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ギルドは本日も平和なり  作者: ナヤカ
規格外の最強と最凶 編
173/206

十七話 混乱

町の広場は、もうすぐ始まる演劇によってごった返していた。演劇は金持ちの娯楽というイメージが強いが、お祭りということもあり、皆つめかけたのだろう。舞台がある大きな幕の入り口では、チケットが必要であることを知らなかった人たちによってイザコザが起きている。整備員の人たちが必死に話をしているのが見えた。


「すごい人ですね」


ユナが人の群れに驚きの声をあげた。

俺は、セリエさんがいるはずの舞台裏。ランドール一座の馬車が留まっている所にユナと手を繋いで歩いていく。一度、セリエさんに挨拶をしておこうと思ったのだ。


「……これこれは、テプトさんじゃないですか」


不意に人混みの中から話しかけられた。見れば、そこにはローブ野郎が立っている。


「奇遇ですね。闘技場の方は終わったんですか?」

「えぇ、選手たちも全員意識を取り戻しました。一段落したので、少し町を観ていたのですよ……クックックッ」


ユナは闘技場に連れ帰っても問題なさそうだな。


「ここには演劇を観にきたんですか?」

「いえ。町を歩いていると、不審者だと間違われましてね? それが一度だけでなく何回もありまして……さっきも捕まりそうになったので、人混みの多いこちらへと逃げてきたのですよ……クックックッ」


(いや、そこは笑いどころじゃないだろ)


「……テプトさんは演劇を観に?」

「えぇ、セリエさんが出るので」

「クックックッ、そうでしたね。まさかギルド職員が舞台に出るとは、……羨ましいかぎりです」

「今から挨拶に行こうと思ってるんです」

「それは! ……私もご一緒しましょう」


舞台の裏まで人混みの中を進んだ。ようやくそこから抜け出すと、舞台の関係者だろうか? 荷物を持った人たちが忙しなく走り回っていた。


「……なんだか忙しそうですね」


ローブ野郎がポツリと呟いた。確かに、挨拶をして良いような雰囲気ではない。

戻ろうか。そう考えていた時だった。



「仲間を連れて町の観光とは、余裕だな? えぇ?」



何処から現れたのか、目の前にアルヴが現れた。


「……アルヴ」

「おいおい、そんな目で見るなよ? 試合はまだ先じゃねーか」


アルヴは、肩をすくませて見せる。


「……あなたは」

「誰かと思えば、試合前に長ったらしい話をしていた奴か。それに、小さい女の子を連れてのんきに観光か?」


バッとユナが手を放す。見れば、アルヴを睨み付けていた。


「誰ですか? この無礼な人は」

「闘技大会の選手だよ。……で、アルヴ。何の用だ?」

「ちょっと試していたんだ」

「試す?」

「あぁ。俺は、今極限まで魔力を抑えている。そんな俺がこれだけ近づいてもお前は気づかなかった。ということは、やはりお前の感知系のスキルは個人の認証じゃなく、魔力の探知に優れたものらしいなぁ?」


そう言って笑うアルヴ。彼は、俺のスキルを探っていたようだ。


「……それがなんだ? そんなことのために、俺に近づいてきたのか?」

「そんなことのため? 重要なことじゃねーか。お前は、俺がタウーレンに来るのをいち早く察知した。それだけの感知能力はおそらく他の奴には備わっていない。全ての行動は感じることから始まる。なら、この大会で俺の攻撃に対処することができるのはお前だけになるよなぁ? それを調べていたんだよ」

「……そうか」

「反応が薄いな。まさか、俺に勝つことを諦めたわけじゃないよなぁ? えぇ? 俺の思い通りにはさせないんだろ?」

「そうだ。お前の思い通りにはさせない」

「っつてもなぁ。見えないんだよなぁ。その努力の欠片も」


一つ一つの言葉に怒りが沸いた。

なんなんだ、こいつは。なぜ、わざわざ姿を見せた?


