十四話 闘技大会直前
闘技大会前日の夜。俺は、一度だけ戦ったアルヴを想像して一人剣を振るっていた。
あの日からアルヴを見ていない。話を聞きたかったが、いないことにはどうしようもない。
体は治っている。調子も悪くない。だが、どうしても彼に勝つためのイメージが浮かばなかった。こんなことは初めだった。こうして、剣を振るうことも長いことしていなかった。負けた日から毎夜剣の鍛練をしている。昔はスキルを覚えるのが楽しくてよくやっていた。だが、ある時を境にスキルを覚えなくなった。俺が修得できるスキルは、全て修得しきってしまったのだろう。
優勝しなければならない。今は、その理由だけが俺を突き動かす。だが、
もしかしたら神様のくれた能力とは、スキルや魔力を簡単に上げることの出来るものなのかもしれない。と、そう考えれば既に俺の能力はカンストしているとも考えられた。
(……そんなはずない)
だが、それは否定させてもらう。もしもカンストしてたら、これ以上の能力アップは出来ない。それはつまり、俺はアルヴには勝てないということになる。
(そんなはずない……そんなはずない……まだ……まだ)
俺は、必死で鍛練をし続けた。
ーーそのまま、大会当日の朝を迎えた。
俺は、タウーレンの町を出て、以前アルヴと戦った場所に行く。彼がくるのはそこだと確信していたからだ。そして、その予想は当たり、遠くから強い気配が猛スピードで迫ってくるのを感じた。やがて空にドラゴンのシルエットが浮かび、瞬く間にそれは大きくなっていく。
「……なんだよ。お出迎えか? それともまたやられにきたのか? お前」
ドラゴンがゆっくりと降りてくる。羽ばたく毎に風圧が俺に襲いかかり、まだ着地もしない内にアルヴは飛び降りて俺の前に立つ。無意識に歯ぎしりをしていた。
「過去のことはバリザスから聞いた。なぜ、今ごろになって姿を見せた?」
「なんだよ。バリザスは言わなかったのか? 俺は人間的感情を確かめにきただけだ」
「なんだよ人間的感情って。分かるように言え」
「たぶんわかんねぇだろうなぁ? お前じゃ。だから説明する気はねぇよ。それに、お前はそんなことに興味を抱いてるわけじゃないんだろ? 俺がタウーレンをメチャクチャにするんじゃないかと心配してるんだ。違うか?」
「……そうだ」
「なら、俺が言えるのは一つだけだ。俺は、何もしない。ただ、大会に参加して優勝をする。それだけだ」
「最強の称号を得ることは、お前にとって何の意味がある?」
「意味? 意味なんかねぇよ。まぁ、強いて言うなら、その意味って奴を捜しに来たのかもしんねぇなぁ」
アルヴの言っていることは、訳が分からなかった。
「まぁ、安心しろよ」
肩をポンと叩かれる。
いつの間にっ!?
