第三幕 『国の誕生 冒険者ギルド設立』 1
「あぁ……舞台が……」
ランドールさんが嘆いた。それもそうだろう。何せ現在の舞台の状況は、あまりにも酷かった。
「わっ、私は、与えられた役を全うしようとしたまでです。こうなってしまったのは、テプトさんがドラゴンを壊したからです!」
誰に言われてもいないのに、ローブ野郎がそう発言をした。役者スイッチは切れたようで、先程のふてぶてしさはなくなっていた。……いや、他人に責任を押し付けるふてぶてしさはあるのだが。
「何を言ってるのよ。変な魔物を召喚したあなたが原因でしょ?」
ソカがローブ野郎をわざとらしく睨み付ける。ローブ野郎がひっ! と声をあげた。
まったく……ソカのふてぶてしさにも困ったものだ。悪いのはローブ野郎だけじゃない。
「……元を言えば、ソカが台本を差し替えたのが原因だろ?」
だから、彼女に向けてそう言ってやった。
「あんなことになるなんて誰が想像できるの?」
「ちょっと! 今はケンカしてる場合じゃないでしょ!?」
セリエさんが割って入ってくる。
いや、別にケンカしてるつもりじゃなかったんだがな。
「そうです……それに、このまま演劇を終わらせるわけにもいきません……どうしたものか」
ランドールさんが頭を抱えた。
そんな姿に俺はため息を吐く。
「ソカに任せるからこうなるんですよ」
「なによ? 私のせいなの?」
ソカが食ってかかる。
「だってそうだろ? どうせ、このくらいメチャメチャになることを覚悟で舞台に立ったくせに」
肩を竦めてソカを見やる。
「買いかぶり過ぎじゃない? あなたの好きにしていいと言ったけど、メチャメチャにしていいなんて言ってないわ」
ソカは、悪びれることもなく生意気な口を叩いた。
「ちょっと。二人ともいい加減にしなさい」
我慢の限界だったらしい。セリエさんが低く声を荒げた。
……どうやら、この場において余裕をかましているのは俺とソカだけらしい。そして、それに気づいているのも俺たち二人だけらしかった。
そもそも、ソカが何の考えもなくあんなことを言い出すわけがない。
それは、舞台が始まってからこれまでの事を考えれば容易に想像できるはずだ。彼女は演劇を成功させるために、お客さんに喜んでもらうために動いていた。それを今さらぶち壊す方向に持っていこうとするはずがない。
「で? 次はどうしたらいいんだ?」
「なに? その受け身体制。少しは自分で考えようとか思わないの?」
そう言うソカは、笑みを浮かべている。
「さっきは十分考えさせてもらったからな。……俺ならどうするか」
「あぁ、そういえばそうだったわね? じゃあ次も考えてみれば? あなたならどうするの?」
「お前なぁ……」
言い返そうとして気づく。ソカだけでなく、皆が俺を見ていた。
「う……とっ、とりあえず、舞台を魔法で直すか」
「そうしましょう」
ソカは同意してくれる。彼女の意図を聞き出すのはもう少しかかりそうだった。
「すいません、なんか補強する木材はありませんか?」
近くの団員に話しかけると、戸惑った様子だったがコクリと頷いてくれた。
「ありますけど……」
「じゃあそれで穴を塞ぎましょう」
「ですが、それだけでは危なくて……」
「舞台の下は俺がやります」
団員の返事を待つことなく俺は空いた穴から舞台の下に降りる。やはり、いくつかの柱が壊されていて、下もメチャクチャだった。
「よっ」
それを土魔法で補強する。穴から覗いていた団員たちは驚いた様子だったが構わず続けた。全ての柱を直した後、塞いでいない穴から舞台上に戻った。
「あなたは、有能な魔法使いでもあったんですね」
ランドールさんは褒めてくれたが、未だ浮かない顔をしている。
魔法のお陰か、皆手分けして片付けを始める。それは、大人数で行ったためにすぐに終わったのだが、ランドールさん同様に皆暗い表情をしていた。
一体何がそんなに不安だというのか?
