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ギルドは本日も平和なり  作者: ナヤカ
規格外の最強と最凶 編
186/206

二十話 アルヴの過去

タウーレンの町の外。その場所には、走っているとすぐに着くことができた。


『何用だ? 人の子』


低く唸るような声、その声には殺気が帯びられており、まだ距離があるというのに足が止まってしまう。

そこには、巨大なドラゴンがいた。

視認しづらい暗闇の中でもそのシルエットははっきりわかった。ゆったりともたげた動きには相当なエネルギーが掛かっているのを感じる。


「……話せたんだな? 前に会ったときは喋らなかったじゃないか」

『その必要がなかっただけだ』


先刻、町の広場でアルヴを連れ去ったドラゴンは、そう言って爛々と光る目玉で俺を睨んだ。


「アルヴはいるか?」


その途端、滲んでいた殺気が一気に噴き出した。


『好機と見て殺しにきたか?』


よく見れば、ドラゴンは不自然に翼を地面に伏せていた。何故だか、そこにアルヴがいるのだとすぐにわかった。


「そこにいるのか?」


再び殺気が増すのを感じた。まるで、子供を守る親のようだった。それをそのまま口にしてみる。


「まさか、お前の子供か?」

『私の子ではない。だが、そうなる日も遠くないだろう』

「そいつは、人間なのか?」


広場で魔力暴走を起こしたアルヴは、人間とは言いがたい姿をしていた。


『まだ人の範疇ではある』


ドラゴンの言っている意味が、少しばかりわからない。


「今は人間だが、そう遠くない未来にドラゴンになるというのか?」

『……その表現は正しくはないが、わかりやすく言うならばそうなのだろう』


ドラゴンになる……そんな人間が本当にいるのだろうか?


「アルヴは、一体何者なんだ?」


純粋な疑問をぶつける。それにドラゴンは、嘲りにも似た鼻息を洩らした。


『それを口にするか……人の子よ。やはり、お前たち人間とは愚かな種族よ』

「どういう意味だ?」

『お前たち人間は記憶の疎通をしない。その術がないからやもしれぬが、それを良いことに悪しき事は全て隠す。故に、知らねばならぬ事実さえもわからないで生きているのだろう』

「アルヴが何者か、俺は知ってなければならないというのか?」

『それだけではない。この地にまつわる全てをお前たちは知らぬ。お前たちの言う魔物がどういった存在であるのか、魔法とは何か、力とは何かを一切知らぬままに生きている。お前たち人間が犯した罪も、それによる影響も、全て知らずにのうのうと生きているのだ』

「この地にまつわる……全て? 何が言いたい?」


だが、ドラゴンはそれに答えず、そっと翼を動かした。そこには、地面に横たわるアルヴの姿があった。そして、その姿は未だ異形の面影を残している。


『哀れな子よ。人の都合により体を弄ばれ、人の都合で忘れ去られるとは』


アルヴは寝ているようで、彼に語り掛けるようにドラゴンは呟く。


「……どういうことか、教えてくれないか」


ギロリと、目玉が俺に向いた。


『知ってどうする?』

「俺は、魔力暴走を起こしたアルヴを見て、放っておくべき存在ではないと判断した。殺しにきたわけじゃないが、彼は闘技大会に出場している。もしも、被害がでるようなら止めさせなければならないと思ったんだ」


たぶん、それを承諾するような人間ではないだろうと思う。その時は、俺が全力で潰さなければならない。だが、話し合えるのなら、もう一度話してみようと思ったのだ。


まさか、まだ『こんな状態』だとは思いもしなかった。


『ふん、人間のちゃちな闘いに参加することは私自身が止めた。しかし、この子は言うことを聞かず、無理やり参加したのだ。お前が止められるのなら、願ってもないこと』

「そう……なのか?」

『止められるのならな。お前も一度味わっただろう。この子は既に人の範疇を越えてしまっているのだ』


脳裏に甦る敗北の記憶。それだけで、首筋の筋肉が強ばるのを感じる。


「あぁ、あんなのは俺も初めてだった。まさか、手も足も出ないなんて思いもしなかった」

『ならば立ち去れ。お前にできることはない』


ドラゴンは言い放つ。


「じゃあ、その理由くらい教えろよ」


ピクリと、ドラゴンが反応を見せる。


『恐れを知らぬ物言いよ……』

「俺は納得できないと嫌なんだ」


真正面からドラゴンを見据える。いつでも戦闘に入れる準備をしていた。


『寄れ』


長い見つめ合いの末、ドラゴンがそう洩らす。臨戦態勢を解くことなく、ゆっくりとドラゴンに歩み寄る。間近に見れば、その巨体と魔力量に驚きを隠せない。

何故だか、俺が冒険者時代に戦ってきたドラゴンとは格が違う気がした。


『私たちは言葉ではなく、魔力によって記憶を共有する。お前が何も知らぬのは、そのせいだろう』


そう言って、ドラゴンは俺の腕よりも大きな鉤爪を持ち上げて、頭上へと移動させた。それを素早く落とせば、俺は呆気なく体を引き裂かれてしまうだろう。だが、そういった気配はドラゴンからは感じられない。緊張のままそのままでいると、爪が頭の上に乗っかる。