「用事が済んだならさっさと消えろ」

「へぇ……随分な口の聞き方じゃねーか。せっかく俺が忠告しに来てやったっていうのに」

「忠告だと?」

「あぁ。お前は俺には勝てない。もしもやりあうなら、今度は容赦しない。俺は、どう足掻いても勝てないくせに、突っかかってくる奴を野放しにしたりしない。叩き潰す。それだけだ」

「俺を殺すのか?」


その言葉に、ユナとローブ野郎がハッとする。


「それもあり得るかもな」

「そんなことはさせませんよ!」


ローブ野郎が大きな声を出した。


「……なんだよ。お前には関係ないだろ?」

「いいえ、関係あるのです。なぜなら、私はテプトさんのなっ、ななな仲間だからです! ……でっ、ですよね? テプトさん」


最後、不安そうに顔をこちらに向けるローブ野郎。それに、肩の力を抜いてから頷いてあげた。彼の口元に笑みが浮かぶ。


「それに、闘技場には私の研究成果である月光草もたくさんあります。死人は出させません」

「そうです!」


ローブ野郎の言葉に、ユナも声をあげた。対して、アルヴは眉を寄せる。


「……研究? お前は研究員なのか?」

「えぇ、そうです」


その瞬間、頭の中で『気配察知』が自動的に発動する。それは、アルヴがタウーレンに来たときと同じ。俺は、魔力で彼を感知したわけじゃない。彼の異常なまでの殺気や悪意を感知したのだ。

警告の音が頭で鳴り響く。


「ひっ!」


ローブ野郎が恐怖におののく。これだけ至近距離で彼の気を当てられたら、それは俺じゃなくても気づくだろう。アルヴの顔は歪み、視線からは殺気を感じる。


「研究……員」


突然のことに、俺たちは動揺を隠せなかった。


(急にどうしたんだ?)


そう思った時だった。


ーーパキッ。


アルヴの指に嵌められている幾つもの指輪のうち、一つが割れて地面に落ちた。


(なんだ?)


なんとなく、嫌な予感がした。


ーーパキッ、パキッ。


その現象は、他の指輪にも起こっていく。


「がっ……ががっ」


アルヴが吐き出すような声をだす。その様子を呆然と見つめていると、指輪が全て割れて、今度はその手首に付けられていたブレスレットまでもが割れて落ちた。


「がっ! あぁあぁ」


咄嗟に、アルヴはその手を反対の手で押さえつけるように掴んだ。


「……手が」


ユナが呟く。そして俺も気づいた。先程まで指輪が嵌められていた指が、黒く変色している。血管が浮き出て、それは見るまに太くなっていった。

もはや、人間の手とは言いがたい物になっている。


「……おい! どうした!」


異変に戸惑いながらも俺は、アルヴに近寄ろうとする。


「がっぁぁ!」


そんな声を上げて、アルヴは俺を睨み付けた。眼帯が付けられていない方の目が、赤く染まっていた。体からは、発光する光の湯気が立ち上っている。


(あの瞳、あの湯気……まさか)


その瞳と湯気には見覚えがあった。赤い瞳は魔物の瞳。湯気は、ユナが以前『魔力暴走』を起こしたときに見たものと同じだった。


「……まずい」


すぐに魔力を抑えてやらねばならない。

俺は、アルヴに『魔力吸収』を行うため、手を触れようとしーーー。


「がぁっぁぁ!」

「うわっ!」


強い力で吹き飛ばされた。


「テプトさん!」


ユナが駆け寄ってくる。すぐに体を起こしてアルヴに視線を向けた。


「……なんだよ。それ」


そして、アルヴの姿に愕然とした。


「……なんなのですか。あれは」


ローブ野郎の声には恐怖の色がうかがえる。


ーーー異形。彼の姿はまさにそのものだった。


抑えつけていた方の腕は、肩から下が完全に魔物みたくなっている。その指からは鋭い爪が伸びていた。そして、そこから侵食するかのように顔の半分が硬い皮膚に覆われていた。その頭からは、角のような物が生えている。眼帯は完全に取れて隠れていた瞳が露になっていた。赤い瞳のなかに細い瞳孔が見える。それは、爬虫類を彷彿させる瞳。よく見ると、後ろに尻尾のようなものまで見える。


