表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギルドは本日も平和なり  作者: ナヤカ
規格外の最強と最凶 編
172/206

十六話 ユナと観光

昼過ぎになっても、人々は未だアルヴの一人勝ちの興奮に酔いしれていた。あまりにも圧倒的であった力の差に、彼の優勝を仄めかす発言まで出ている。


優勝を目指さなければならない俺にとって、それらはあまり良い気分ではなかった。


「テプトさん」


そんな俺に話しかけてきた人物。声のする方に目をやると、ユナが立っていた。


「あぁ、ユナちゃんか」

「なんだか、凄い騒ぎですね?」

「まぁ、ね。……何か用事?」

「はい! 実は、午後はお父さんと屋台とかを見て回るんです」


ユナは嬉しそうに言った。


「そうなんだ?」


そう返してから気づく。彼女は王都の薬学の学校に入るため勉強をしている。おそらく、外に出て遊ぶ時間も少ないはずだ。こうして遊ぶ時間は、彼女にとっては貴重なものなのだろう。


「所長は医務室にいるよ。一緒に行こうか」

「あっ……お願いします」


それから、ユナと共に医務室に向かう。が、所長がユナに言った言葉は、彼女を落ち込ませるものだった。


「すまん、ユナ。お父さんしばらくここに居なくちゃいけなくて、一緒には行けなくなってしまったんだ」

「……そうなの?」

「あぁ」


そのやり取りに我慢できず、俺は事情を聞く。所長は、困った表情を浮かべた。


「午前中に行った試合で、まだ意識を取り戻さない者がいるのです。彼らを放っておくことは出来ません」

「ここには、所長の他にも医療職員がいるじゃないですか」

「そういう問題ではないのです。私は診療所の所長としてここにいますから」


所長の言っていることは理解できたが、それではユナが可哀想だと思った。そんな彼女は、俺の服の裾を引っ張ってきた。


「テプトさん、良いんです。お父さんと一緒に回れないかもしれないことは、前々から言われてましたから」

「……ユナちゃん」

「本当にごめんな。明日は一緒に回れるかもしれないから」


所長の『から』という発言、裏を返せば明日も回れないかもしれないという言葉とも取れる。それをユナは分かっているのか、少し寂しそうな表情を残したまま、取り繕うように「うん!」と返事をした。


『テプトさん、よろしければユナと一緒に町を観てきてもらえませんか?』


所長がそんなことを耳打ちしてくる。


『いや、俺は……』

『ユナはずっと研究や勉強で、あまり外には出ていません。息抜きが必要なんです。ユナが、今日をどれだけ楽しみにしていたか……』

『ですが、ユナちゃんが本当に楽しみにしていたのは、きっと』


そこで服の裾をもう一度引っ張られる。見れば、ユナが俺を見上げていた。


「テプトさん、一緒に回ってくれるんですか?」


どうやら、聞こえていたらしい。


「あぁ、そうだよ。ユナ」

「ちょっと所長!」

『頼みます! テプトさん!』

「……」


服の裾を掴んでいたユナは、両腕を上げて喜んだ。


「やったー!」


『お願いしますよ……テプトさん』


その剣幕に、俺は頷くしかなかった。こうして、俺はタウーレンの町を彼女と共に回ることになってしまったのである。




「本当に俺で良かったのか? ユナちゃんは、お父さんとーーー」

「テプトさん。それは言わないでください」


闘技場を出てからユナにそう尋ねようとすると、彼女はそれを遮って、きっぱりと答えてきた。


「あまり……お父さんに不必要な心配はさせたくないんです」


ユナは言ってから笑顔を俺に向けてくる。

なんというか、改めて彼女の凄さに俺は感心してしまった。


「テプトさんこそ良かったんですか? 他に用事とかあったのでは?」

「俺は、闘技大会に選手として出るから、今日は非番扱いなんだ。それに……今は闘技場にいたくなかったから、ちょうど良かったよ」

「そう、なんですね」


ユナは深く聞いてはこなかった。また、気を遣ったのかもしれない。


「まぁ、タウーレンを観て回ることはしてなかったし、良い機会だ」


言い直して笑みを浮かべると、ユナは「ありがとうございます」と、頭を下げた。


(ほんと、出来た子だな)