その瞬間、ドラゴンの魔力が爪を伝い頭へと流れ込んでくる。その奔流は、頭皮を抜け、頭蓋骨を抜け、脳にじんわりと染み込んでいく。俺の意識は今までにはない感覚に驚き、引っ張られた。

そして、光をも追い越しそうな程の早さで脳裏を映像の断片が掠める。

それが、ドラゴンの記憶であることを、言われることなく理解した。




――――それは、冒険者の姿をした一人の少年。手には剣を持ち、片方の手で魔物の死骸を掴んでいる。


幼さを残す顔には残虐な笑みを浮かべ、既に事切れたそれを楽しげにぶら下げていた。


それを、頭上高くから見守る『俺』は、急降下して少年へと迫った。


感じたのだ。永らくその存在を消されていたと思っていた仲間の存在を。

少年は『俺』に気付いて、すぐに剣を構える。が、その顔は一変し、苦悶の表情を浮かべた。少年の足から滴り落ちる血から、怪我をしているのだと理解した。


『何故、人の姿をしている?』

「あぁ? 俺は人だぞ?」


違和感。『俺』は、その少年の中から、遠く、別れを告げた仲間の存在を感じ取っていた。


『わからぬ。……お前からは、私の知る友の存在を感じる』


一瞬だけ、少年の顔が驚きに変わる。それから徐々に、その表情は笑みへと変わった。


「それはたぶん、俺の中にある魔石のせいだ。俺はドラゴンの魔石を体に埋め込まれてる」

『……そういうことか。では、やはり奴は死んだのか』

「お前の言う友が、この魔石ならなぁ!」


少年は胸に手を充てて叫んだ。ドラゴンの魔石を体に埋め込まれるなど信じられなかったが、感じる存在は紛れもなく昔別れた友の存在だった。


「なぁ? ドラゴンの血は魔力回復に役立つらしいんだ? だから、あんたの血もくれよぉぉぉ!!」


そう言って、少年は『俺』に向かって剣を振り回してくる。だが、所詮は人であり、しかも怪我をしている。『俺』に敵うはずはなかった。



――――『俺』は、気絶した少年を見下ろしている。肩から腹にかけて大きく怪我をしているようだったが、観察しているとその傷はジワジワと治癒していた。

それは、人ではあり得ない治癒速度だった。紛れもなく少年が人ではない何よりの証拠。試しに、少年が殺した魔物の血を爪に付けて口元に運んでやると、飲んだ直後に魔力となって傷の治りを早くさせた。


それも、人ではない何よりの証拠。


(どうしたものか)


『俺』は、少年の処遇に困った。本来ならば殺すか放っておくのが道理であったが、少年の中に眠る魔石を『俺』は無視できなかった。


そいつは、何百年も前に別れた友。雷を操り、瞬く間に空を飛翔した忘れがたき存在。

しかし、考えの相違から住む場所が分かれた。そして、ある時にその存在を感じられなくなったのだ。

長い間死んだと思っていた。それが再び現れたのだ。

喜び勇んでこの地に飛んできてみれば、友はなく、その魔石を埋め込まれた少年がいた。


どうするべきか、『俺』は少年が起きるまで考えたのだ。



――――少年は起きてからも隙あらば『俺』を殺そうとしてきた。だが、少年の持つ魔力と力はドラゴンのそれには遠く及ばず、情けない友の存在に落胆した。

やがて、少年は『俺』に殺す気がないことを知ったのか、抵抗を止めた。


「なぁ? なんで俺を殺さないんだ?」

『言っただろう。お前の中にある魔石は、かつて私の友だったのだ』

「でもそいつは死んだんだぜ?」

『私たちの死は、人の言う死とは少し違う。魔力を経験として共有できる私たちには、魔力こそが命のようなものなのだ。よって、まだ私の友は生きている』

「うん?」

『理解できずともよい』

「そうなのか?」


少年は自分をアルヴと名乗った。そして、自分の人生の生い立ちを話してくれた。それは、無惨な話だった。奴隷として生き、買われた先は鉄の建物、そこで実験体として様々な苦痛を施され、最後には魔石を体に埋め込まれた。アルヴは、研究員と呼ばれる人たちに強い憎しみを抱いているようだった。