「嘘……だろ」


だが、驚いている暇はなかった。アルヴが歪に曲がった口を開ける。半分の歯が牙のように鋭くなっているのが分かったが、すぐにそれは魔力の光によって見えなくなる。

急速にアルヴの口の辺りに、目に見える程の魔力の塊が出現したのだ。その現象を俺は知っていた。ドラゴンがブレスを放つ時の現象だ。


それが本当にブレスかどうかは不明だが、もしもブレスならヤバい。

防御を取る体勢はできてはいなかった。


「チッ」


すぐに手をついた地面に魔力を流して魔法を発動する。アルヴの足元から、土魔法で作った刺が飛び出して彼の顔に当たった。ブレスを止めるためだ。


だが、アルヴは顔を横に逸らしただけで、ブレスを止めるまでには至らなかった。アルヴの口元から、電撃が放出され、それが奥の馬車と繋がる。あまりにも一瞬だったため、繋がったように見えたのだ。

物凄い爆音と共に、奥に停めてあった馬車が壊れた。誰かの悲鳴が、聞こえた。


「くそっ!」


俺は、立ち上がりアルヴに駆け寄った。そして、すぐに『魔力吸収』を施すため彼の体に触れる。


バチバチッ!


「ぐぁぁぁ!」


触れた手から、魔力と共に高い電流が体に流れ込んできた。俺は『雷魔法』を使えるため、それなりの抵抗はあったが、その電流は抵抗をはるかに凌駕すらものだった。

それでも、必死に『魔力吸収』を行う。だが、いくら吸収してもアルヴの体から際限なく魔力が溢れる。


それは、川の水を飲みほそうとするかのような感覚に陥る。


だめか。そう思った時。


『離れよ。人の子』


頭上から声がした。こちらに向かって、急速に迫ってくる気配を感じる。俺は手を離してアルヴと距離をとる。遅れて、強い強風が吹いた。砂が巻き上がり、思わず目を細める。


「きゃああ!」


ユナの悲鳴が上がる。

俺は、薄目を開けて確認する。そこでは、一匹のドラゴンが大口を開けてアルヴを食べようとしているのが見えた。風は、空から迫った衝撃をなくすために翼を羽ばたかせたものだろう。そのドラゴンは、アルヴが連れていたドラゴンだった。そして、ドラゴンは足を地面につけることなく、魔力暴走を起こしたアルヴをくわえてそのままもう一度翼を動かして天空へと舞い上がった。


