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ギルドは本日も平和なり  作者: ナヤカ
規格外の最強と最凶 編
185/206

終幕。新たなる決意

「俺には許せないことがあった。俺には納得できないことがあった」


剣を抜いて軽く振る。


「だから、人ならざる存在と契約を交わし力を得た。それは運命を覆すため、誰かを救うため、しいては英雄になるためだった」


自分以外の声が聞こえない。物音一つしない。


「ただそれだけだった」


そして剣をおさめる。

観客、舞台上、舞台裏、全ての視線が自分に注がれているのがわかる。自分の一挙一動に集中しているのがわかる。


「力を得る前の俺は、情けなくてどうしようもない奴だった。それははっきりわかる」


『演劇』では、アスカレアを救うために魔法を手にした。

『現実』では、人生を取り戻すために何でもできる能力を手にした。


そこに多少の違いはあっても、大きな変化はない気がする。


「だから、力を手にして変われた気がしてた。それだけで認められる気がしてたんだ」


『演劇』では、アスカレアを救っても周りはその功績を悪とした。

『現実』でも、力を認められず冒険者を諦めた。


「結局、俺に足りてなかったのは力ではないのだと悟った。だから、その力を活かせる事をしたかった」


『演劇』では、新たな地にいって人々が繁栄する土台をつくった。

『現実』では、ギルド職員になり、力を人々の為に使おうと誓った。


「それでもやっぱり、俺に足りてなかった部分がいつも邪魔をして、どうしても上手くいかない」


変われた気がしてたのは自分だけで、本当に自分を変えたわけじゃなかった。力を手にした後も、俺は昔の自分を振りきることができず、いつも何かを言い訳にしていた気がする。


この『演劇』は、本当に起こっていた歴史を模してつくられた。だから、俺が演じるエノールがそうだったかはわからない。


だが、彼も少なからずそう思ったのではないだろうか? 何かしらの悩みを抱えて生きていたのではないだろうか?


一筋縄ではいかない自分に、苦しんだのではないだろうか?


「それでも……必死に足掻いた日々は本物で、それを認めてくれる人がいた」


そうして、俺の隣に立つ二人を順に見る。


セリエさんは、ギルドで初めて認めてくれた人だった。

ソカは、冒険者で初めて俺を認めてくれた人だった。


それは、その時の二人に特別な感情があったからではなく、共に過ごすうちに芽生えたものだと先程言ってくれた。


「力を得たことは確かに大きかったかもしれない。それがなければ、俺がここでこうしていることもなかっただろう」


それは単なるキッカケに過ぎない。だが、そのキッカケの偉大さを俺は理解していなかった。だから、同じ事を繰り返したのだ。あれほど変わりたいと思っていたくせに、同じ事を繰り返したのだろう。


「大切なことは、何かを変えられる力ではなく、変えたいと願いそれに本気で取り組むことだった」


だから、転生し力を得ても俺は俺のままだった。本来なら苦労して手にすべき物を、インスタントのように呆気なく手にしてしまったから、中身が伴わず、再び俺を苦しめた。


夢を見ていたんだと思う。


新しい世界で、新しい力を得て、俺は俺のままで認められると思っていたのだ。だって仕方ないだろ? 多くの物語は主人公が力を手にして世界を変えてしまう。そこには何の劣情もなくて、思い描いた通りのシナリオが待っている。


そんな夢を見ていたのだ。


「だけど、今になってようやくわかった気がする。情けなかった自分も、それを変えたいと願った自分も、変えた気になっていた自分も、変えようと抗った自分も、全部否定できないほどに確かな自分だったんだ」


