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ギルドは本日も平和なり  作者: ナヤカ
規格外の最強と最凶 編
183/206

『国の誕生と冒険者ギルド設立』 ソカの告白

「とうとう冒険者ギルドができたわね」


スポットライトの真下で、ソカがそう言った。そのライトは一つしかなく、俺もそこまでいかなければならない。


「あぁ。頑張ってたからな」


そんな言葉を返す。ライトの幅は狭く、ソカとの距離も自然と近くなった。


「これまでいろんな事があったわ。でも、それら全てを頑張れたのは、あなたがいたからよ」


振り返ったソカは、どこかいつもの彼女ではなかった。少しだけ、顔がひきつっている。最終局面だから流石に緊張しているのだろうか? そう思った。


「俺もライアルトがいたからここまでこれた」


とりあえずそう返しておく。

ソカは、その直後に下をうつむいて黙りこんでしまう。言葉を待っていた俺は微動だにしなかったが、その沈黙があまりにも長く続いたため、不安になってしまった。


『大丈夫か?』


小声でそう声をかけるも、ソカはうつむいたままだ。本気で何かあったのかと思い、心配をした時だった。

ソカがようやく顔を上げたのである。


「覚えているかしら? 私とあなたが最初に会った時のこと」

「……え?」


素でそう答えてしまった。


(ライアルトとエノールが最初に出会った時のこと? そんな場面あったか?)


考えるが思い浮かばず、これもアドリブなのだろうと思った。


「あの日、私はあなたに対して酷い事を言ったわ」

「酷い事? ……覚えてないな」


すると、ソカは少しだけ悲しそうな表情をした。


「そうよね? あなたは自分の事で精一杯だったはずだし。……私はそんなあなたに軽蔑の視線を送った。たぶん、私の印象は最悪だったと思う。そう考えれば、忘れてくれているのはありがたいかも」

「……ん? あぁ」

「私はあなたに対して、他の男たちに対する考えと同じものを当てはめようとしてた。男はどうしようもなくて、利用できる道具」

「そうなのか?」

「うん。私は今までそうやって生きてきたから。だから、そう簡単にその考えを捨てることができなかった」

「今は?」

「今は……ごめんなさい、あまり変わらないかも。でも、あなたに対してだけは違う」


照れ笑いで誤魔化した直後に、ソカは真剣な眼差しを向けてきた。それが、あまりにもまっすぐだったため、言葉を返すのも忘れてしまった。


「最初は、あなたを利用しようと思ってた。あなたの味方についていれば、後々旨い汁を吸えると思ってた」

「旨い汁?」

「何がとは言えないけど、あなたは多分とても偉くなる。だから、傍に入れば私もその恩恵に預かれると思っていたのよ。でも――――」


そこでソカは言葉を切って、深呼吸をした。


「あなたは私が思うよりも遥かに優秀だったけれど、同時にとても馬鹿だったわ。自分よりも他人を心配して、自分が責められても他人のせいにしようとはしなかった。そんなあなたに、どれだけイラついたかわかる?」

「……いや、わからない」

「そうよね。あなたはそういう人よね? でも、だからこそ私はあなたを無視できなくなったの。これまで、私は私だけが大切だったし、他の人もそうだと思ってた。綺麗事や偽善は結局は自分のため、それは汚いものかもしれないけれど、生きていくという観点で見れば、私は美しいものだと思っていた」


「それは……そうじゃないのか? 俺は自分の言っていることがいつも正しいとは思ってないし、思いたくもない。だが、それを通さなきゃならない事もあると……思う。それだけだと思うが」


ソカは小さく頷く。


「でも、それを貫ける人なんてそんなにはいないのよ。皆何かを少しだけ妥協して生きてる。もしも通したら、誰かが、そもそも自分が自分でいられなくなるから」

「……そう、だな?」

「でも、あなたは違ったわ。自分の主張を信じて貫くし、それをするだけの能力もあった」


その言葉に、俺は自然と首を振っていた。


「いや、俺だっていろんなことを妥協して生きてきた。自信を持って生きてきたなんて言えないさ」


言ってから、しまったと思った。エノールとしてではなく、テプトとして答えてしまったからだ。


「でも、私から見ていた限りはそうじゃなかった。……ねぇ、人が何かを貫くためには何が必要だと思う?」


唐突な問いに、俺は戸惑ってしまう。


(貫くためには?)


ソカは、俺に何を言わせたいのだろうか?

