現させる機能自体も失ってしまうんだ」

「つまり、それを壊せば?」

「魔物の出現は止まるだろうね?」


エルマはニヤリと笑った。


「でも、それをするのは容易なことじゃない。そもそも、今造ったダンジョンは未だマスターもいない野放しのダンジョンだ。最初の階層から魔物は段違いに強い。それを全て倒して百階層まで降りるなんて、人に出来るとは到底思えない。もしも途中でテプトが死んでしまえば、もうこのダンジョンを支配できる者はいなくなる。つまり、溢れ出た魔物たちは容赦なく人々に襲いかかるだろう」


そして、エルマはわざとらしく聞いてきた。


「それでもやるかい?」


俺はソカを見る。彼女も、突然告げられた話に驚いているようだった。そんなソカに、俺は一つ聞かなければならないことがある。


「ソカ。もしも、俺が戻ってくる可能性があるなら……それがどんなに低い可能性でも信じることができるか?」


言葉の意味を理解できなかったのか、一瞬ソカはキョトンとした。だが、その表情は徐々に笑みへと変わりコクコクと頷く。


「信じるわ。どんなに可能性が低くても、どれだけ時間がかかっても私は信じてる」

「それまで、ソカには辛い思いをさせるかもしれない。もしかしたら、最悪の結果を与えてしまうかもしれない。それでも、夢みたいな希望をお前に与えてしまってもいいか?」

「いい! それでも、私は信じてる」

「そうか……」


なら、出すべき答えは決まっていた。


「ソカ、俺はお前が好きだ。だから、これから先どんな困難が立ち塞がろうと、俺はいつかお前を救いに行く」

「うん! 待ってる。ずっと、待ってる」


それから、俺はソカを抱き締める。それに彼女も応えてくれた。

精一杯の力で。


「痛い痛い!」


俺が与えたオーがのガントレットが、容赦なく体を締め付けた。


「あっ、ごめんなさい」


気づいてソカは離れた。


「ったく……とんでもない力だな。一度掴まれたら一生逃れられなさそうだ」

「逃さないわ。だって、逃したくないもの」


ソカは笑った。それに、俺も思わず笑ってしまう。


絶望的な状況に変わりない。地獄のような状況に変わりない。何もしなければきっと、ここはもっと酷い地獄へと姿を変える。


そんな中でも希望があれば人は笑える。希望さえあれば、人は頑張れる。


頑張るのは何かを成すためだ。それを、実現させるためだ。


「なら、ちょっくらダンジョンを破壊しに行くか」


そうボヤいて立ち上がった。体はボロボロで、精霊魔法ももう殆ど使えない。


なのに、力が沸いてくる。可能性が俺を励ます。


俺はこの世界で初めて、成したいことと成すべきことの一致を感じていた。その事が無限にも似た喜びを俺に与える。


そうだったのか。それこそが俺が生まれた意味だったのだ。


これから、数限りない未来の道の中でも、最も過酷な道を行こうとしている。それが、どれだけ過酷なのか今の俺には想像もできない。

それでも、行くべき価値があると思った。やるべき意義があると思った。


エンバーザを強く握る。エンバーザは、それに呼応して光を強めた。


「行ってくるよ」


そう告げてダンジョンの前に立つ。正真正銘のダンジョン攻略の始まりを、俺はただ感じていた。

ごめん、セリエさん

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