だから、俺はそれら全ての自分を肯定してやろうと思う。たくさん俺は間違えてここまできてしまったが、結果は案外悪くないものだったに違いない。

だから、二人は俺を認めてくれたのだ。そう言ってくれたのだ。それを否定しようものなら、今度は俺だけじゃなく彼女たちをも否定することになる。


それだけは、してはならないと思った。


「俺は、長い間どうしようもない事ばかりに囚われていた気がする」


ソカが言っていた『あなたは囚われすぎている』という言葉、今になってみると本当にそうだったのかもしれない。


転生したら新たな自分を手に入れられると思っていた。力があれば英雄になれると思っていた。ルールに沿うことが在るべき姿だと思っていた。


その思っていた事が裏切られる度に、俺は自分にバツをつけて、変われた気になって、また失敗を繰り返してきたのだ。


でも、それで良いのだ。少なくとも、それを良いと言ってくれる人がいた。

もう、それらにバツをつける必要はないのだ。


「二人ともありがとう。俺は二人のお陰で大事な事に気づけた。だから、二人の気持ちには今すぐにでも答えたいと思う。だが……」


そこで二人は少しだけ悲しそうな表情をした。否定されると、思ったのだろう。


(違う)


そうじゃない。


「少しだけ待っていて欲しい。二人はこんな俺を好きになってくれた。周りからは笑われ、蔑まれ、自分でもどうしようもないと思っていた俺を好きだと言ってくれた。だから、せめて俺が俺自身に自信を持って胸を張れるまで待っていて欲しい」


二人は神妙な顔をする。


「待つってどれくらい?」


ソカが言った。


「わからない。でも今の俺じゃダメな気がする。だから、全てを終わらすまで待っていて欲しいんだ。大丈夫、なるべく早く終わらせるから」


もしも、今までの俺が間違っていないのだとしたら……間違っても、それが善き方向に向かうのだと信じられるのなら。


そう思った途端に、やるべき事がわかった。


俺はこうしてる場合ではないことに。


「俺は、二人が好きだと言ってくれた事を本当に嬉しく思う。だから、それに見合う男でいたい。そのために、やらなくちゃいけないことができた」


たぶん、二人にとっては不服だろう。だが、ここで安易な答えを出すことは俺にとって最も不服だ。


「なにそれ、勝手ね」


ソカは言う。いや、それはお前だろ。


「本当、でも考えたら君っていつもそうだったよね」


セリエさんの言葉には、苦笑するしかない。


それから、俺は観客席に振り返る。


「アスカレア王国が誕生し、冒険者ギルドができた。それは、決して俺一人では成し得なかったこと。俺はたった一人で戦っていたつもりだったが、いつも側には誰かがいた。その事を俺は心に刻もう。そして、これからはその人たちの為に俺は戦おうと思う」


もう一度剣を抜き去り、高く掲げる。


「時は満ちた! ここまでの物語は単なる前座に過ぎない。これからは、俺が俺であるための物語をつくろう! 願わくば、誰もがその戦いに臨めることを切に願う! 何かを諦めた者たちよ! 嘆き苦しんだ者たちよ! それらが善いものであるとは決して言えないだろうが、敗北ではない! 勝敗とは、他人から見た結果であって、自分の中で確定されるものではない! それを俺は証明しなければならない!」


そうして、剣をおさめた俺はゆっくりとスポットライトの光から身を引く。


それに舞台裏は察してくれたのだろう。光が消え、舞台は暗転する。


すかさず終演の音楽が流れ出した。パラパラと拍手が客席で起こり、それはやがて大きな音となっていく。

俺が舞台袖にもどると、ソカとセリエさんも戻ってきた。それを、団長のランドールさんが迎える。


「いやぁ、何とか終えることができました。ありがとうございます」

「いえ、最後はお客さんたちをおいてけぼりにしてしまいました。すいません」


それに対して、ランドールさんは首を振った。


「いえ、あなたたちが居なければ始めることすらできなかったものです。だから、これで良いのです」


そう言ってもらえたことにホッとした。


「セリエさんとソカもお疲れ様」


二人にそう声をかける。二人とも微妙な表情をしていた。


「最後のはズルくない?」


ソカが腕を組んで膨れっ面をする。


「いや、ズルいのはお前だろ。なんだよ、いきなり舞台で告白って……焦ったぞ」

「そっ、それは……そうでもしないと言えないと……思ったから」


セリエさんを視れば、気まずそうに下を向いている。まぁ、そうなるよなぁ、さっきの今だもんな……。


「で? どうだった?」

「えっ? どうだったって……何が?」

「だから、演劇よ!」

「あぁ、楽しかったよ」

「台本なんていらなかったでしょ?」

「いや、そこは同意できないが」

「でも、テプトならやれると思ったのよ。だって、今までそうやってきたじゃない!」


ソカは自信満々にそう言ってみせた。


(確かにそうだな)