だが、それを答える間もなくソカは続けて口を開いた。


「たぶん、それを貫くための信念と能力が必要なの。あなたは、そのどちらも持ち得ていた」

「それは―――」


「でもっ!!」


反論しようとしたが、ソカの強い言葉に止める。


「よく考えたら、そんなものよりも大切な事があったの」


ソカは悲痛そうな表情を浮かべて、片手を胸に当てた。その姿が演技とは思えず、俺は言葉を失う。


「考えてみて? もしもその信念と能力を、悪い考えを持つ人が持っていたとしたら」

「悪い考え……」

「それを貫いてしまったとき、きっと悪いことになるわ」


その例えは抽象的過ぎて、伝わりにくい。

だが、なんとなく俺にはわかるような気がした。


「もしも、あなたが悪い考えを持つ人だったなら、この場所は、こうして平穏だったかしら?」

「何を言っている?」


再び本音が出てしまう。ソカが何を言わんとしているのか、頭の中では必死に答えを探していた。


「私は他の人の事なんか考えたこともなかったの。私は、自分のことしか頭になかったの! 私は! ……誰かのために何かをしようなんて思わなかったの」


不意に、彼女の目頭に光る物が見えた。それが涙だとは簡単に信じられなかった。演技とはいえ、ソカが泣く姿など想像できなかったからだ。


「私は……いつの間にかあなたにあてられて、あなたのためだけに何かしようとしてた。それが、あなたと同じ感情だと思った。でも、あなたは誰にでもそうで、平等にいろんなことをしてた。その時に、とても悲しい気持ちになったの。なぜだかわかる?」



俺は、その答えがわかる気がした。気持ちを考えずとも、そんなのは既に一つの答えとして世の中に出回っている。


だが、それをこの場で、演技と言えどソカの口から聞いてはならない気がした。


だから。




「……わからない」



そう答えるしかなかった。

そんな俺の答えに、ソカはフッと笑う。『教えてあげる』そんな笑みだった。



「たぶん、あなたがそうやって誰かに尽くしてきたのは、きっと結局は自分のためなんだと思う。さっきと言ってることが矛盾しているかもしれないけど、わたしの中では明確に違いを持って言えるわ。人は自分のために生きているけど、誰かのためが自分のためになることもある。それがようやくわかったの。だからごめんね? 私は私のために今回あなたを振り回した。そうやって……それを貫くことで、それを証明したかったの」


今回? 嫌な予感がした。その言い方は演技ではなく、まるで『俺』に言っているようだったからだ。


「そのために、いろんな人も巻き込んだ。でも、これが……最後には、その人たちのためになると信じてる。あなたが今までそうであったように」


「何を言ってるんだ? 俺にはお前の言ってる意味が―――」


だが、またしても。


「こんな場所でごめんね? でも、ここで言わないと一生言えないと思うの。卑怯だと罵るなら、罵ってもらって構わないわ」


そこで、ソカは大きく深呼吸をした。


そして。


「私は、誰かのために一生懸命になれるあなたじゃなく、それを成し遂げられるあなたでもなく、ただ、それを当然のように考えて、当然のように行動に移せるあなたが……テプトが――――」


名前を言われた瞬間、全てを理解した。先程まで言っていたことが、エノールではなく、俺に対してのものだと。


止める間もなかった。ただ、言葉を受けとることしかできなかった。






「――――好きです。とても。胸が痛いほどに」



それは、とても自然に彼女の口から出てきた。だからその言葉の威力に気づくまでは、立ち尽くすしかなかった。気づいても立ち尽くすしかなかった。


ソカは、とても柔和な笑みを浮かべていて、瞳はまっすぐ俺を貫いていた。


何か言わなければならないのに、ダメージが酷すぎて喉も動かない。


客席で、息を飲む高い声が聞こえた気がしたが、ボンヤリとどこか遠くで聞こえているような気がした。


ようやく我に返って、口を開こうとしたが、それをソカは近づいきて人差し指で止めた。


「私はこの勝負、フェアでありたいの」


そう言って、スッとスポットライトの真下から姿を消した。


(何が?)


固まったまま動かずにいると、コツンと足音がした。それが、ソカのものではないことに頭が瞬時に判断する。聞きなれた靴音。


やはり、今度スポットライトの真下に現れたのは、セリエさんだった。彼女は驚きと怒りと悲しみとが入り交じったような表情を浮かべている。


それの意味する先を、俺は怖くて考えられない。


「……なんで?」


誰に言ったわけでもない。


「なんでたろうね?」


セリエさんが言った。


「でも、私も逃げるつもりはないわ」


セリエさんの表情は、次の瞬間決意に満ちたものに変わる。


頭の奥でガンガンと何かが叩く音を聞いた。


(俺は……最後まで聞いていられるだろうか)


身体中が熱く感じる。それが、スポットライトのせいなのか、はたまたソカのせいなのか、今の俺には判断がつかなかった。













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