「舞台はなんとかなったようですが、問題は演劇の方です」
ランドールさんの言葉に、俺は首を傾げる。
「演劇の方?」
「はい。テプトさんの役であるエノールは、このダンジョンにて力を使い果たし、アスカレアとライアルトを残して死んでしまう……というのが物語の流れです。ですが……」
そこまで聞き、ようやく俺にも理解できた。
「俺がダンジョンマスターを完膚なきまでに倒してしまった」
「そうです。先程の流れからエノールが死ぬのはかなり不自然です。しかし、エノールが死ななくては、物語が進みません」
確かに、この後の大まかな流れは、アスカレアとライアルトがエノールの死をキッカケにして奮闘していく場面である。アスカレアは国をつくり、ライアルトは冒険者ギルドをつくる。それは、エノールの死があったからこそだ。
「いっそのこと、転んで頭をぶつけて死にましょうか?」
そんな提案をしてみるが。
「あんなにも強大な魔法を使い、軽快に動いていたあなたがですか? それこそ、お客様から暴動が起きかねません」
「……ですよね」
ふと気づけば、幕の外が騒がしくなってきた。痺れを切らしたお客さんたちが、急かす言葉を言い始めたのだ。無理もない、幕を閉めてから既に半時近くが経とうとしていたのだから。
「これ以上お客様を待たせるわけにはいきません」
悲痛そうにランドールが呟く。だが、どうすれば良いのかわからない。
そんな時だった。
「死ななくて良いじゃない」
そう言ったのはソカだった。呆れたように団員たちを見ている。
「だいたい、アスカレアもライアルトもエノールのことが好きなんでしょう? なんでエノールを殺す必用があるわけ? それじゃ、バッドエンドじゃない」
当然のようにソカは言う。
「死ななくて良いのなら、どうやって物語を進める?」
そう問うた俺を、彼女は馬鹿にしたように見やった。
「アスカレアと協力して国をつくれば良いじゃない。ライアルトと共に冒険者ギルドをつくればいいじゃない」
「それはそうだが……物語としてそれは良いのか? それだったら『その後、三人は協力して国とギルドをつくりました』っていうナレーションだけでよくないか? それに、この物語はエノールが死ぬことに意味があると思う。そうすることによって、始めてダンジョンを攻略し、暮らせる場所を確保したエノールを英雄視できる」
そんな反論をソカは鼻で笑った。
「わかってないわね? 三人で協力? エノールはどちらと結婚する気なの? 三人が仲良くなんて無理じゃないかしら?」
「結婚って……」
「それにもう一つ。エノールを英雄視? 二人を守るとか言っていた癖に、二人よりも先に死んで英雄になれるわけないでしょ?」
「いや、だってそれは……」
「とにかく、エノールは死ななかった。それでいいじゃない」
俺はまじまじとソカを見つめる。どうやら、冗談で言っているわけではないらしい。つまり彼女は、物語自体を変えようとしているのだ。
「考えてる暇はないわよ?」
ソカは言った。確かにそんな暇はない。
「わかった……ただ一つだけ聞かせてくれ」
「なに?」
「ソカは、最初からこれを見越していたのか?」
もしもそうだとしたら、一体何を考えているのだろう?
「さぁね? でも……」
「でも?」
「私はこんな物語好きじゃないわ。たとえ誰かの死によって物語が完結するのだとしても、死によって生み出された別の誰かの悲しみは消えない。私はその誰かになんかなりたくない」
「これはただの物語だぞ?」
その言葉にソカはフッと笑みをこぼす。
「ただじゃ終わらせないわ」
俺は、その意味を理解できなかった。が、それを考える時間などなく、幕の外で大きくなっていくザワつきに押されるように、俺たちは最後の幕を開けることにした。
舞台はツギハギが残り不格好だったが、なんとか演劇は続けられそうだった。ランドールさんの指示のもと、ダンジョンを模した祭壇は片付けられて、建物を表現したセットが舞台上に運び込まれる。本当ならば、真ん中にエノールの墓地も運び込まれる予定だったのだが、急きょ変更となった物語のせいでそれは見送られた。
(ここで出番は終われるはずだったんだがな……)
ここからは予定された物語などない。全てアドリブで演技しなければならない。それはもはや演技と呼べるのかどうかも怪しい。
誰もが不安を抱えて見守るなか、最後の幕は上がる。




