二十二話 エンバーザの正体
『では、この精霊を喚びだします』
「はい」
そう答えた時だった。突然目の前の業火が輝きだし、見ていられなくなるほどの光を放つ。地面から炎の渦が現れて、蛇のように俺とエンバーザだけを包み込んだ。
沸き上がる熱気と共に、意思のある何かが目の前に現れたのを感じた。
『ようやくか……テプト』
閉じた瞼を薄く開くと、そこには、ドロドロと今にも溶け出しそうなマグマの塊がある。
声は、その玉から聞こえた。
「お前なのか? ……エンバーザ?」
『そうだ。私は火を司る者、そして、灼熱に焦がされる運命に逆らう者。名をエンバーザという』
ヒリヒリと顔が焼かれるような気がする。はっきりと目を開けると、今度は目玉が焼かれるかと思った。
「お前は……いつから?」
『いつから? それはお前がよく知っているだろう。この大剣を造り上げた時からだ』
「あの時からか」
確かに、エンバーザを完成させた時は他の剣とは違い、属性が付与された。名前も自分がつけたわけではなく、頭の中に浮かんだ言葉をそのままつけただけだ。
それを、人は真名と呼ぶ。だが、それが精霊との契約だとは誰が知っていただろうか?
『私は、この世界で私と契約を結ぶことのできる者をずっと待っていた。運命に抗い、その身を焦がすような人生に耐え抜く者をずっと捜していた。そうして、ようやくその願いが叶ったのだ』
「それが、俺だと?」
『そうだ。お前は知らぬだろうが、その運命は黒く塗られている。光もなく、あまつさえ希望もない真っ暗な闇。……そう、私の生前のように』
「生前? お前は、元は人間だったのか?」
『そう。そして、全ての精霊は、元は人間なのだ。しかし、多くの者たちがそれを忘れてしまっている』
『エンバーザ、それ以上は口にしてはなりません』
突如、威圧的な声が降ってきた。
『ふん、精霊の盟約など知ったことではない。そもそも、この地をお前に与えたのはこの私なのだから』
『……まさか、お前は』
『ようやく気づいたのか。大精霊ともあろう者が、落ちぶれたものだ』
『では、この者が……』
『そうだ。変革をもたらす者だ』
「待て待て待て待て! お前らだけで話を進めるな!」
思わず全力で突っ込んでしまった。ふん、俺ともあろう者が、落ちぶれたものだ。
『テプト、私は他の精霊とは違い生前の記憶を有している。もし、契約を交わせばその記憶と知識はお前と同化するだろう』
「あー、どういうこと?」
『故に、今説明する必要はないということだ』
「あー……どういうこと?」
全く意味がわからん。だが、確認しておかなければならないことが幾つかある。
「えっと……お前と契約を交わせば、俺は『精霊魔法』が使えるんだよな?」
『そうだ』
「属性は火でいいのか?」
『正確には炎だ』
「それは、アルヴにも勝てるものなのか?」
『お前が敗北を喫した者か。……司る属性は違うが、互角には持ち込めるだろう』
「そっか……なら、エンバーザ、お前と契約を交わそう」
俺がそう言ってから、一瞬の間があった。
『案外簡単に物事を決めるのだな? お前はもう少し慎重な男だと思っていた』
「これは俺の望んだことだからな。別にそれができれば何だっていいんだ」
『……』
「どうした? 早く契約してくれよ」
『なるほど、私が何か言うまでもなかったということか。時は、既に満ちていたのだな』
「お前の言ってることはわからんが、わかるようになるんだろ?」
『無論だ』
「じゃあ、契約を頼む」
『わかった。では―――』
その時、不意に思ったことがあった。
「あ、ちょっと待ってくれ!」
『……どうした? 怖じ気づいたか?』
「いや、そうじゃないんだ。もしも契約を交わしたら、他の属性は使えなくなるんだよな?」
『そうだ』
「基本属性魔法は良いとして……特殊魔法はどうなる?」
『特殊魔法か。……私と契約を交わしたら、お前は魔力の一切を使えなくなる。故に、契約を交わした後で使う魔法は、魔力によるものではない』
「魔力によるものじゃない?」
『そうだ。魔力ではなく、霊力を媒体として魔法を使うのだ。特殊魔法も魔力を媒体として発動している。だから答えは使えなくなるが正解だろう』
