第二幕 『ダンジョン』1
新しく舞台に設置されたのは、祭壇のようなものだった。見た目からは石造りであり、ものものしい雰囲気を醸しだしている。
第二幕のダンジョンシーンである。
長旅の果てに、このダンジョンへとたどり着いたエノール、アスカレア、ライアルトは、最下層を目指していくこととなる。が、最初はお約束というかなんというか、魔物にボコボコにされて戻るというのが最初のシーンであった。
俺は意気揚々と舞台に上がり、ダンジョンの魔物と戦っていく。このシーンでは、台詞はあまりなく戦闘アクションの演技が求められる。台詞が少ないのは俺にとって嬉しいことであるため、魔物役の人たちを次々と魔法や剣技によって倒していく。大切なのは魔法の演出。そこは、舞台裏の人たちと短いながら入念に打ち合わせを行った。
ただ一つ、不満なことといえばエノールの数少ない台詞が痛すぎるくらいだろうか? 「俺が二人を守る!」「この建物に蔓延る魔物は、俺が倒して見せる!」などと大言を吐いておきながら結局強くなっていく魔物に勝つことができず、退却を余儀なくされるのだ。なんとも情けない男である。
それでも、敗北を知るまでエノールはアスカレアとライアルトが棒立ちをしている中、一人だけ魔物へと向かっていく。それは、エノールの強さを見せつける唯一の場面であるため、かなり派手な演出が用意されていた。
はっきり言って気持ちよかった。スポットライトが俺だけを照らし、次々と現れる魔物役を倒していく。
あるときは長ったらしく回りくどい言い回しにて強力な魔法を放ち、あるときは華麗にステップを舞い剣技を放つ。薄暗い舞台上で、魔法の光と剣の反射が素早く煌めいて、その度にさざめくような歓声が上がった。舞台は俺の独壇場と化し、観客の視線は動き回る俺のみに集中する。
そんな至福とも思える時間はやがて終わりを告げ、打ち合わせ通り強大な魔物に敗北を喫した俺は、アスカレアとライアルトを連れてダンジョンな外へと逃げ帰る。舞台を照らしていた薄暗い灯りは暗転の後、今度は緑色の灯りに変わった。ここまでくると俺の出番はしばらくない。
アスカレアとライアルト、二人だけの場面になるからだ。
「お疲れ」
「お疲れ様」
ダンジョンのシーンを終えた俺は、ソカとセリエさんに笑顔で声をかけられた。これから二人は、再び舞台に上がるというのに余裕の表情を浮かべている。一旦舞台袖に退いて安堵している俺とは大違いだった。
「ありがとうございます。二人とも頑張って」
俺はそう言って笑顔を返した。こうしていると、二人とも肝が座っていることを如実に実感する。
そして、場面は『精霊の森』へと移った。
「あぁ! 私はなんて情けないの! エノールの足手まといににしかなっていない!」
嘆きながら舞台に上がるセリエさん。それを追いかけるようにソカも続いた。
「そんなことはわかりきっていたこと。私たちには、魔物を倒すほどの力はない」
「あの日あの時、エノールは私を助け、これからも守ると誓ってくれた。でも、それを見続けることしか私にはできない。この歯がゆさをどうするば良いの?」
「それは私も同じ。絶対に足手まといにはならないと言ったくせに、私は彼の戦いを邪魔するお荷物でしかない。それなのに、彼はそれを言葉にしない。邪魔だと言わない。そのことが逆に私を苦しめる」
「私にも力があれば良いのに!」
「彼を支える何かがあれば良いのに」
ソカとセリエさんが交互に気持ちを吐露していく。すると、半透明の衣装に身を包んだ人たちが舞台に上がり、彼女たちを取り囲む。
「なに? あなたたちは?」
「魔物? いや、でもそんな感じじゃない」
その半透明の衣装は、灯りを吸収し仄かに光っているようにも見える。彼らは精霊である。
「迷える者たちよ。お前たちは導かれた」
その精霊の一人が声をだす。低く、くぐもるような声だったが、はっきりと聞こえた。
「私たちが……」
「導かれた……?」
戸惑いの演技をする二人。
「そうだ。ここは『精霊の森』。精霊が住まう神秘の森。スキルを極めた者だけが入ることのできる神聖な地」
「ここが……」
「精霊の森……」
精霊の森とは、アスカレア王国北部にある実在の場所である。そこは神秘の森とされ、王族などしか立ち入ることを許されていない。
そこには、古くより伝わる言い伝えがあった。
『スキルを極めし者だけが入れる』
『精霊と契約を結ぶことのできる地』
それらは、特殊魔法の一つ『精霊魔法』へと通ずる森である。
俺は冒険者時代にその森に無断で立ち入ったことがある。そして実際に精霊と会ったことがあった。もちろんその目的は『精霊魔法』を会得するためだったのだが、この魔法には一つ問題があった。
それは、精霊と契約を結ぶことにより、たった一つの属性しか使えなくなるということである。精霊にも属性というものがあり、その精霊と契約を結ぶことにより『精霊魔法』を使えるようになる。だが、そうすることで他の属性は使えなくなってしまうのである。それでも、『精霊魔法』の効力は絶大であるため、喜んでそれを選択する者もいるだろう。
もちろん、この契約はそう簡単に行うことはできない。精霊と契約する条件には、その精霊が望むスキルを極めていなければならないらしい。
故に、魔力を持たぬ人でも魔法が使えるようになる唯一の方法として、『精霊魔法』は特殊魔法の一つに数えられた。だが、『精霊の森』には強大な魔物たちがわんさかといるため、実際には精霊と会う前に息絶えてしまう。その昔、『精霊魔法』を会得しようとした多くの人たちを死に追いやったのが『精霊の森』でもあった。
(まぁ、ちゃんとスキルを極めていれば簡単に会えるんだけどな……)
その時俺は、一人の精霊と出逢いこの知識を教えてもらった。どうやら、その精霊が望むスキルを俺は極めていたらしい。だが、他の属性が使えなくなるという事を聞いて契約を断ったのだ。
その際に、精霊に関する知識や精霊たちが使う言葉を教えてもらったのである。
そうこうしていらうちに、ソカとセリエさんは精霊から新たな力、『精霊魔法』を授かった。強い光が舞台を包み、彼女たちはエノールのために戦うことを決意する。
そして舞台は再び、ダンジョンへと移っていくのである。
・精霊の森
アスカレア王国北部に位置する森。神秘的な森とされ、許された者にしか入ることができない。
ミーネさんがバリザスに入ってみたいと語った地でもある。
……第二章 九話「説明会(後半)」 参照
・精霊の言葉
以下などがある。
『我が同胞よ(シー・メーン)』
一章、テプトが魔物の森の池にて精霊を呼び出すときに使用。
『良き旅を(ラバル・リィー)』
同じく一章で精霊に告げた言葉。さようならの意味となる。
『我を守れ(シー・フィール)』
一章、ダンジョンのダークドラゴン戦にて使用。言葉自体に力があるため、言葉を発するだけで魔を払うことができる。分類としては『精霊魔法』に相当。だが、契約を結んでいないため効果はたかが知れている。