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ギルドは本日も平和なり  作者: ナヤカ
規格外の最強と最凶 編
194/206

二十八話 地獄の中で生きる者たち

「エン……バーザッ!」


炎の波に魔物が飲み込まれる。その炎は魔物の内部をも容易く燃やして彼らは数秒のうちに動かぬ異物と成り果てた。

だが、そんなことを物ともせず、発光を続ける魔法陣からは次々に魔物たちが、飛び出してくる。


「どうなってる……?」


アルヴが呟いた。


「わからない……ただ――――」


この魔物たちの出現の仕方には見覚えがある。それは、俺の記憶ではなくエンバーザの……エノールの記憶だ。


「とりあえず上に上がろう」


そう言って、アルヴと共に天井の光へと跳んだ。高さはあったが、俺とアルヴが越えられない高さではない。


そして、闘技場の会場は予想通りとんでもない事態になっていた。


泣き叫ぶ声、逃げ回る人々、そして既に肉塊と成り果てた者。観客席にはここからでも視認できる程の紅い惨劇が飛び散り、闘技大会を地獄へと塗り替えてしまっていた。


魔物の数はざっと二十を越える。しかも、その数は今も尚増え続けていた。


「これは酷いな」


アルヴが他人事のような感想を洩らした。驚いてはいるが、動揺はしていない。冷徹というよりは、冷静であると言った方が正しいようにも思える。


「アルヴ、ここから出てくる魔物を倒してくれ」

「俺が?」

「お前がだ」


尚も他人事のアルヴに、強く言い聞かせる。


「なんで俺が誰かの為に戦わなくちゃならない?」

「頼める奴がお前しかいないからだ。……魔物を見る限り、出てくるのは雑魚じゃない。ここから出てくる魔物を倒すには、冒険者でも最低四人は必要だ。だが、お前なら一人でここを守れる。だから頼んでるんだ」


この地獄のような光景を見ても動揺しなかった瞳が、僅かに揺れた。

慣れていないのだとすぐにわかった。魔物たちが人々に襲いかかる光景よりも、こうして誰かに何かを頼まれることの方が彼にとっては不慣れなことなのだろう。


「……わかったよ」


それでも、アルヴは渋々といった感じで受けてくれた。


「助かる」


そう言い残し、俺は客席を暴れまわる魔物の討伐に向かう。

客席では、既に会場にいた冒険者たちが応戦していた。その中に、見知った顔を見つける。

彼らが戦っていた魔物をエンバーザで斬り伏せると、彼らは俺に気づいて近づいてきた。


「テプト!」

「カウル、大丈夫か?」


見たところ、カウルは無傷だった。何人かの冒険者たちを引き連れて戦っていたようだが、その大半は大丈夫とはとてもいえない状況だった。そして、その後ろには町の人々が固まって身を寄せあっていた。皆、口々に祈りを言葉にしている。


「俺は大丈夫だが、突然現れた魔物の方が強くて冒険者たちでも太刀打ちできていない。兵士や騎士たちは既に殆ど殺られてしまった」


そう言ってカウルは、領主と王様がいた場所を指差す。そこは、多くの兵士や騎士たちの死体に魔物が群がっている光景があった。

思わず目を背けたくなってしまう。


「……これは一体何なんだ?」


カウルの問いかけに、俺は「わからない」と答えた。察しはついていたが、とてもカウルに説明できることじゃないからだ。


「とにかく、カウルはこのまま他の冒険者とこの人たちを守ってくれ」

「……わかった」


カウルはすぐに頷いてみせた。そんな彼に、俺は思わず感嘆してしまった。


さすがはソフィアを連れてダンジョンに挑んでいただけはある。カウルもまた、こういった状況には慣れてしまっているのだろう。その堂々たる姿が、彼が経験してきた壮絶な思い出を、想像せずとも彷彿させた。


