『国の誕生 冒険者ギルドの設立』2
「ここはあなたによって平穏な地になった。ここに私は人々の住むことのできる国を創りたい」
セリエさんがそう宣言する。誰に? 隣にいる俺にだ。
「そうだな。三人で協力して良い国を創ろう」
俺はそう言って微笑み返した。
「私は、この先も平和が続くよう魔物に対抗できる組織をつくるわ」
ソカもそう宣言した。誰に? もちろん俺にだ。
「俺も出来る限り協力する。平和が永く続くよう、三人でやっていこう」
二人に挟まれた俺は、同じ笑顔を二人におくる。通常なら、ここは二人が決意を新たにする感動的な場面のはずなのに、何故だか冷汗が止まらない。それはアドリブの演技だからなのかは、果たして不明である。
「まずは人が必要だわ。私は元いた集落に戻って皆を説得する」
セリエさんは言ってから旅立ちの用意をした。とはいえ、旅のマントを羽織り、予め用意された荷物を背負うだけだ。
「なら俺も行こう。旅には危険が伴うからな」
そう言ってセリエさんの近くに歩み寄ろうとした時だった。片腕を反対にいたソカに掴まれ、それを阻止される。見れば、ソカは俺の腕を掴んだまま笑っていた。
「旅は危険だけれど、アスカレアは精霊魔法を使えるわ。だから心配ないと思う。それよりも、この地にはまだまだ魔物がいるし、ダンジョンはいくつもあるわ。それの調査に付き合ってくれないかしら?」
なるほど、ソカの言葉にも一理あると思った。
「わかった。なら、俺はここに残ってライアルトを手伝おう」
そう言ってソカの元に戻ろうとする。が、今度はもう片方の腕をセリエさんに掴まれる。
「精霊魔法が使えるのはライアルトも一緒じゃない。危険は一緒よ」
両腕をそれぞれ二人に掴まれて身動きが取れなくなる。
(え? じゃあどうすれば?)
その回答は二人にはない。なぜなら、二人は俺がどう答えるのかジッと見つめていたからだ。
「じゃあ……三人でやろうか」
「……わかった」
「……そうね」
なんとなく、二人が不満そうだったのは演技だろうか? 俺は自分の回答に少しの不安を持ってしまう。この時、微かに予感はあったのだが、俺は無意識にそれを考えないようにしていた。どこに向かっているのか出演者もわからないストーリー、俺はこの時点でどういった展開が待っているのかを出来る限り予測すべきだったのだろう……。
場面は変わり、アスカレアが元いた集落に向かうところである。通常であれば、ここはアスカレアのみが演技する場面。だから、演説のためのお立ち台は一人が立てるほどのもので、セリエさんが説得をする間、俺とソカは舞台の端っこで待っていなければならなかった。
そこで、隣にいたソカが思わぬ行動にでる。
『ねぇ、エノール』
耳元で甘い声をだし、なんと俺の首に手を回してきたのである。
(え?)
固まる俺をよそに、ソカは両腕を首に絡み付けてくる。『エノール』と呼んでいる時点で演技なのだろうが、さすがにそれは不味いと思った。
『おい、ばかっ! やめろって!』
必死でアスカレアが演説をする中、隅でイチャつくエノールとライアルト。その構図は見ている観客にとってもあまり気持ちの良いものではないはずだ。
クスクスと、観客の数人がこちらに気づいて笑っている。そして、その反応に気づいた者がもう一人。
「……エノール? 何してるの?」
演説真っ最中のセリエさんである。
「いや、何も!」
強引にソカを引き剥がして笑みを繕う。チラリと見れば、ソカがむーっと膨れっ面をしていた。
(……どういうつもりだ?)
