十八話 適正ランク試験(後半)
男の剣捌きは速かった。が、対応出来ない程じゃない。要所要所で、フェイントを使ってからの渾身の一撃は、当たったらとても痛そうだった。が、対応出来ない程じゃない。魔法での攻撃も、よく練習したのか、実戦で培ったものなのか、発動速度は並みではなかったし、威力も十分だった。が、対応出来ない程じゃなかった。
なんだ、全部対応出来るじゃないか。まぁ、それは当然か。俺はCランク冒険者だったのだ。今現在、Cランク試験を受けている彼に負けるはずがない。
「……なんで当たらない?」
おっと。この動揺は減点かな?それでも彼には、Cランクの依頼を受けるに値する実力が備わっているようだった。
合格かな?守りに徹していた俺は、彼の攻撃を避けながらそう思った。
あとは敵わない相手と対峙したとき、どう対応するかだ……が。
俺は、彼の攻撃を避けた後に、すぐさま攻撃した。
「ぐっ!?」
咄嗟に剣で防がれる。反応もいいな。男はヤバイと思ったのか、そのまま距離を取るために後ろに跳んだ。だが、着地の瞬間に俺はその距離を詰めて胸ぐらを掴み上げた。
「なっ!?うっ……」
彼の足が地面につくことはなかった。
「さっきの威勢はどうした?」
「うぅ……お前……本当にギルド職員…か?」
苦しそうに声をあげる彼は、それでも怒りの表情を続ける。
「このまま降参すれば許してあげよう。だが、続けると言うなら容赦はしない三秒いないに答えろ」
男は歯軋りをする。葛藤しているのだろう。
「3」
男は何も答えない。
「2」
その時、男の顔が少しだけ歪んだ。笑ったのだ。
「1」
「だれが……降参するかよ」
そして男はペッと唾を吐いた。その唾液が俺の頬にあたる。その心意気は認めるが、それは一番やっちゃいけないだろ。
俺はそのまま彼を締め上げた。男は気絶してしまう。弛緩した体をゆっくりと地面におろす。それから男の服で唾液を拭き取る。いや、だって制服汚したくないし。
最後の行動はダメだったな?冒険者の素養としてはかなりのものだが、ギルド側としては降参してほしかった。どんなに苦汁を飲まされても、生き残る選択をしてほしかった。まぁ、でもそんな選択をする冒険者が上を目指せるとも言い難い。Bランクより上の冒険者は、大抵強情で身勝手で、自分の意思を簡単に曲げたりしないものだ。
ということは、この男はまだDランクで、もっと実力をつけてもらう必要がある。その固い意思を貫き通せるだけの、確かな実力を。
そう結論づけて俺は立ち上がった。ふと、気になって周りを見渡す。
そこには、唖然とした表情を見せる冒険者達がいた。その中には、鋭い目つきで俺を観察する者もいる。
「……あなた、強かったのね?」
振り替えると、ソカも同じように俺に突き刺すような視線を送っていた。警戒しているのが分かる。
「俺は元冒険者だったんだよ。ランクはCだったけどね?」
「なるほどね。……彼が勝てなかったのも納得だわ。でも冒険者だったのならなぜ?」
「なぜ……とは?」
「なぜ、憎むべきギルド職員なんかやっているの?」
なぜと言われたら、理由なんて一つしかない。
「俺は万能型なんだよ。それ以上はランクをあげられなかったんだ」
そう答える。すると、ソカは面白そうに笑いを浮かべた。
「へぇ。……あなた万能型だったんだ?それで、ギルド職員に転職したって事なのね」
「そういうこと。それに俺はギルド職員を憎んだりしていなかったから、あまり抵抗はなかったかな」
「……あなたが所属していたギルドは良いところだったのね」
「そうかもな?とりあえず無理な依頼を冒険者に押し付けたりはしてなかった。そして、冒険者ギルドとは本来そうあるべき所だ」