一瞬の出来事。見上げると、既にドラゴンのシルエットは闇に紛れて見えづらくなっている。だが、その瞳は俺に向けられているのが分かった。


「なんなんだ! 一体!」


その瞳に向かって叫ぶ。だが、ドラゴンは答えずそのまま飛び去ってしまう。


砂煙が薄れていく。そこにはアルヴの姿はなく、腰を抜かしたユナとローブ野郎、そして、奥には燃える馬車が残された。


「どうした!」

「何事だ!」


呆然としていると、整備員や兵士たちがやってきた。


「これは……雷が落ちたのか?」


誰かの呟きが聞こえた。たぶん、ドラゴンの姿を見たものはいないだろう。アルヴはそのドラゴンが連れ去っていった。

今、この場を見たら、雷が落ちたと考えるのが普通かもしれない。


「すぐに消火しろぉ!」


その声でハッと我に返る。馬車の残骸を、炎が燃やしていた。

すぐに俺は水魔法を発動し、消火にあたる。現場には冒険者もいたようで、後ろから水魔法の塊が飛んでくるのが見えた。


辺りは騒然となり、一時混乱を呼ぶ。炎は残骸のみを燃やしていたため、すぐに消火できたが、混乱はなかなか収まることはなかった。


「テプトくん!?」


そんな中、その声に呼ばれてそちらを見やる。

セリエさんが立っていた。


「ちょうど良かった。来て!」


腕を捕まれて連れていかれる。そのまま進むと、地面に何人もの人が寝かされていた。


「……この人たちは」

「さっきの落雷による衝撃で怪我をしたみたいなの。魔法で治せない?」

「わかりました」


すぐに回復魔法をかける。それが終わると、俺は他に怪我人がいないかセリエさんに尋ねた。


「いいえ、幸い怪我人は彼らだけ。馬車には荷物だけだったらしいから」

「それは良かった」

「ねぇ、何があったか分かる? なんだか、落雷だとか魔物だとか情報が錯綜(さくそう)しているみたいなんだけど?」

「それは……」


先程の事を思い出して、ユナとローブ野郎を置き去りにしてきたことに気づく。


「ちょっと待っていてください。すぐに戻ります」

「えっ? ちょっとテプトくん!」


俺は、走って現場に戻る。二人はすぐに見つかった。まだ、腰を抜かしたまま動けないでいたのだ。


「おい、大丈夫か!?」

「え、えぇ。なんとか」


ローブ野郎は弱々しい声をだした。


「ユナちゃんは?」

「……」


彼女の目は虚ろで、何も答えなかった。


「ユナ!!」


大きく呼び掛け、ビクリと彼女は体を震わした。それから、ゆっくりと俺の方を見る。


「大丈夫? 怪我は?」

「……あの人、魔物みたいでしたよね?」


アルヴの姿。それは、魔物としか説明のつかないものだった。


「……それに、口から魔法を」

「分からない。アイツが何者なのか、俺も知らないんだ」

「もし……魔物だったらーーー」


その瞳は怯えていた。そこから、一筋の涙が流れる。


「私と……同じじゃないですか?」


その言葉に思わず固まってしまう。


「私の回復魔法は、魔物が魔力を吸収するのと一緒だって、テプトさんは前に言ってましたよね?」

「……あぁ」

「それは、私の祖先が……お母さんの祖先が魔物だったからだって教えてくれましたよね?」

「いや、それはあくまで仮説にすぎない。それに、人が魔物であるはずがない」

「でも、さっきの人は……魔物になろうとしていました」

「それは……」


否定できなかった。

ユナは地面についていた手を持ち上げる。その小さな手は、微かに震えていた。


「私は……魔物なんですか? お母さんは……さっきの人は……どういうことなんですか?」


それに対する答えを、俺は持っていない。


「ユナぁ!!」


その時、後ろから声が聞こえた。振り返ると、ソカが走って来るのが見えた。


「ユナ! どうしたの!? この騒ぎは何?」

「ソカ……さん」


駆け寄ってきたソカが、ユナの肩を抱く。それから、俺の方を向いた。


「なんでテプトが? どういうこと?」


頭が混乱してきた。アルヴが魔力暴走を起こし、ドラゴンがやってきて、ユナが戸惑って、辺りは未だ騒ぎに包まれている。


とりあえず、深呼吸をしてから頭の中を整理する。


(……優先すべきは)


「ソカ、ユナちゃん、説明は後だ。今はこの場の騒ぎを静めるのが先だ。向こうで怪我人が出た。ユナちゃんに診てもらっていいかな?」

「怪我人……わかりました」


まだ幼さを残す顔には、様々な感情の色が浮かんでいたが、俺の言葉を理解してくれたのだろう、「わかりました」と答えて立ち上がる。


「ソカは兵士と整備員たちに、混乱を静めるよう言ってきてくれないか? たぶん、冒険者も中にはいるだろうから、彼らと共に協力してくれると助かる」

「……わかったわ」


ソカも何か言いたげだったが、そう言って頷いてくれた。


「皆には説明をしなきゃならない。何が起こってるのか分からないから混乱しているんだ。その説明を二十分後にするから、聞いてくれる位に静めてくれ」

「うん」


「あの……私は何を」


ローブ野郎がおずおずと言ってきた。


「俺と一緒に、舞台裏に行きましょう。ユナちゃんも一緒に。怪我人はそこにいるから」

「わかりました」

「……舞台裏で何を?」

「演劇の中止をします」


「中止するの?」


ソカが聞いてきた。


「あぁ。こうなってはどうしようもない」


ソカの顔には、少し不満そうな表情が浮かんだ。


「でも、ここにいる人たちは、演劇を見に来たのよね? 突然中止にしたら、怒らないかしら?」

「怒るだろうな。だが、仕方ないだろ?」


ソカは何かを考えていたが、やがて「わかった」と、呟く。


「よし、それじゃあ行動を開始しよう」


そして俺たちはそれぞれの仕事に取りかかった。



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