二十五話 引き換えに得たもの
「何を言っている?」
そう答えたカウルに、俺はもう一度言ってやった。
「だからさ、棄権して欲しいんだ」
「違う。お前の言っている意味が分からないと言っている」
「うーん、やっぱダメか。カウルは昨日の戦いを見たか?」
「昨日? ……あぁ、アルヴとかいう男が一人勝ちしたことか」
「あいつとは戦っちゃダメだ。下手に戦えば死ぬぞ」
「闘技場とは本来、死と隣り合わせの場所だろ? 今さら何を言っている?」
「まぁ、カウルはそれを許容できるよな……お前はずっとそうやって戦ってたんだから。だが、たぶん皆は違うと思う」
そこまで説明した時だった。
「……理不尽」
言いながら前にでてきたのはレイカだった。
「あなたは、私たちを参加させる為にわざわざ賞金を用意した。それで釣った私たちに今度は棄権しろと言う」
「悪いとは思ってる。俺も甘く考えているところがあった。だから、後悔をしてしまう前にそれを食い止めにきたんだ」
チラリと観客席に視線を移すと、特別席の付近にアルヴはいた。昨日の姿とは違い、初めて会ったときの人間の姿をしていた。
本当なら、揃った選手での勝ち抜き戦は明日からになるのだが、もしも戦いが早くに終わった場合、日程は詰められる事になっていた。というのも、今回観にきている国王様が大変忙しい身であるため、できるなら早めて欲しいと通達がきていたからである。だから、アルヴも今日呼ばれてるのである。
チラリとアルヴを見た時に視線が合う。彼は凶悪な笑みを浮かべて俺を見ていた。
「とても勝手。やはりギルド職員は卑劣」
「状況は常に動いてる。そうしなければならなくなっただけだ」
「でも、一度戦うと決めた以上、私は引くつもりはない」
「……カウルもか?」
カウルは少し困った表情をしたが、ゆっくりと頷いた。
「おそらくだが……俺はお前に勝てない。それでも、俺にだって今までやってきた冒険者としてのプライドがある。だからここで引くつもりはない。それに……俺はこのイベントを楽しみにしていた。ギルド職員だと言い張るお前と本気で戦えるのは、こういった時しかないからな」
「カウル……お前変わったな」
「フッ、変えたのはお前だ」
その言葉の後に、周囲の冒険者や兵士たちから野次が飛ぶ。
「ビックリしたじゃねーか!」
「何かと思ったらあんたかよ!! 居なかったから優勝できると思ってたのによぉ!」
「ずいぶんと派手な登場じゃねーか!」
「テプトさん、マジ半端ないっす!」
さすがはタウーレン内からの出場メンバー。俺が見知った顔ばかりのように、向こうも俺をよく知っているようだった。そして、それは客席も同じだったようで、同じような声援が聞こえた。
(なんだよ……)
気がつけば、タウーレンの町の人たちが俺に声を上げていた。それらは、この町にきたばかりの疑心に満ちたものではなく、温かいものばかりだ。
(俺は……とっくの昔に)
タロウと共に闘技場に乗り込むというのは、俺にとっても抵抗はあったのだ。だが、試合開始時刻が迫っている以上仕方ないと思っていた。どんな辛辣な言葉をかけられるかわからない。どんな拒絶の反応を見せられるかわからない。それでも、そうしなければならないと覚悟を決めていたのだ。
なのに。
蓋を開けてみればこの有り様。拍子抜けにも程がある。
「待てぇ!! 貴様は何者だぁ!!」
だが、そういった反応は全てではない。声の方を見れば、国王様のいる付近、王都からきた騎士の一団が腰の剣を抜いて叫んでいた。そして、観客席にはタウーレン外からきた人たちもいて、彼らも一様に不安そうな表情をこちらに向けている。
(この反応が普通なんだけどな)
国王様は数人の騎士たちによって囲まれ、声を上げた男は剣を構えたまま俺に敵意を向けていた。
ふと、国王様の近くで、タウーレン領主ヘルスタインの姿が目に入る。彼は、何かを必死で国王様に話している様子だった。そして、そこにはウィル王子の姿もあり、隣にはヒルの姿も見える。
(なんとかなりそうだな。……あとは騎士様だが)
運営席のある方に顔を向けると、ここからでもわかる程に殺気を出したミーネさんがいて、そこから数人のギルド職員が騎士の一団に向かって走っていた。
(こちらもなんとかなりそうだな。……あとは)
俺は害がないことを証明するため、国王様のいる方に跪づいて頭を下げた。
「タロウ、お前もだ」
『なに? 人間に頭を下げろというのか!?』
「いいから下げろ」
『むっ……むぅ』
タロウは、その巨体をちょこんと沈め俺と同じように頭を下げた。
「貴様は何者かと聞いている!」
騎士の問いには答えない。それは他の人たちがやってくれるからだ。俺は、こうしているだけで良い。
だが。
「そうやっておとなしくしていれば済むと思っているのか!」
怒鳴り声を上げながら、その騎士はなんと客席から飛び降りてきた。
(あちゃー)
彼は、飛び降りた衝撃を物ともせず、剣先を向けながらこちらへと向かってくる。
『殺していいか?』
「だめだ」
タロウを素早く叱りつける。するとカウルが俺の前に立ち、騎士の前に立ち塞がった。
「貴様、何のつもりだ?」
それに激昂する騎士。もはや、興奮して我を見失っていた。
(力づくで抑えるしかないか?)