「おい! テプトさん、いっちまうのかい?」

「ここで一緒に戦ってくれよ!」


数人の冒険者たちが、怯えたように近づいてきた。


「大丈夫だ。後はカウルに従ってくれ」


そんな冒険者たちの肩を叩いて励ます。彼らは半信半疑という感じだったが、虚ろにも頷く。

『仲間殺しのカウル』。カウルにはそんな呼び名がついていたが、皮肉にもこの状況下でその印象は払拭されそうだった。


「テプト……闘技場の外に数体の魔物が飛び去っていったのを見た。そいつらをどうにかしないと――――」

「大丈夫だ」


厳しい表情で語るカウルの言葉を遮る。彼は不思議そうな表情をしたが、恐らくそれはすぐに解消されるだろう。

なぜなら、この闘技場に猛スピードで迫りくる。強大な存在を先程から感じていたからだ。


おっと……噂をすれば。


『テプト! これは何事だ!』


闘技場の空に現れた一体の巨大な影。それはエンバーザと同じく炎の残留を飛ばしながら闘技場の地面へと一気に降りてきた。

その毛並みは黒いが、毛先の赤により禍々しくは見えない。普通の魔物よりも大きな巨体をしなやかに地面へと下ろしたのはタロウだった。


「タロウ! 魔物は?」

『取り敢えず、その辺を飛んでいた奴等は仕留めた』


タロウが牙を剥き出しにして返す。その爪と口元は、魔物の血によって汚れている。


『なぜ、ここに魔物たちがいる?』

「話は後だ。タロウも手伝ってくれ」


見れば、空にはまだ数体の魔物たちが闘技場の外へ飛び出そうとしていた。


『数が多いな……』


そう文句を垂れるタロウ。だが、優雅に闘技場の壁を駆け上がり、次の瞬間には空を舞う魔物を一撃で仕留めてしまった。

それに気づいた他の魔物たちは、タロウでも届かない天空へと逃げ延びようとする。


が、その空に現れたもう一体の魔物により、呆気なく翼ごとへし折られてしまった。


『アルヴ!』


現れたのは巨大なドラゴン。アルヴが連れていたドラゴンだった。どうやら。異変に気づいて駆けつけてくれたらしい。


「なん……だと? ドラゴン?」


さすがのカウルも、ドラゴンには驚いたようだった。


「大丈夫、たぶん今は味方だ」

「何故……ドラゴンが」

「取り敢えず話は後だ」


呆然とするカウルの肩を叩くと、彼はハッとしたように我に返る。

それを見届けてから、俺は闘技場の本部へと向かった。その間、客席には多くの死体と赤い液体を目にする。どれだけの被害が出ているのかは分からなかったが、最悪の状況下であることは理解できた。


本部の周りは厚い氷で覆われ要塞化されていた。一目で、レイカの魔法であることがわかる。

その姿を探すと、彼女はソカと共に共闘していた。

魔物をレイカが氷づけにし、それをソカがオーガのガントレットで破壊していた。


「二人とも無事か!」

「テプト!」


ソカが真っ先に駆け寄ってくる。その表徐は強ばってはいたが、見たところ傷はないようだった。


「他の皆は?」

「……中にいる。一応無事」


レイカが氷づけにした本部を指差した。


「テプト、何が起こっているの?」


ソカが早口で聞いてくる。だが、それにも「わからない」と答えるしかなかった。取り敢えず、今はローブ野郎に会わなくては。


「中に入れてくれるか?」


いろんなことを後回しにしてレイカに尋ねる。レイカもソカも、説明が欲しいようだったが、それをしている場合ではないと悟ったのだろう。


「……入り口はない。あなたなら自分で入れる」


レイカはそう言って俺から視線を外した。


「わかった」


俺はそう返して氷に向かう。その分厚い氷にエンバーザを近づけると、氷はみるみるうちに溶けていった。


「ねぇ、テプト」


そんな俺にソカが話しかけてくる。


「……なんだ?」

「私、とても嫌な予感がするの」

「大丈夫だ。魔物は残らず倒す」

「そうじゃなくて!」


急に強まったソカの声に驚く。彼女は、不安とも深刻とも取れる影を、その表情に忍ばせていた。


「すごく……もどかしいんだけど、急に居なくなったりしないわよね?」


その表情をマジマジと見てしまう。急にいなくなる? それは、俺が死ぬとでも言うのだろうか?


