十五話 闘技大会開始
『さぁ! 闇のゲームの始まりでーーー』
闘技場には、ローブ野郎の声が響いている。彼が参加者たちの前で開会の挨拶をしているのである。それを流しめに聞きながら、俺は『企画部』の部屋に来ていた。そこは運営の部屋と化していて、ミーネさんや診療所の所長がいた。
「とうとうこの日がきたわね」
「お疲れさまでした。ミーネさん」
「その言葉は、大会が無事に終わってから言って欲しいわね?」
「そうでした。まだ、始まったばかりですもんね」
「えぇ、それにあの子が参加してるから尚更ね」
あの子、とはアルヴのことである。八年前の事件の時にはミーネさんもいて、そのことから彼女にも事情を話してある。
その時、ミーネさんは微妙な表情を浮かべていた。それはバリザスにも言えたことで、俺には分からない感情が二人にはあるのだろう。
そして出した結論は様子見。本人が問題を起こす気はないと言っている以上、こちらからは何もしないというのが三人で出した答えだった。それでも、何かしないわけにはいかず、今日は厳重に警備体制を整えている。特に、王族の周りには予定よりも多く警備を配置した。俺が闘技場にいるのは、彼の試合を見るためもあるのだが、何か起きたときの人員でもあった。その時に、アルヴに負けてしまった事をミーネさんに言ったが、彼女は平然として「あなたが止められないなら、もはや何をしても無駄よ」と、諦めとも取れる発言をしてきた。彼だけ出場停止にすれば、逆に何をしてくるか分からない。アルヴは、予想だにしていなかった危険因子だった。
『刃は人を傷つけます。ですが、その刃でしか分かり合えない戦士の友情と言うものがーーー』
「テプトさん、お久しぶりです」
部屋にいる所長が話しかけてきた。
「お久しぶりです。今日は忙しくなると思いますがよろしくお願いします」
「いえいえ、私たちはそれが仕事ですから。それに、急患用の手配もしっかり整えてあります。お陰様で月光草の方もたくさんありますから、即死でなければなんとかなると思います」
優しげな笑みを浮かべて物騒な発言をする所長。ミーネさんの顔がひきつる。
「しかし……あれだけの人数が、同意書にサインする光景は異様に感じますね」
闘技場の参加者には、死んでしまった時のための同意書にサインをしてもらっている。同時に、死人を出さぬよう主審の判断には絶対に従うことと、無為な殺人を犯さぬよう契約書にもサインをしてもらっていた。それを違えれば、観衆の目の前で犯罪者となってしまう。
「彼らには殺しを起こさぬよう契約書にもサインをしてもらっています。当然、こちらも死人を出す気はありません。何らかの事故により怪我をしてしまった時のため、準備も整えてあります。絶対とは言えませんが、俺たちに出来ることはやりましたよ」
闘技場は、新しく改築工事を行い、観客席に被害が出ないよう魔術式のシールドも取り付けた。全て、ローブ野郎の指示のもと。
『この日、タウーレンの歴史が変わります! その瞬間に立ち会える私の喜びが、皆さんには伝わるでしょうか? いいえ、伝えねばなりません! 今から喜びの舞をご覧にいれまーーー』
本人の歓喜の演説が、未だに闘技場に響いている。
「長いんだよ! ひっこめ!」
「お呼びじゃねーよ! 早く試合を始めろぉ!」
「こっちはお前のために金を払ったんじゃねーんだよぉ!」
やがて、そんな罵声も観客席から聞こえてくる。
(……何をやっているんだあいつは)
「たぶん、そろそろ試合が始まるから、テプトくんは観客席に行っていいわよ? 彼の演説で暴動が起きそうになったら、即刻引きずり下ろすよう警備兵に言ってあるから」
さすがはミーネさん。その辺りもバッチリというわけか。
「わかりました」
そう言って、俺は部屋を出た。
ミーネさんの言った通り、その後ローブ野郎は警備兵に連れていかれ、最初の試合が始まろうとしていた。
最初の試合とは、タウーレン外からの参加者で行われる生き残りである。
見れば、闘技場の噂を聞き付けてやって来た屈強な冒険者や騎士、兵士たちが集まっている。その中に、アルヴの姿も見つける。
おそらく、彼は生き残るだろう。あとの九人は、どんな奴が残るのだろうか?
チラリと観客席に目をやると、王様の姿も見える。その周囲には何人もの人がいて、ウィル王子もその中にいた。
「試合はじめぇ!」
不意に試合開始の鐘がなった。すぐさま視線を闘技場内に向ける。そこでは、参加者たちが自分の武器を用いて戦闘を開始しようとしていたのだがーー次の瞬間、バチバチッという音と共に、細い電気の線が試合会場内に流れた。その途端、彼らの動きが止まる。
(……なんだ? なにが起きた?)
会場内をよく見る。それから、唖然としてしまった。
バタバタと倒れる選手たち。中には、動こうとしてもがいている選手もいる。そして、その中で平然と立っている一人の男。
アルヴが、つまらなさそうに回りを見回していた。
「……一番弱くしたつもりなんだがな。これで終わりでいいか?」
離れた位置から見守っていた主審にアルヴが問いかける。
「しっ、試合中止! 怪我人を運べぇ!!」
主審は叫び、すぐさま駆けつけた兵士たちによって倒れている人たちが運び込まれていく。
(……嘘だろ)
その試合時間、ものの数秒。その数秒であっけなく勝敗が決まる。十人を選出するために行った試合は、乱闘になる前に、たった一人の男によって呆気ない幕切れとなった。
遅れて観客席から歓声が沸いた。あまりの事に、彼らにも事態が把握できていないのかもしれない。
俺は、すぐに彼らが運ばれた医務室に走る。そこには、動けなくなった選手たちが部屋を占領していた。その光景の中に、所長を見つけて駆け寄る。
「所長!」
「あぁ、テプトさん。心配しないでください。皆、一時的に痺れているだけのようです」
その言葉に安堵する。
「……ですが、しばらく戦うのは無理でしょう。まさか、開始早々こんなことになるとは」
「俺は……まだやれるぞぉ!」
部屋の中で、怒声が響く。見れば、立ち上がろうとしている一人の選手がいた。だが、その膝は震えている。
所長が首を振って、俺に向き直った。
「彼らの試合続行は、私が禁止します。私も試合を見ていましたが、これ以上戦わせるわけにはいきません。……今度戦えば、これ以上の事態になることは分かりきっていますから」
それが所長の出した結論だった。
急遽、試合の結果について、運営の部屋で会議が行われる。選手として参加している俺は、当然そこに加えては貰えない。そして、一時間ほどかけて行われた話し合いの結果、アルヴの一人勝ちが決定した。
タウーレン外の十人の枠は、アルヴ一人だけが決まり、タウーレン内の枠を九人増やすとの対応が発表される。
人々は、その展開の早さにただただ驚いていた。
これで、大会の内容約半分が終了……