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ギルドは本日も平和なり  作者: ナヤカ
規格外の最強と最凶 編
180/206

『ダンジョン』 3

舞台裏。ランドール一座の者たちは不穏な雰囲気に包まれる表舞台をハラハラしながら見ていた。


「やはり、素人が台本なしで即興するなど無理があったのでは」

「あの人たちは何を考えているのか……」


ヒソヒソと、団員たちが不満と怒りを露にした言葉を交わす。そんな様子を、ランドールは微妙な表情のまま見つめていた。


(……本当に大丈夫なのですか? ソカさん)


そして、今まさに舞台上にいるソカにゆっくりと視線を移した。




―――それは、舞台が始まりすぐのことだった。


「テプトさんの台本を差し替える?」


ソカの提案に、ランドールは驚いた。


「ええ、彼には台本は不要ですから」

「不要……彼は舞台の経験でも?」

「ないと思いますけど」


あっけらかんと言い放つ彼女に、ランドールは口を開けたまましばらくは言葉を発する事ができなかった。

この少女は、何を考えているのだろう? 迷いのない目で、まるでそれが当然のように、どうしてそんな事を言うのだろうか?


「台本は役者にとって基本となるものです。その基本を取ってしまっても良いというのですか? それなくして演技ができるというのですか?」

「いいえ。そうは思いません。だけど……もう舞台は始まってしまってます。台本を読み込む時間はありません。それに、彼には最初から演技なんて無理だと思います。今まで……彼の表面的な人柄に騙されてきたこともありましたけど、結局そういった嘘の部分を彼は貫き通すことができなかったし」


最後の言葉はランドールにとってわからないことだったが、テプトが演技ができない者だということは理解できた。


「演技ができないのなら、なおさら台本が必用なのではないですか?」

「違います。演技ができないからこそ、台本は必用ありません」

「あの……私にはイマイチ理解できないのですが?」

「たぶん、彼のことは言葉で説明できません。ただ、彼は決められたことにとても執着をする人です。そんな性格でもないくせに、取り決めだとか、ルールだとかを簡単に口にします。でも、彼はそんな事で縛れるような人じゃありません。いつも誰かの予想を越えて、夢物語のような結果を出します。それができるくせに、彼はいつも常人でいようとする。だから、最初からそれを取り上げてしまいます」


薄暗い中、ソカの瞳のには光が宿っていた。ランドールは、舞台に上がったテプトを見やる。その時は、覚えたセリフが曖昧なのか自信のない酷い演技をしていた。

そんな者が、台本なしで舞台に立てるとは思わなかった。


が、あまりにもソカは自信たっぷりに発言する。その瞳には自信というよりは、確信に近いものが見てとれた。


そんな瞳にランドールは弱い。年老いたからだろうか? 彼女の若さが眩しく思えた。それに対する嫌悪感はきっとこの場では不必要なものなのかもしれない。


「この台本は、冒険者ギルド本部より指示があってつくられた物です。それを蔑ろにすることはできません」

「……でも」

「しかし」


反論しようとするソカを、ランドールは制する。


「最も蔑ろにしてはいけないのは、お客様です。お客様にとって満足してもらうことが私たちランドール一座の使命。その使命を、台本を差し替えることによって達成できますか?」


ソカの表情に、笑みが戻る。

ランドールは彼女に賭けてみようと思ったのだ。どうせ、彼女たちなしでは開演などできなかったのだから。


「もちろんです。少なくとも、子どものお遊戯会ぐらいにはしてみせます」

「ふっふっふっ……言ってくれますねぇ」


ソカの冗談にランドールは思わず笑ってしまう。

そうして、テプトの台本だけが、急きょ差し替えられたのだ。彼女の指示によって差し替えられたのは、ダンジョンでの決戦部分。そこは、エノールの戦いやセリフが長く盛り込まれており、最後にはドラゴンと相討ちをするまでが書かれている。