その言葉に、ソカは一瞬驚いたようだった。
「あなたは『違う』といいたいわけ?」
「違うもなにも、無理な依頼を押しつけてた奴が間違っているんだ。俺はそんなことしないし、無理なら絶対に受けさせない」
「たった今、そこの冒険者を締め上げておいてよく言うわね」
「これは試験なんだ。彼がCランク冒険者として相応しいかを見ただけだ」
「結果は?」
「後日発表する。それよりも、今度は君の番だよ?」
「……そのようね?」
次の瞬間、ソカは木の剣も持たずに俺の背後に回り込んだ。何するつもりだ?そう思っていると、いきなり後ろから抱きついてきた。
「じゃあ私をBランクにあげて?」
耳元でソカが囁く。背中にはなにやら柔らかい物が当たった。そして、俺のスキル(魅惑抵抗)が発動したのを感じた。
こいつ、スキル(魅惑)持ちかよ。……通りでバリザスのおっさんが簡単に墜ちたわけだ。
冒険者は普段魔物と対峙しているので、対人スキルをあまり取得していない。というか、そういうスキルを持っている奴等は、普通冒険者になどならない。暗殺者か、軍の偵察部隊に入ったりするのだ。俺は万能型のため、そういった対人スキルもほぼほぼ網羅している。良かったぁ。
「じゃあ、誘惑じゃなくて、実力で示してほしいな?」
そう言い返すと、ソカはすぐに離れた。
「なによ。そんなスキルまで持ってるの?あなた本当に何者?」
「ただのギルド職員だよ」
「これは厄介な人間が来たものね?」
「俺も驚いている。厄介な冒険者もいたもんだ」
ソカは木の剣を手にすると、構えた。だが、俺は知っている。こういった輩は、まず正面から勝負を仕掛けてこない。何かしら策を練り、相手の裏をかくことに特化しているからだ。ソカはその典型だと思う。
しばらくは、ソカからの攻撃が続いていた。剣術はそんなに悪くない。だが、そこまで速さもなく、重いわけでもない。そして、俺が反撃したときだった。その攻撃がいとも簡単に入る。彼女は苦悶の表情を浮かべて膝をついた。あれ、避けられない速度じゃないんだが?そう思った瞬間、突然横から木の剣が迫ってきた。……そういうことか。
その攻撃を俺はすぐに防御する。なるほどな、スキル(騙し討ち)か。みれば、先程攻撃を受けたはずのソカが、無傷でそこにいた。
「これを狙っていたわけか」
「あら、とんでもない反応速度ね。それとも見抜かれた?」
「両方かな?」
そう答えると、彼女はフッと笑って、いきなり木の剣を投げた。
「ダメね。あなたには勝てそうにないわ。私降参する」
そう言って彼女は両手をあげた。
「まだソカの実力を全部見ていない。そうなると判断不足となるから、この試験は失格になるぞ?」
俺も木の剣をおろす。
「こんな大勢いる前で実力を全部出したら、これから先やっていけないもの」
彼女は肩をすくめて言った。確かにそうだ。
「ランク試験はまたの機会にするわ」
そして、ソカは訓練場の出口に向かって歩きだした。自由だな。ため息をつきそうになる。彼女は俺とすれ違った後、「あぁ、そうだ」と呟きながら首だけ振り向いた。
「さっきあなた、自分は『違う』って言ってたわね?」
「ん?……あぁ」
「だったら見せてよ、私達が思っているギルド連中じゃないってことをさ」
「もちろん」
「あと、一応は認めてあげる。昨日のことも何か理由があったのでしょう。それに捕まった奴、私元から好きじゃなかったしね」
それだけ言い残して、ソカは行ってしまった。
本当に自由な奴だな。
こうしてランク試験は終わった。今回の合格者は0人。まぁ、近いうちにまた試験は行われるだろう。その時は、審査官として、悠々と戦いを見ていたいものだな。