俺は、頭をかいて苦笑するしかなかった。

それから俺は、ユナと共にタウーレンを観て回る。町の通りには様々な屋台が立ち並び、いつもとは違った空気を醸し出していた。ユナはそれに感心したり、驚いたりしていろんな反応を見せてくれる。それを眺めているうちに、いつしか俺も楽しめるようになっていた。


「そういえば、ソカさんとはどうなんですか?」

「ううん?」


突然ユナが聞いてきた質問に、思わず変な声を出してしまう。


「どうって、何がだ?」

「だから、お二人の関係ですよ。もうキスとかしたんですか?」

「ブホッ!!」


あまりの発言に、吹き出してしまった。


(なっ、何て事を聞いてくるんだ)


「……その様子だとまだのようですね? それと、最近ソカさんの機嫌が悪いのは、テプトさんが原因ですか?」

「ゴホッ!」


続けざまに放たれた言葉に、咳き込んでしまう。


「あー……やっぱりそうなんですね」

「ゆっ、ユナちゃん、どこでそんなことを覚えてきたんだい?」

「そんなことって何ですか?」

「だから、その……キス、とか」


自分よりも幼い子供相手に、照れた態度を取ってしまう。なんとか平常心をと心掛けたが、今の俺にはストレート過ぎて上手く返すことが出来なかった。

ユナはため息を一つ吐いた。


「テプトさん。私は、もう何も知らない子供じゃないんですよ? それに、生物が好意をもった相手を欲するのは自然のことです。その表れとして、粘膜を共有したいと思うのは至極真っ当なーーー」

「ちょっと、ストップ!」

「……なんですか?」


平然とした顔で小首を傾げるユナに、俺は少しばかりの恐怖を覚えた。この子は、どこまでそういった知識を有しているのだろうか? その先をユナの口から聞くのは、躊躇われた。


「ソカとは何もない。あいつの機嫌が悪い理由も分からない。だから、この話は終わりだ」


そう言って無理やり話を終わらせる。ユナは、怪訝そうに俺を見ていたが、今度ばかりは平然を保つ。これ以上聞かれたくなかった。


「まぁ、別に良いですが」


不満そうだったが、彼女はそれに同意してくれた。それに内心ホッとしてしまう。


「でも、ソカさんを泣かせたりしたら許しませんからね?」

「……わかったよ」


いつの間に、そんなに仲良くなったのだろうか? 俺は疑問に思いながらも彼女の言葉に了承する。

少しだけ予想外の会話があった以外は、概ね順調に観て回ることが出来た。屋台や新しいお店はタウーレンの大通りにたくさんならんでいて、今更ながらにこの闘技大会が町に与えた影響の大きさを知る。そして、ほぼ全ての場所を見終える頃には、日もだいぶ傾き始めていた。


(もう、選手たちは起きただろうか?)


そんなことを思う。


「ユナちゃん、俺は今から町の広場に行かなきゃいけないから、そろそろ終わりだ」

「広場って、噂に聞く演劇ですか?」

「そう。知り合いがその舞台に出るんだけど、観に行く約束をしているんだ」

「えぇ! そうなんですか! 凄いですね!」


ユナが驚きの反応を見せる。


「だから、闘技場に戻ろうか」


そう言ったのだが。


「演劇は観なくても良いんですが、一度だけ広場に建てられた舞台を見てみたいです!」


ユナがそう言ってきたのだ。


(広場に行ってから、闘技場に戻ると演劇に間に合わなくなりそうだしなぁ)


気がつけば、セリエさんが言っていた演劇開始の時間まで、一時間ほどしかなかった。


(まぁ、空間魔法を使えば間に合うか)


そう判断する。


「分かった。じゃあ、広場に行こうか」

「ありがとうございます!」


俺は、ユナを連れて町の広場に向かう。

不意に『俺はこんなことをしていて良いのだろうか』と、疑問の言葉が頭を過ったが、俺はそれをすぐに掻き消した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