もはや呆れる他ない。


「ありがとう、ソカ。確かにお前の言ってたことは正しかったのかもしれない。俺はいろんな事を考え過ぎるが故に、自分を抑えてしまっていた気がする」

「……わかってくれたのね?」

「あぁ、俺はギルド職員だが、もっと大事な事があった。俺は俺だ。だから、これからも俺が俺でいられるよう頑張りたい」

「うん。なら、良かった」


そしてソカは優しく微笑んだ。


「それから、やらなくちゃいけないことができた。後は任せても良いか?」


そう言った時だった。


「これから、出演者の挨拶があるんですが?」


ランドールさんの一言。

あー……そういうやつあったな。


「すいません、本当に今すぐやらなくちゃいけないことなんです」

「ですが……」


「行ってきなさいよ」


そう言ったのはソカ。


「大丈夫、ここまでくれば終わったようなものだから」

「悪いな。必ず戻ってくる」

「えぇ。……その時にはさっきの答え、聞かせてくれるんでしょう?」

「あー……正直わからない。だが、少なくとも今よりは良い答えを出せると思う」

「そっか」


そうして俺はすぐに衣装を脱ぎ始める。


「テプトくん!」


不意にセリエさんに呼ばれた。


「あまり、無茶しないでね? その……君が突然出ていく時って、いつも無茶する時だから」


きっと、ダンジョンに行った時の事を言っているのだろう。その表情は不安そうで、両手は固く胸の前で握られていた。

それに、笑顔で返してやる。


「ありがとうございます。でも安心してください。俺はいつだって無茶してきました。もう無茶には慣れてます」

「なにそれ」


セリエさんはフッと笑う。それを見てから、舞台裏を抜けた。


舞台も、二人に言わなくちゃいけない事も、何もかもが中途半端なのはわかっていた。だが、それよりも俺自身が一番中途半端をしていたのだと気づいた。それを修正するために、俺にはしなくてはならないことがある。


背後から聞こえる歓声を聞きながら外に出ると、ひんやりとした空気が肌にあたり、現実に戻されたような気分になる。

そこで俺は、ローブ野郎が寂しく壁に寄りかかって座り込んでいるのを見つけた。


(見ないと思ったら、こんなところにいたのか)


駆け寄ると、奴はビクリと肩を震わせてこちらを仰ぎ見る。


「風邪ひきますよ」

「テプトさんですか……クックックッ。私は、とんでもないことを……」


その声は滲んでいて泣いているのだとわかる。


「あなたのせいじゃありません。それよりも、あなたのお陰で演劇は盛り上がれました。あれで良かったんですよ」

「……テプトさん」


奴も、奴なりに必死でやった結果なのだ。それが報われないところが奴らしいが、やはり一生懸命取り組んだ結果は、案外悪くない。それよりも、些細な事に縮こまって後悔することの方がよっぽど愚かに見える。


「ほら、あなたも出演者なんですから、舞台に上がってください。皆待ってますよ」


そう言って立たせてやる。


「あの……テプトさんは?」


問われた言葉に、俺は笑顔で返した。


「俺はやることがありますから」



広場を出てから、俺は走り出した。向かう先は町の外である。

その途中、胸につかえる物が気になって取り出すと、演劇の台本だった。どうやらずっと入れっぱなしにしていたらしい。


それを空間魔法で丁寧にしまい、再び速度を上げる。夜のタウーレンは、まだお祭りのように騒がしく、風魔法で屋根を走っていく俺などには誰も興味を示さなかった。
















……心情難しい。


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