俺が何かしでかしたわけでもないのに、罪悪感の波が心に襲った。セリエさんはため息を吐いてから演説に戻る。その後の言葉は、何故だか荒々しく、鬼気迫る言葉に俺は感心してしまった。
場面は再び変わり、今度はダンジョンなどの調査に移る。今度はライアルトの出番であり、ソカが積極的に魔物と戦う。セットは先程の箱の使い回しだった。もちろん俺も戦いに参加するのだが、用意されていた魔法などの仕掛けは精霊魔法がほとんどのため、どうしてもソカの戦闘が多くなる。
『ねぇ? さっきは何してたの?』
『え? あぁ、俺にもちょっとわからなくて……』
ソカが戦闘をしている間、セリエさんが隙を見計らって聞いてくる。
『なんでソカちゃんとイチャついてたの?』
『いや、あいつはたぶん演技をしてて……。俺のこともエノールって言ってましたし』
『演技で済ませようってこと?』
『いや、そういうことじゃなくてですね?』
『じゃあ何? ちゃんと説明してくれる?』
『待ってください。舞台からハケた後に説明しますから』
『演技なのよね? じゃあ、ハケた後に説明しても意味なくない? 今説明して。それに私も合わせるから』
『えぇ? マジですか?』
「ちょっと……あなたたち何してるの?」
不意に、ソカが振っていた剣が俺に突きつけられる。表情は明らかに怒っていた。
(お前のせいだろっ!!)
そう叫んでやりたかったが、ぐっと堪えた。
「ねぇー、あのお兄ちゃん何してるの?」
観客席から無邪気な声が聞こえた。
「見ちゃダメよ。ねっ? お父さん?」
「うっ……あぁ」
家族連れのお客さんなのだろうが、その会話は舞台にいる俺にもよく聞こえた。
(……そうなるよなぁ)
ひきつった笑みを浮かべて俺は、戦闘に加わる。セリエさんの眉間に恐ろしく皺が寄っていたが、今は気にしないことにした。
なぜなら、俺のせいでは決してないからだっ!
場面はアスカレア、ライアルトと順番に変わっていく。
これは、国と冒険者ギルドが徐々にできあがっていく様子を演出しているようだが、セリエさんが主役の時はソカが俺に絡んできて、ソカが主役の時はセリエさんが絡んできて……三人のドロドロした関係も一緒にできあがっていった。……というか、お客さんは既にそこのみにしか関心を抱いていないようであり、セリエさんの見せ場では、俺とソカに視線が注がれ、ソカの見せ場では俺とセリエさんに視線が集まった。
三幕は息つく間もなく続くため、ギクシャクした関係のまま話は進んでいく。
そして、そのまんま演劇は最終局面に差し掛かってしまった。
それは国ができ、冒険者ギルドができあがって数年がたったある日の出来事。
アスカレアがこれまでの事を思い、国の未来を語る場面。
反対にライアルトも冒険者ギルドの未来を語る場面。
それで劇の幕は降りる。
だが、俺は自分の……エノールとしての立場を見失ったままこの局面を迎えることになる。
なぜ、ソカは劇中にも関わらずあんなことをしてきたのか。まだ俺にはわからないでいた。
順番としては、アスカレアの場面の後にライアルトの場面なのだが、いざ舞台に上がろうとした俺とセリエさんを、ソカが制した。
「待って。ここは、私から行かせてくれない?」
「えっ? だが……」
「お願い」
ソカが真剣に俺たちを見つめてくる。セリエさんを見れば、少し戸惑った表情をしていたが、ため息を吐いた後に笑顔をつくった。
「……わかったけど、もうおふざけはなしよ?」
「もちろん。そもそも、最初からふざけてなんかいないわ」
二人はそんな会話を交わす。
どうやら、ソカの意見は承諾されたらしい。そして急遽、場面の入れ換えが行われた。といっても、最後はどちらが先でも変わりはないらしく、セットも用意されていない。暗転の中にスポットライトが照らされているだけだ。
俺は不思議に思いながらもソカと共に舞台に上がる。その時、ソカがセリエさんに「ごめんね」と呟いていたのを見たが、それは『場面の変更に対して』のものだと思っていた。
途切れ途切れの更新すいません。今日中には続きを更新する予定です