「騒ぎなんか起こすつもりはねーからよ。面倒くさいことは、俺だってごめんだからな」
俺が驚いていると、アルヴはニヤリと笑った。その勝ち誇ったような笑みに、知らず知らずのうちに歯ぎしりをしていた。
「お前の思い通りにはいかない」
咄嗟に出た言葉が、虚勢であることは言った俺が一番分かっていた。それでも、何か言わずにはいられなかったのだ。アルヴはそんな俺を一瞥してから「楽しみだな?」とだけ言ってタウーレンに歩いていく。その姿を見ていることしか出来なかった。なぜ、こんなにも胸がざわつくのか不思議でならない。冒険者をしていた頃は、死ぬことが負けであると信じていたため、何とも思わなかった。まぁ、その頃は負けたことがなかったのは事実だ。だが、負けることを想像していなかったわけじゃない。それに、元いた世界ではずっと負け続けていた。その時はこんな感情などなかった。
(ダメだな、これじゃあ)
頬を叩いて冷静を努める。そして、姿の見えなくなったアルヴを追うように、俺もタウーレンに戻った。
闘技大会の行程は、参加する人数によって決められた。最初は、タウーレンの外から来た者たちに戦ってもらい、その中から十名を決める。その後、本選であるタウーレンの者たちが戦い、四十名を決める。これは、タウーレンの最強決定戦であるため、タウーレン外の者は二十%枠として参加させるためだった。
その決め方は勝ち残り方式。闘技場に参加者を全員集め、規定の人数に達するまで戦ってもらうのだ。
タウーレン外の参加人数は四十名ほど。
タウーレンからの参加人数は、倍の百名ほどいる。
そこから、タウーレン外十名、タウーレン内四十名を決定し、総勢五十名からトーナメント方式に変わるのだ。
初日は、タウーレン外の二十%枠を決める戦いが組まれている。アルヴもそこに参加するのである。彼は、一応タウーレン冒険者ギルドの冒険者であるため、内枠でも良かったのだが、それは八年も前の話だ。それにより、外枠に振り分けられたのである。
俺の出番は予定では明日。今日は外枠の試合を見て、夕方は町の広場で行われる演劇を見に行く。それは、セリエさんとの約束だからだ。
期間中の仕事に関して、俺は選手として参加するため免除されている。だが、そうなるとヒルだけに仕事を任せることになる。
「心配しないで戦いに集中してください」
彼はそう言ってくれたのだが、部長として顔は出しておこうと思い、冒険者ギルドに向かった。まだ、早い時間帯のため誰も出勤してきてはいないだろう。それでも、何かせずにはいられなかった。
「あぁ! 良かった。テプト部長!」
冒険者ギルドの前には、なぜかヒルがいた。ヒルは俺を見つけると駆け寄ってくる。
「どうした? こんな朝早く」
「実は、ウェル王子が昨日の夜に到着しまして、是非テプト部長と会いたいと言っているんです。たぶん、会えるのは今の時間帯だけですから、部長を捜しに来ました」
「いるのかどうかも分からないのにか?」
「なんとなく、ここにいるような気がしました」
その返答に呆れる。勘だけで俺を捜してたのかよ。それでも、こうして会えたということは、その勘はかなり鋭いのだろう。それとも、ヒルとはずっと追いかけっこをしていたため、そういった感覚が研ぎ澄まされたのだろうか?
「ウィル王子とやらは何処に?」
「領主の屋敷です。裏手に回っていただければ、そこにお連れします」
ヒルの上司であるウィル王子とは一度話をしたかった。それに頷いて彼と共に領主の屋敷にむかう。領主の屋敷は大きく、現在王族がいるせいか、警備も厳重になっていた。その警備兵たちの隙を見て、ヒルは当然のように塀を音もなく駆け上がり侵入する。
(それが本職か)
無駄のない動きに感心しながら、俺も後に続いた。茂みと茂みを経由して裏手回っていく。ヒルは一切振り返ることなく進んだ。まるで、俺がついてくることが当然とでも言いたげである。改めて、彼が俺のことをどう思っているのか聞きたくなった。
「ここで待っていて下さい」
「わかった」
そして、ヒルは屋敷にある窓を開けて中に入っていった。どうやら、そこの窓だけ開いていたらしい。
しばらく待っていると、窓際に一人の青年がやってきて風景を眺めるようにして肘をついた。
(彼がウィル王子だろうか?)