――――アルヴは少しだけ大きくなった。魔力はさらに大きくなり、力も強くなった。だが、ドラゴンのそれとはやはり比べるまでもなく弱々しい。それでも、人の強さと比較すれば、圧倒的な能力を誇っていた。その中に、かつての友を彷彿させる魔力の波を感じた。そして、その度にアルヴの自我も徐々に解れていった。

『俺』は直感した。このままアルヴが成長すれば、いずれ自分と同じ強さを持つ存在になるだろうと。

だから、傍でそれを見守っていこうと思ったのだ。友が、完全なる復活を遂げる事を願って。



――――『俺』は、最近わからなくなっている。抑えきれぬ魔力に悶えるアルヴを見て、友が復活する喜びよりも、彼を失う事の寂しさの方がだんだん勝ってきていることに。

どうすれば良いのかわからない。だから、アルヴが人間の闘いに参加したいと言った時、強くは止められなかった。せめて、人であるうちに彼の願うことをさせてやりたいと思っ―――――。





突然、記憶の断片が途切れた。見上げれば、爪が頭上高くに移動している。ドラゴンが俺の頭から離したのだ。


『ここまでだ。人の子よ』


ドラゴンは俺を見下ろしてくる。


『わかっただろう。アルヴは、もうすぐ人ではなくなるのだ。そんな彼を、何故止める事ができる?』


俺は、しばらく何も言えないでいた。ドラゴンが見せた記憶は鮮明で、その中にはドラゴン自身の感情さえも混じっていた。


言われた通り、止めるなどできない。


そして、アルヴに負けた日に見た夢が、彼のものだったのだと理解した。恐怖の入り交じった体で森を走るあの感覚は、紛れもなく彼の経験した記憶だったのだろう。戦ったときに、彼の魔力が俺に流れ込み、記憶の断片を夢として俺に見せたのだろう。


『私は人があまり好きではない。自身の住みかを広げるため、私たちの住みかをも奪いさっていった。だからこそ、人がどうなろうとどうだっていい』


辛辣な言葉は軽々と放たれ、ドラゴンが人の事を本当にどうでもよく思っていることがわかった。そして、逆にドラゴンはアルヴの事を想っているのだ。

見せられた記憶は言葉なんかよりもずっと重く、反論を唱えられないほどに説得力を有していた。


「アルヴは……その状態で参加できるのか?」

『日が昇る頃には戻っているだろう。お前は、アルヴが町で暴走しないことを願うしかない』

「そうか……」


それから、俺はくるりとドラゴンに背を向ける。


『諦めたか』


背中へと投げつけられた言葉に、俺は振り向きもせず首を振った。


「いや、そうじゃない。ただ……説得は無理だとわかったんだ」

『そうか。話がわかって何より。おそらく、アルヴと最も良き戦いを行えるのはお前しかいないだろう。そんな相手を、私はここで殺したくはなかった』


まるで、お前などいつでも殺せるといった言いぐさに、笑ってしまいそうになる。


「俺は、もう負けるつもりはないよ」

『口だけではないことを、私は切に願っている』


ドラゴンとは、その会話を最後に別れた。


記憶のせいで感情が少し乱れ、鼓動が早くなっていた。さまざまと見せられた映像は、のうのうと生きてきた俺にとってそれほどに衝撃だった。


だが、本当に負けるつもりはなかった。


そんな感情よりも、純粋に悔しいという想いの方が勝っている。生きてきた過程など人それぞれだ。それをひけらかして生きている者などいない。


過去は関係ない。今、どうしたいかだ。


(まぁ、元々説得は無理だと思ってたしな)


俺は、町に戻るわけじゃなく、空間魔法を使用するために魔力を集める。空を見上げると、まだ暗い闇の中に星たちが煌めいていた。


(問題は、朝までに戻ってこれるか……だな)


魔法を発動し、俺は昔訪れた場所に転移する。視界が瞬く間に変わっていき、空気の温度もグッと下がった。




「……ふぅ」




虫の鳴き声が聴こえる。

風が吹く度に、木々が揺れた。

久しぶりに見た光景は、夜だからかより鬱蒼としいて、遠くからはわけのわからない音が聴こえた。


そこは『精霊の森』。王族や権威ある者しか入ってはならないとされる禁忌の森。


そんな森の前まで転移した俺は、かなり魔力を消費してしまった。だが、休んでいる暇などない。


昔、この地で一人の精霊と仲良くなった。契約を交わせば『精霊魔法』を修得できると言われた。だが、絶大な魔法と引き換えに、俺は一つの属性しか使えなくなると聞いて断ったのだ。


圧倒的な魔力を誇るアルヴに勝つためには、こちらもそれに応えるしかない。彼の動きや破壊力は、全て魔力によるものだからだ。


俺は『精霊の森』に躊躇なく踏みいる。新たな力を求めて。

それは、訳もわからぬままに与えられる力ではない。俺が選び欲する力だった。





















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