十九話 第一幕 『旅立ち』1
「これは、ずっとずっと昔の話。人が国を築く前の物語。魔物に脅威は今よりもずっと強大で、彼らは生け贄を大地に捧げることで、その脅威から逃れようとした。始まりはいつも悲劇から始まる。そんな悲劇に私はーーー巻き込まれた」
セリエさんが喋りながら舞台にあがった。そこで俺の出番である。
(……早すぎるだろ)
そう思いながらも、走って舞台にあがり、セリエさんの元に向かった。
「アスカレア! なぜ! 君が生け贄にならなければならない!」
大袈裟な身振りでそう叫ぶ。痛い。初っぱなから台詞が痛すぎる。
「エノール。これは逃れられぬ運命よ! 私は人々のために生け贄とならなければならないの。それは私の使命であり、成さねばならぬ事。お願い、だからその怒りを静めて」
「……」
(ここから覚えてないんだが)
唇を噛み締めて立ち尽くす俺に気づいたのか、セリエさんが慌てて言葉を紡ぐ。
「あっ、あなたの怒りは分かるわ。許せないのでしょう? あなたにとって最愛の私が生け贄となることが! でもお願いだからその怒りを静めて、エノール!」
(やばい。俺が覚えてないせいで、アスカレアが自分のこと最愛の人とか言っちゃったよ……痛い奴じゃねーか)
俺は、なんとか台詞の端々を思い出して必死に繋げようとする。
「そうだ! 許せない! 君が生け贄となる必要がどこにある? 人々のためなど俺には関係ない! 君は俺のためだけに生きて欲しいんだ! 」
「……エノール。人々が魔物から逃れる術は、生け贄を捧げるしかないの! それとも、そんな私をあなたは救ってくれるの? だとしたらどうやって救うの?」
(……まずい。さっきの台詞で俺は、アスカレアを救って見せる! 的発言をしなければならなかったのに、これじゃアスカレアが『救って欲しいなー(チラチラ』ヒロインになってしまった)
「待っていてくれ、アスカレア! 俺は何が何でも君を救う! たとえ、悪魔と契約を交わしてでも!」
ガッシャーン。と音が鳴り響いて舞台が暗転した。ここからは、エノールが悪魔と契約を交わすシーンに入るはずだ。かなり台詞を省いてしまったが、うろ覚えなのだからしょうがない。
「……力が欲しいか?」
悪魔役の人が歩いてきて、再び照明が灯る。セリエさんは舞台裏に退いた。
「お前は!」
「私は人の欲を欲する者。そして、忌み嫌われる者。私はお前のような者を長い間待っていた。そして、お前も私のような者を待っていたのだろう? 私ならば、お前が彼女を救う手立てを授ける事が出来よう。そして、お前ならばその通り彼女を救うことが出来よう。だが、その代償としてお前が持つスキルを頂く」
「俺のスキルを?」
「スキルとは、人が何かを成すために身につけた物だ。それを手にするまでには多くの時間をかけ、ひたすらに習練を積んだはず。その努力の結晶とも呼ぶべきスキルを全て貰う。そうすれば、お前は今後、人との中で助け合い、役割を果たす事が出来なくなるだろう。だが、案ずるな、それだけで彼女を救うことの出来る力をお前は手にするのだから」
(……やばい。また覚えてない。この後どうやって力を得るんだっけ?)
仕方ないので、俺がエノールだったら、という定で会話を進めることにする。
「お前が、俺に力をくれるという保証がどこにある? あるならば見せて貰おうか?」
「……むっ!? ほっ、保証? ……ですか?」
悪魔役の人が取り乱した。そこで、間違ったのだと気づく。だが、言ってしまったものはしょうがないので、なんとか力を得る方向に持っていく。
「それを見せてくれるなら、喜んで契約しましょう」
「……むっ」
(頼むから、なんとかその力を見せてくれ。そしたら、すぐに契約するから)
その時、舞台袖に目をやると、ソカが怒りの表情でこちらを見ていた。その手には、炎が灯された松明……いや、ナイフのような物を持っている。
(……なるほどな)
俺は、悪魔役の人に視線で舞台袖を見るようアイコンタクトを送る。彼はそれに気づいて、そちらを見てから小さく頷いた。
「では、私の力の一部を見せよう。ハッ!」
そう言って悪魔役は、手のひらを掲げた。それと同時にソカがそのナイフを投げた。炎が灯ったそれが舞台を横切り、俺の横を通りすぎようとする。瞬間、俺はそれを掴んだ。
「なるほど! これがお前の力か! 確かにこの力があれば、魔物を焼き尽くすことも出来るだろう!」
その炎が灯ったナイフを上に掲げて俺は、精一杯の高笑いをする。
「気に入った! お前と契約を交わそう! 俺のスキルが欲しいならくれてやる! この力で俺は、アスカレアを救って見せる!」
ガッシャーン。その音が鳴り響いて、舞台は再び暗転した。その間に、俺は、舞台袖にはけた。
ーーーー
「ちょっと! 今の何? シナリオは頭に入れてって言ったじゃない!」
早速ソカが小言を言ってくる。
「……悪い。緊張していた」
「あなたが緊張するようには見えないんだけど? あそこは、素直に悪魔に従って力を得るところなのに、交渉を始めてどうするのよ?」
「……悪い。まずはそこを抑えないと駄目かなって」
「これは演劇なの。そんなことしてたら、いつまでたっても終わらないわ。それに、さっきのナイフは、魔法を演出する方法の一つなの。本当は、反対側の舞台袖で消火するのが普通なのよ」
反対側の袖を見ると、舞台袖に大きな板とバケツのようなものが用意されていた。おそらく、バケツには水が入っているのだろう。それを、一座の人たちが苦笑いしながら片付けている。
「それを舞台で掴みとって、挙げ句の果てに高笑いまでしちゃって……あなた完全に悪役だったわよ?」
「まさか、そんなカラクリだったとは……知らなかったんだ」
「私もここで使うつもりなかったわ」
「まぁまぁ、なんとか切り抜けたんだから良いじゃない」
セリエさんが止めに入ってくれた。
「……あなたを選んだのは私だしね」
ソカはそう言って、許してくれた。
こんなことで演劇を無事に終えることが出来るのだろうか?
俺は不安になりながらも、次のシーンの台本を急いでめくった。