「大丈夫だ。こんな状況を放って居なくなったりしない」

「本当に?」

「あぁ」


ソカはしばらく俺を見ていたが、氷に穴が空いたタイミングで戦闘へと戻った。


「ゴメン……変な事を言ったわ。そうよね……あなたが何も言わず居なくなるわけないわよね」

「当たり前だろ」

「うん……うん、わかった」


ソカは自分を納得させるように頷いた後、戦闘に戻った。


……ここも大丈夫そうだな。ソカは決して強い冒険者ではないが、レイカと連携して効率良く魔物を倒している。少し前は、冒険者同士の抗争で敵同士だった二人。そんな彼女たちが共闘しているのは何だか妙な光景だった。


氷の中にはいると、温度は一気に下がったが、分厚く張られた氷が外の地獄とを切り離しており、安心感を覚える。

本部の扉を開くと、そこには冒険者ギルドのメンバー含め、診療所の人たちがいた。彼らは急に開いた扉に一瞬甲高い声を上げたが、俺だと気づいて安堵の息を吐いた。


見れば、バリザスが先頭に立ち、構えた剣を下ろすところだった。まだ、魔物が溢れてそんなに時間も経っていない。それなのに、この短時間でここまでの守りをやり遂げた所は、さすが元冒険者といった所だろうか。


「なんじゃ……驚かせおって」

「ギルドマスター……」

「……お前がここにきた理由はわかっておる。ワシも含め、一部のギルド職員たちはすぐに察したじゃろう」


そう言って、奥の扉を指差した。


「そこにおる」

「すいません」


そう言ったバリザスの横を通りすぎて扉へと向かった。


「テプトさん!」

「テプトくん!」


そんな俺に近寄ってきた二人の人物。セリエさんとユナだった。

二人は微かに震えている。それは、外で覆われた氷のせいではないだろう。瞳の奥底には怯え、恐怖といった感情が渦巻いている。


無理もない。誰が、こんな町の中心で魔物に襲われることを想像しただろうか?


この部屋にいる大半の者たちは、そんな表情を浮かべていた。バリザスが多くを語らなかったのも、皆をこれ以上不安にさせないためだろう。


「その……私……本当は、皆を助けなきゃいかないのに……その……」


ユナが、しどろもどろにそんな言葉を紡ぐ。俺はそんなユナに視線を落として、できるだけ優しく言ってやる。


「今はここにいて良いんだ。ユナが居れば、この先たくさんの人を救うことができるから」


そう言って、か細い腕をそっと握る。痛々しいほどに伝わってくる震え。ユナは少し大人びてはいるが、それでもまだ幼い。不安と恐怖と、自分が回復魔法を使える重圧に押し潰されそうになっているのが如実にわかった。

本当は泣きたいはずだ。事実、部屋の隅では泣き叫んでいる声もある。絶望に打ちのめされ、それでもこうして気丈に振る舞っている。


灯せ、希望を(アン・レイク)