跳ねるような金髪に、まだ幼さを残す顔付き。瞳は赤く着ている服からは貴族を連想させた。
「出てきていいよ? テプト・セッテン」
青年が優しげな言葉を発する。どうやら、彼がウィル王子で間違いないらしい。俺は茂みから抜け出すと窓際に歩いていき、彼の前で膝まずく。
「ご招待ありがとうございます。ウィル王子」
「……君がテプト・セッテンか。思ってたよりも若いんだね? 元冒険者と聞いていたから、もっと歴年の戦士を想像していたよ。今日は来てくれてありがとう。もっとちゃんとした形で会いたかったんだけれど、僕はまだそういった立ち位置にいなくてね?」
「気にしていません。王族の方とお目通り叶うだけでもありがたいこと」
「うん、そう言って貰えるとこちらとしても助かる。君のことはヒルから聞いてるよ。……僕のことも彼から聞いているんだろ?」
「……はい」
「まったく、秘密をばらすなんて密偵失格だよねぇ。とも思ったんだけれど、あれはあれで優秀でね? 彼に秘密を話させてしまった君の方が凄かったというだけの話なんだ」
「……ありがとうございます」
「僕は彼を信頼しているから、彼が称賛するほどの君が、どんな人なのか一度見ておきたかったんだ。呼んだのはそういう理由かな?」
「なるほど。理解いたしました」
「……なんだか味気ないね。格式張った対面じゃないし、言いたいことは言って良いんだよ? 暴言を吐いたって構わない。それで罰したりなんかすれば、会ってたこと自体がバレてしまうからね」
俺は、下を向きながら呆れていた。
(……よく喋る王子様だな。だが、言いたいことを言っていいなら)
立ち上がって彼の顔を見据える。
「では、一つお願いがあります」
「なんだい?」
「ギルド解体の話はもう少し待ってもらえませんか?」
「それはダメだね」
ウィル王子は笑顔で即答した。
「……君のお陰で捕まえる事が出来たラリエスの連中だけど、たぶん、全員を捕まえたわけじゃない。組織を立ち上げた上の奴等は大事な資料と共に国外へ逃亡している。まぁ、国外へ逃げたところでどうにかなるわけじゃないと思うけど、今回捕まえた連中は彼らが戻ってきても良いようにラリエス復活の機会をつくろうとしていたらしい」
ウィル王子は急にそんな話を始める。
「これは連中が言っていた言葉だけど、ラリエスの真の目的は、『元在るべき世界の復活』らしいんだ。その意味は下っぱである彼ら自身にも知らされていないようだったけれど、一つ気になる発言があったんだ」
「……なんですか?」
「『冒険者ギルドは、元在るべき世界を阻害している』彼らは何も知らされていないくせに、それだけを豪語していたんだよ」
「冒険者ギルドが元在るべき世界を阻害している? どういう意味ですか?」
「さぁね? 僕にも分からない。だけど、冒険者ギルドが何か重大な秘密を抱えていることは、このことからも明白だ。そんな組織を野放しには出来ない。僕は、僕の国を作り上げる。そのためには、犠牲も仕方ないと思っているよ」
浮かべた笑みは朗らかに、だが、発言には狂気が混じっているように感じた。たぶん、彼はそのためならばどんなことだってするのだろう。
王族の人とは、皆そうなのだろうか? そう思うと怖くなった。
「冒険者ギルドにいる者たちも、国民なんですよ?」
そう反論すると、ウィル王子は笑みを深くする。
「じゃあ、君が彼らを救ってみせてよ? 聞いてるよ? この闘技大会に君が出場した目的は、それのためなんだろ?」
「王子は、それに賛成してはくれないんですね?」
「君も僕の考えには同意してくれないみたいだね?」
一瞬風が俺と王子の間を吹き抜けた。それは、互いの対立を現実化したように感じる。
「……わかりました。出過ぎた事を言いました」
「許す。言いたいことを言って良いと承諾したのは僕だからね」
「では。このタウーレンでの滞在が王子の良き思ひ出となることを願っています」
「うん。君も大会頑張ってね」
それから、王子は窓際から離れ歩いていった。待っていると、その窓からヒルが抜け出してくる。
「……勘弁してくださいよ。ヒヤヒヤしたじゃないですか」
「どうしてヒルがヒヤヒヤする?」
「あなたと王子との板挟みにされる僕の気持ちも考えてください。僕はどちらにつけば良いんです?」
「何言ってんだ。そんなのは好きにしろ。それに、王子も俺も最終的に行き着く先は一緒なんだ。彼は国のため、俺はギルドのため、総じて言えるのは、未来のためだ」
「未来ですか。……どうも現実味ありませんね」
俺とヒルは来たときと同じように屋敷を抜け出し、そこで別れた。ヒルは冒険者ギルドに、俺は闘技場に。
ようやく、日の光が町を照らし始めた。遠くで朝を告げる鐘が鳴っている。
おそらく、今日から五日間はタウーレンで最も騒がしい日々になるに違いない。そんな予感を胸に秘めて、俺は闘技場にむかった。