そのページを彼女は、躊躇することもなく破り捨て、走り書きで簡単な事だけを書いた。

その様子は、周りで見ている者たちがドン引きするほど。



「団長……彼女、あの男に絶対の信頼を寄せてますけど、それって恋の盲目って奴じゃないですよね?」


団員の一人がランドールに話しかけてくる。


「私も、そうなのではないかと思っていましたが、彼女の目はそんな感じではありませんでしたよ。もしも、盲目だったのなら、それを見抜けなかった私こそ盲目なのかもしれませんね」


ランドールは舞台上を見続ける。鳴り響く太鼓の音と流れる音色だけが、止まってしまった演技を繋ぎ止める唯一の救いだった。



そして。



「エンバーザ!!」


舞台が突然、強い光によって見えなくなる。その光の強さに誰もが目を閉じた。その閃光が収まったのを予期してからゆっくりと目を開くと、舞台上には炎に包まれた剣を持つテプトの姿があった。



―――――――




ソカが「やっちゃえ」と言ったことで、俺は演技することを止めた。そして、今の状況を打破することだけに集中をする。

もしも、この状況を打破するのであれば、必用なのは当然力だ。

それも、ドラゴンを上回る程の力。


(だったらこれしかないよな)


俺は剣を高く掲げて、それを素早く空間魔法によって、とある剣と入れかえる。俺が持つ最高の剣、『エンバーザ』と。


その名前を口にして魔力を込めると、エンバーザは強く燃え上がった。それも、直視できぬほどに。


(強すぎたか?)


魔力を調節して火力を抑える。爛々と燃え上がるエンバーザは、変わらずその手にあった。


「ちょっと! 熱いんだけど!」


熱気に耐えかねたソカが文句を言ってくる。


「我慢してくれ。すぐに終わらせる」


そう返して、軽く二人の前に飛び出すと一気にエンバーザをドラゴン(作り物)に向かって振り抜く。


バキッ。そんな音と共にドラゴンの顔が壊れ、炎によって燃え上がった。

建物を埋め尽くさんばかりの叫び声があがる。その炎が舞台だけではなく建物までをも燃やし尽くしてしまうと思ったのだろう。その悲鳴へ舞台裏からも聞こえた。


「消火、と」


水魔法のシールドを炎を包み込むように展開し、鎮火させる。

壊れたドラゴンの破片の中で、ずぶ濡れになったローブ野郎がひきつった笑いを浮かべながら沈黙している。


「さぁ、これでドラゴンはいなくなった。おとなしく降参してもらおうか」


一際大きな声で、未だ炎の残影を残すエンバーザをローブ野郎に向ける。混乱が起こりつつあった客席が徐々に静まり、困惑の色が所々で広がりを見せた。


「事故じゃないのか?」

「ばか言え。事故だろ?」

「でも、続いてるわよ?」

「演出……だったの?」


かまわずにローブ野郎を見続ける。

もうストーリーなど関係ない。俺の台本には何も書かれていなかったからだ。


「クッ……クックッ」


これはさすがに降参するしかないだろう。その後の展開など知らん!


だが。


「さすがですね……やはりドラゴンごときではあなたを倒すことはできそうにありませんよ」


ローブ野郎は降参しなかった。むしろ、ひきつった笑みをさらに深くして、喜びにも見える表情でこちらに向き直った。


「クックックッ……ならば、奥の手です」

「……奥の手?」

「仕込んでおいた甲斐がありました。はぁぁぁ!!」


ローブ野郎は叫びながら片手を地につけた。その途端、舞台上には奴の手を起点として光の線が走った。その線は円になりその中に複雑な模様を描いていく。


「なん……」


バキッ。そんな音が足下から聞こえ、咄嗟に視線を向けると巨大な石の塊が舞台を突き抜けて襲いかかってきた。


「うおっ!?」


それをバックステップでかわす。


「きゃっ!」

「すいません! セリエさん!」


後ろにいたセリエさんとぶつかってしまった。それから、床を突き抜けて出てきたその石の塊に視線を戻すと、それは瞬く間に舞台上を這って全貌を舞台上に晒す。


蛇。しかも、石でできた蛇である。その体長は二メートルほど。赤く光る目玉は、まさに魔物のそれだった。だが、こんな魔物は見たことがない。


「……こんな仕掛けまであるのか」

「あるわけないでしょ! あれは別物よ!」


セリエさんが耳元で叫んだ。


「クックックッ……驚きましたか? これは魔物と戦うために私が造り上げた人形です」


ローブ野郎が得意気に話す。その手には光を放つ指輪が嵌められていた。


「魔物を作り上げる研究というのは昔からありました。ですが、そのどれも失敗に終わっています。こいつは魔物ではありませんが、魔石を核として動くことが可能となった存在。いわば、疑似魔物。人を襲うことはないですが、魔力を媒体として活動するため、魔力を欲する暴れん坊なのですよ……クックックッ」

