『旅立ち』3
「「なぜ、こんなことに」」
老人が舞台から去った後、俺とセリエさんは絶望に暮れる演技をする。
「私は皆のために生け贄となったのに」
「俺はアスカレアのために戦ったのに」
大げさに天を仰ぎ、それから頭を垂れる。セリエさんは問題ないのだが、俺は胡散臭さが抜けきれずわざとらしい演技になってしまう気がする。それは、誰に言われることもなく俺自身がそう思ってしまっているだけなのだが、どうもその違和感が下手くそさに拍車をかけている気がした。
演じらなければ、入り込まなければ、そう思えば思うほど「こんなわけないだろ」という感情が横槍を入れて俺を苦しめる。
絶望の演出は思っているよりも長く、やればやるほど俺を絶望させた。我慢できずに客席の様子を窺うと、不思議そうな目をしている子供と目が合う。それがさらに追い討ちをかけた。
(……いつ終わるんだよ)
ここはエノールとアスカレア、ライアルトたちの重要なシーンらしく念入りに尺を取ってあった。念を入れすぎて、俺には到底こなしきれていない。その余った部分が残ってしまい、文字どおり残念な演技を披露してしまう。それでも演じなければならない状況は、まさに拷問といえよう。
「待ちなさい。私も行くわ」
ようやく現れたライアルト……もといソカ。その衣装はあまりきらびやかではなく、質素な佇まいをしていた。そんな彼女の前に、俺は立ち塞がる。
「お前には罪はない。戻れ。ライアルト」
「嫌よ。私もついていくわ」
そう言いきるソカは、演技というよりは普段の彼女に近い。
「ダメだ」
「なぜ?」
「ここから先は未開の地。どんな危険があるかわからない」
「危険は承知しているわ。それでも行きたいの」
「どうして?」
「あなたが行くからよ」
ぴくりと、目の端でセリエさんが反応するのが見える。
……台詞が違う。それは俺にもわかった。
ここは、ライアルトが外に対する好奇心を語るところである。幼少からこの地で過ごしていたライアルトは、外の世界に興味を抱いていた。だから、エノールとアスカレアが追放された事をキッカケに自身も出ていこうと決めたのだ。
「俺が?」
思わずその言葉が口を突いて出てきた。
「そう。あなたは他の人にはない特別な力を手に入れた。それでアスカレアを救ってみせた。その事に私はとても興味を持ったわ。それに、あなたについていけば私は私の願いを叶えられるかもしれない」
「願い?」
「外の世界に興味があるの。私は一生この地に縛られて生きたくない。もっと自由に、私の好きなように生きたい。だから、それを叶えてくれそうなあなたについていくわ」
(おいおい……それって)
「自分の欲求ために、俺を利用するということか?」
「そういうことね。だから、退屈で死にそうな私を救ってエノール。絶対に足手まといにはならない」
「ダメよ!」
そう言って割って入ってきたのは、セリエさんだった。もちろん、そんな台詞もない。
「あら、アスカレア。随分と否定的ね?」
「ライアルト。あなたはこの地に留まるべきじゃないかしら。外はあなたが思うほど楽なところではないわ。そんな軽い気持ちなら行くべきじゃない」
「へぇ、エノールが追放されたのはアスカレアのせいじゃない? そんなことを言う権利があるのかしら?」
「権利とか、そういうことではないわ。危険だと言っているの」
「危険だから……私のことが心配だから、留まれって言っているの? 本当に?」
「えぇ、そう」
「なら、心配ないわ。私はあなたよりもエノールの役に立つ自信がある。守られてばかりいたあなたの方こそ、エノールや私を心配するなら止めた方がいいんじゃないの?」
「……私はエノールと追放されたのよ?」
「謝ればアスカレアは許してもらえるんじゃないかしら? 掟を破ったのはエノールだけよ?」
「でもっ! 私にもその責任はある」
「そして、その責任によってあなたはエノールをまた危険に陥れるのよ。それはわかってる?」
「うっ……」
セリエさんは唇を噛み締めた。というか、お前ら何をやってんだよ。
「勘違いしないで。私はあなたに対して怒っているの。なぜ、エノールがあなたを救ったために追放されなければならないの? それに今度は、危険な旅によってエノールを振り回そうとしてる。身勝手なのはどっち?」
「それは……だって」
「いい加減にしろ」
そこで、俺は喧嘩を止めさせた。これではいつまで経っても終わらないからだ。
「悪いのはアスカレアじゃない。それを救おうとした俺だ。だが、その事に関して後悔はない」
「……エノール」
「ついてくるならきても良い。俺だって自分が望むことをした。そこについて俺は反論できない」
「じゃあ、ついていくわ」
「よし。それから、これからの旅では俺はアスカレアを守る。だから、彼女が守られることに関してこれ以上責め立てるのは俺が許さない」
「わかったわ」
「ついてくる以上、ライアルトにも役には立ってもらう。もちろん、俺はお前も守る。それで良いか?」
「いいわ」
そこでようやく話が一段落し、俺達三人は舞台袖にハケる。
「……おい、お前だって台詞覚えてないじゃないか」
ハケてすぐに、ソカに向き直った。先ほどあれだけ責められたのだから、今度は俺が責めたっていいだろう。
「そんなことないわ。ちゃんと覚えてたけど?」
その言葉に愕然とする。……じゃあ、アドリブ?
「お前のせいで三人ともギクシャクしたまま旅に出ちまったじゃねーか。最悪の旅立ちだろ」
「最悪? 追放された設定で今さら楽しく旅立ちなんかできるわけないじゃない。バカなの?」
あー……頭痛くなってきた。それは台本に言えよ。
「とにかく、やってしまったことは仕方ないわ。ほら、次の幕の準備をして」
「……わかりましたよ」
反論は認めないらしい。
「ごめんね? テプトくん。あまり、フォローできなくて」
「セリエさんのせいじゃないですよ。取り敢えず次にいきましょう」
「……そうね」
セリエさんは何か言いかけたが、それを飲み込んで笑顔で答えた。何を言いかけたのか気になったが、時間もないため聞かずにおく。
波乱の舞台は、まだ始まったばかりである。