「そっか……そういうことか。じゃあ、空間魔法や回復魔法、召喚魔法は使えなくなるわけか」
『そうだな』
「なるほど。空間魔法でしまっていた物はどうなるんだ?」
『消滅する』
(マジかよ)
「ちょっと待ってくれ。中には大切な物もあるんだ」
『少しなら私が所持できるが』
「今出す!」
俺は、空間魔法を使用して大切な物を取り出していく。冒険者時代に集めたアイテムなどは、あまりにも数が膨大なため無理だろう。そう考えて、取っておくべき物を慎重に選んだ。
結局、役に立つアイテムはほとんどなく、思い入れの深い品だけが残ってしまった。それでも、エンバーザが言うにはギリギリの数らしい。
「燃やしたりするなよ?」
『私の纏う炎は顕現した時にしか効果を果たさぬ。お前に取り憑く僅かなスペースに置いておくのだ。文句は私が言いたいくらいだ』
「そうかよ。それと、もう一つだけ良いか?」
『なんだ?』
「我が喚び声に応えろ『ヘルハウンド』!」
そうして、俺はタロウを喚びだした。
『何か用か? ……ん? ここはなんだ!』
タロウは今まで召喚魔法で喚びだしていた。だから、タロウともお別れをしなきゃならない。
「タロウ、すまん。お前とはお別れだ」
『だからその名前で呼ぶなと……ん? どういうことだ?』
「今から、俺は召喚魔法を使えなくなる。だから、お前との契約もここまでだ」
『突然何を言っている? 気でも触れたか?』
「まぁ、あまり話してる時間もないんだ。また、どこかで会えたらよろしくな」
そう言って、タロウを戻そうとした時だった。
『確かに、召喚魔法は使えなくなるが、その魔物と交わした契約は消えないぞ』
エンバーザが言った言葉に、発動を取り止めた。
『お前は何者だ?』
エンバーザに気づいたタロウが、ぐるると威嚇した。
「エンバーザ、どういうことだ?」
『召喚魔法とは、あくまでも魔物を召喚するための魔法だ。お前とその魔物との間で交わした契約は血によるもの。まったくの別だ』
「そう……なのか?」
俺は召喚魔法と契約はセットだとずっと思っていた。
(あぁ……それでローブ野郎は、契約を交わしてない魔物を召喚できたのか)
謎、解明! じゃなくて。
「じゃあ、別れる必要はないのか」
『そうだな。その契約は、私が今からお前と交わすものに近い。魔法ではないのだ』
「なんだ……じゃあタロウ、そこら辺で待っててくれ」
『主よ! 説明を! 説明が足りないぞ!』
『あぁ、神聖な場所が魔物に……』
上から嘆きの声が聞こえた気がしたが、それは無視した。
「じゃあ改めて頼む」
『わかった』
すると、エンバーザの炎が更に勢いを増した。
『我、エンバーザはテプト・セッテンと精霊魔法の盟約を交わす。彼の者には精霊の証を、我には依り代を。引き換えとしてスキル『全能』を捧ぐ』
その瞬間、エンバーザが勢いよく俺の胸に突っ込んできた。胸に穴があくかと思ったが、そうはならず、ゆっくりと溶け込んでいく。炎は熱くはなく、むしろ温かい。そして、俺の中から、口では例えようもない様々な物がむしりとられていくのを感じた。きっとそれは魔力であり、スキルなのだろう。
そして、エンバーザの炎が身体中を回り脳天に達したとき、エンバーザの膨大な記憶と知識が俺の脳裏に流れ込んできた。
それはあまりにも過酷で、悲しい物ばかり。そして、アスカレア王国に纏わる重大な事実さえも、その中には含まれていた。
(そうか……そういうことだったのか)
全てを理解した。何気なくあった疑問、疑問にさえ思わなかった事柄、その全てがそれにより解消されていく。
そして、それらの点が一つの線となり一つの答えとしてカタカタと音をたてて形作っていく。
なぜ、俺が転生されたのかを。
あまりにも膨大な容量は、脳内の処理速度を呆気なく上回り、意識さえもがショートした。
薄れ行く意識の中で、エンバーザの声が聴こえた。
『これからよろしく頼むぞ。私の名はエンバーザ。そして、生前の名をエノールという』
エノール→エタノール→アルコール→火→エンバーザ
安直な連想ゲームでした。チャンチャン。
連続で更新しているのは、演劇に詰まったらこちらをちょくちょく執筆してたからです。
申し訳ありません。