「お前は……またそんなものを」


ため息が出そうになった。こいつ……全く懲りてないな。


「クックックッ……ここにいる者の中で魔力が一番多いのはおそらくテプトさん、あなたです」


石蛇が赤い目玉を俺に向けた。いや、正確にはエンバーザに。エンバーザの炎は俺の魔力を燃料としているため、剥き出しの魔力に反応しているのだろう。


「さぁ、楽しいパーティーはここからですよ!!」


石蛇が吸い寄せられるように俺へと向かってくる。エンバーザを振るおうと思ったが、後ろにいるセリエさんが邪魔だった。


(仕方ないな……)


「セリエさん、失礼します」

「えっ? ちょっ! テプトくん!」


セリエさんを素早く抱き上げ、ソカに顔を向けた。


「ソカも避けろ!」

「わかってる……わよっ!」


俺とソカはその場から跳んで、石蛇の攻撃を回避する。再び舞台上が壊れる音が聞こえ、石蛇が舞台の下に潜ってしまった。


「ちょっと! あいつなんなの!?」

「悪気はないと思う。許してやってくれ」

「悪気しか感じないんだけど!?」


言い合っていると、床下から振動を感じた。嫌な予感がして横に跳ぶと、俺がいた場所を石蛇が下から貫いた。


(舞台が……)


着地して見回すと、舞台には修復の難しい穴がいくつも空いてしまっている。


(客席は……)


観客席を見ると、先程の混乱が嘘のように皆座ってこちらを観戦していた。


「すげぇな!」

「迫力満点だわ!」

「事故かと思ったが、これも仕掛けなのか!」


……。


(うん、逆に良いのか……な?)



取り合えず、このままでは取り返しのつかないことになるため……いやドラゴンを壊した時点で取り返しのつかないことになってしまっているのだが、場を収めるために石蛇の破壊を優先することにした。


「ちょっと! テプトさん! これは一体!?」


ランドールさんが、何人かの団員と共に舞台袖から俺を呼んだ。舞台裏も予想外のことに混乱しているらしい。


客席は興奮し、舞台上は戦場と化し、舞台裏は混乱し、まさに混沌の世界がつくりあげられていた。


「なんだよ……これ」


シュール過ぎる状況に、思わず吹き出しそうになる。


「だが……やりやすいな」


もはや演技などという次元の話ではない。やらなければ、やられる。そんな当たり前の出来事が目の前にはあった。


ローブ野郎は本当に悪気はないのだろう。ただ、演技に熱が入ってしまっているだけなのだ。

ソカが台本を差し替えたのは、何か考えがあってのことなのだろう。

客は都合よく現状を解釈して、好奇の目を俺達に向けている。


もはや、秩序など存在していなかった。

存在しないなら、俺がそれを守る必用もない。俺も俺がやりたいようにやるだけだ。


「セリエさん、ここにいてください」

「……あっ……はい」


彼女をその場に下ろして、俺は舞台の真ん中に躍り出る。


「『エンバーザ』」


そう呟くと、エンバーザはさらに魔力を吸い上げて燃え盛った。それに反応するように、石蛇が床を突き破って姿を現す。


「……なんだよ」


そしてエンバーザを振り上げて襲いくる石蛇に向かって振り下ろした。


「マジでダンジョンみたいじゃねーか」


バラバラと目の前で壊れる石蛇。戦闘は呆気なく幕を閉じた。


「急いで幕を閉じろ!!」


ランドールさんの指示により、舞台の幕もすぐに閉じられた。

散乱する瓦礫、穴の空いた床。酷い惨劇の中、第二幕はこうして終わりを告げたのである。
















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