そう思っていた矢先だった。
観客席から一人の冒険者が華麗に飛び降り、素早く騎士とカウルとの間に割って入る。
「騎士様、待ってください!」
「なっ、なんだお前は」
「彼はこの町の冒険者ギルド職員です。何も恐れる存在ではありません」
「何を言って……」
その冒険者と顔を見合わせた騎士の動きが止まる。
おそらく、スキル『魅惑』をかけられたのだろう。
「それに、彼もこの闘技大会に参加する選手の一人です。ただ、少しおっきな犬に乗って、時間ギリギリに現れただけです」
『犬……だと』
隣で愕然とするタロウ。その呟きに、思わず吹き出しそうになった。
「しかし、あれはどう見ても魔物だ。危険過ぎる」
「彼は召喚魔法を使えますから、魔物を従える事ができます。ほら、今はあんなにも愛くるしくおとなしいじゃないですか」
「ぐっ……しかし」
「それとも、私の方が愛くるしくて、そうは見えませんか?」
「なっ、何をバカな事を!」
(……よくやるよ)
俺は、その冒険者に対し呆れを通り越して尊敬の念さえ抱いてしまう。
そこで、ようやく下に降りてきたギルド職員たちが、騎士のもとへと到着する。なんとか、穏便に事が済みそうだった。
ギルド職員が騎士に俺の事を説明している間、彼を止めてくれた冒険者は俺に駆け寄ってきた。
「……はぁ、なんであなたは毎回揉め事を起こすのよ? わざとなの?」
それに、膝まづいたまま答える。
「悪い、助かった」
「で? やることは終わったの?」
「まだ継続中だ」
顔を上げてソカを見る。彼女は、ニヤリと悪い笑みを浮かべて俺を見下ろしていたが、咄嗟にその笑みが途絶えた。
「……なんか、変わった?」
「……何がだ?」
「なんていうか、スッキリした」
「すっきり?」
「うん。上手くは言えないけど」
捉えようのない会話をしていると、説明が終わったのか先程とは違い冷静さを取り戻した騎士が近づいてきた。
「お前はギルド職員だそうだな?」
「はい」
「この……魔物は本当に危害を加えないのか?」
「俺がいる限りは」
「そうか。……だが、戦いにこの魔物を参加させることは認められん」
「では、町の外で待機させます」
「それなら……よかろう」
どこにそんな権限があるのか、騎士の男はそれだけ決めるとフンと鼻息を洩らした。それからキョロキョロと辺りを見回す。
「どうしました?」
「いや……何でもない」
慌てたように騎士は踵を返して客席へと戻っていく。ソカを捜していたのは明白だ。カウルの影に隠れていたソカは、俺に軽くウィンクをし、こっそりと客席へと戻っていった。
その仕草にドキリとした。
(そうか……俺にはもう、あいつの『魅惑』を防ぐスキルがないんだった)
精霊魔法の契約を交わす際に、エンバーザは俺が持つスキル『全能』を奪い去った。そのスキルは、俺自身でも気づかなかったスキル。きっと、神が俺に与えたのはこのスキルだったのだ。だから、俺は何でもできた。何だって会得することができた。だが、奪いさられた瞬間、その『全能』によって得たものも全て使えなくなってしまった。
(もったいない……こともないな)
騎士が立ち去るのを見届けてから、俺は立ち上がる。
見回せば、暖かな表情で迎え入れてくれる冒険者や兵士たち。それだけじゃない。今やタウーレンの人たち全員が俺にそんな視線を向けてくれている。
それは、簡単には手にすることのできないものばかりだ。
無くすには惜しいスキルだったかもしれないが、得たものはそれ以上に大きい。
だからこそ。
そんな大切な物を守りたいから、俺は決意する。
(やっぱ棄権してくれないかな)
だが、反して皆はやる気だ。
「タロウ、すまないが町の外で待っていてくれるか?」
『……わかった』
「もうタロウと呼んでも怒らないんだな?」
『フッ、我をよく見ろ。もうその名で呼ばれようと、我の権威が堕ちることはない』
そういうことか。
「じゃあ、また」
『必要なら、あの火の玉に伝えろ。すぐに飛んでくる』
「頼むよ」
タロウは、ぐるると唸ってから跳躍する。ひとっ跳びで闘技場を越えていくタロウの姿に、歓声があがった。
(さて、ここからだな)
『テプト。もう良いか?』
「……エンバーザ、もう少しだけ力を抑えてもらってて良いか? コントロールがまだできないんだ」
『……わかった。今のお前は器用ではないからな』
「頼む」
素早くエンバーザとの会話を終わらせる。新たに得た精霊魔法を俺はまだ使いなれてない。もう、何でもできてしまっていた俺ではないのだ。
(とりあえず、早く終わらせるか)
そう決めて、俺は戦い臨む。
――――。
「やはり、一筋縄ではいかない人ですねぇ」
そんな言葉を嬉しそうに語るヒルの姿を、ウイル王子は横目に見ていた。彼と、タウーレンの領主ヘルスタインの説明により、国王様も納得した様子である。
(……危ういな)
ウイル王子は目を細めて、劇的な登場をしたテプトを見やる。その表情は冷たく、悪意に満ちたものではあったものの、誰もがテプトに注目していたために、一番近くにいたヒルでさえその事に気づくことはなかった。