精霊の言葉を口にする。すると、俺を中心に穏やかな波動が部屋に充満した。


「温かい……」


ユナは呟く。それは、言ってしまえば気休めの魔法。それでも、この状況では効果があると思う。


「今は生きることを最優先してくれ」


それだけをユナに言ってやる。ユナは、咳を切ったように涙を流し、そして激しく泣き出した。そんな彼女をそっと抱き締める。


「テプトさん……ありがとうございます」


そこに現れたのは診療所の所長だった。俺は彼にユナを返すと、立ち上がってセリエさんと交互に顔を見る。


「希望はあります」


そんな言葉に、二人は何か言いたげな表情をするも、それ以上は何も言ってこなかった。ただ、セリエさんが一言。


「無茶はしないでね」


その言葉に、それ以上の感情がこもっているのを感じる。


「はい」


俺も出来る限りの意図を忍ばせてそう返した。


――――さぁ。


俺は奥の部屋へと進む。その扉を開けると、予想通りミーネさんと、頭を抱えてうずくまるローブ野郎がいた。


「……テプトくん」


ミーネさんが俺に気づいた。普段は不安など微塵も出さないその顔に、大きく陰りが生じていた。


「原因は?」

「それが……たぶん、あなたとアルヴとの戦いで、魔法陣を形成していた部分が壊れたらしいの」

「やっぱりですか……戻すには?」


ミーネさんは言いにくそうにしていたが、やがてその言葉を吐き出す。


「……彼にもわからないって」

「そうですか」


想像はしていた。ローブ野郎が地下に造った魔物を召喚するための部屋。そこに設置されていた魔法陣は、この闘技場が造られた当初からあったものに、彼が手を加えただけだ。

何が原因で魔物が召喚され続けているのかは不明だが、恐らく魔法陣は魔物が多くいる場所と繋がってしまったのだろう。


――――いや、もともとこの地はそういう所だったのだ。繋がってもおかしくはないか。


「私のせいで……私のせいで……」


ローブ野郎は頭を抱え、今にも発狂しそうな勢いだった。


「彼にも、戻しかたがわからないって……」

「わかりました」


それだけいって俺は頷く。


「じゃあ、別の方法で魔法陣を止めます」


そう答えると、ミーネさんは目を細め、ローブ野郎はゆっくりと頭を上げた。


「……できるの?」

「まぁ、方法はあります」

「ほっ、本当ですか!」

「シッ、声が大きい」

「すすすすいません。その……どんな方法で?」


ローブ野郎は焦ったように裏返った声を出す。


俺は浅く息を吐いてから、その方法を口にした。それは、何百年も昔にエノールがこの地に施したこと。


ここが、まだドラゴンの棲みか(・・・・・・・・)で人が住めるような場所ではなかった頃の方法。


「今から、この闘技場をダンジョン化します」


数秒遅れて、二人はすっときょんな声を出す。


それから、俺はポケットを探ってとある物を取り出した。


それは銀色の指輪。以前、タウーレンのダンジョンに潜った時、そのダンジョンマスターである少年から受け取った物だった。



――――もしも僕の力を借りたいときに魔力を籠めなよ。どんな所でも駆けつけてあげるから。使えるのは一回きり。使うところはよく選んでね?


そうか、これはその為のものだったのか。俺は今更ながらに思った。


――――これは予言なんだけどね。君は、取り返しのつかない選択をしたらしい。そしてこの先、その選択をした代償が降りかかる。


彼が言っていた代償とは、このことなのだろうか? 召喚部屋を破壊ではなく、封印という形で収めた俺の選択による……。


信じたくはないが、状況はあり得ないほどに揃っていた。

ダンジョンをつくることは、そう簡単なことではない。だが、今の俺はそれができる条件を殆ど満たしてしまっていた。


あまりの事に、俺は笑いだしたくなった。


……そういうことか。なら、善は急げだな。


「もしも、ダンジョンが出現したらできるだけ町の人たちを避難させてください。たぶん、そう簡単に魔物が外に出ることはないと思いますけど」

「何を言っているのテプトくん? ダンジョン? ここは町の中よ?」

「大丈夫ですよ。たぶん、被害は多くでましたが、きっと皆さんなら立て直す事ができます」


二人は依然としてワケがわからないという顔をしている。


わからなくていい。わかったなら……たぶん。


「それじゃ」


そう言うと、俺は部屋を出ようとする。


「ちょっと! テプトくん!?」


最後にかけられた声。それに、俺は振り返ってミーネさんとローブ野郎に精一杯の笑顔でそう返した。




「また、どこかで」


その言葉が理解できないであろう内に、俺は部屋を出る。そのまめ真っ直ぐに突っ切って外へと向かった。


皆、俺を注視している。その視線を感じながら、できるだけ穏やかに歩く。


「魔物たちを止めてきます」


そう、バリザスに言ってから俺は再び外の地獄へと飛び出した。




指輪


それに魔力を込めれば、タウーレンのダンジョンにいるダンジョンマスターを、一度だけ呼び出す事ができる。


カウルのとソフィア救出の際に、テプトがダンジョンマスターから受け取った物。



第一章 五十五話 「予言」参照。



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