十七話 適正ランク試験(前半)
ギルド学校時代、俺は最初『経理部』を希望していた。元の世界では学生をやっていたので計算には自信があったからだ。しかし、教師陣の強い薦めもあり、結局『冒険者管理部』を希望することになった。
理由として、俺はギルド学生時代、誰にも戦闘で負けたことがなかったからだ。それは、俺が本格的に冒険者をしていたことが理由としてあげられる。
『冒険者管理部』は、言葉の通り彼らを監督し、管理しなければならない。それを成すためには様々な事を要求されるわけで、『ある程度強くなければならない』、というのが暗黙のルールとしてあった。なぜなら、冒険者は強さこそが全てであり、それを持つものは無条件に尊敬されるからだ。
しかし、俺は疑問に思っていた。たとえギルド職員の中で最強だったとしても、冒険者の中ではどうなのだろうか?と。俺はCランクまでしか経験をしていない。そして、それよりも上のランクに位置する冒険者は数えきれないほどいるわけだ。そんな俺に、冒険者が求める強さなどあるのだろうか?
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俺は遅刻することなく、朝早くにギルドに出勤していた。本日は『適正ランク試験』があるからだ。無論、それも冒険者管理部の大切な仕事であり、冒険者管理部の大仕事とも言われている。
内容は簡単で、冒険者がそのランクに値する強さを持っているのかどうかを判断するだけだ。それは実戦形式で、模擬戦闘を行い判断する。冒険者の相手をするのは、ギルドによって決められた冒険者だ。条件はBランク以上であり、Bランクの依頼を30件以上こなした冒険者である。
そして、タウーレン冒険者ギルドでその資格を持つ者は5人しかいない。
Bランクに2人。
Aランクに1人。
Sランクに1人。
そして、ギルドマスターである。
本日の適正ランク試験ではギルドマスターのバリザスが相手をすることになっていた。
……のだが。
「ギルマスが来てない?」
「えぇ。まだ姿を見ていないわ」
ミーネさんの言葉に、俺は体の力が抜けるのを感じた。
「今日は適正ランク試験があることは知っているんですよね?」
「ええ。昨日伝えたわ」
なんだよあのおっさん。どういうつもりだ?
「試験は9時からですよ?もしも来なかったらどうなるんです?」
「多分延期ね」
「そんな馬鹿な!?」
俺は冒険者をしていた頃、適正ランク試験というのは、重要イベントだった。なにせその試験によって、今後の依頼やダンジョン攻略が大きく変わってくるのだ。皆、試験日に合わせて体調を整え、技を完成させてくる。そんな努力をしている彼等に、延期ですなどと言えるわけがないだろ。本当にあのおっさん元冒険者か?
「実は前回もギルドマスターはランク試験に間に合わなかったの」
そう言ったミーネさんの言葉に、ピクリと反応する。
「前回……も?」
「その時はあなたの前任者が、試験を行ったわ。結果は……その、酷いものだったけど」
ミーネさんが俺から目線を逸らした。
「あの……もしかして俺にやれって言ってます?」
「いや、冒険者管理部の人ならその資格があるというだけよ」
「絶対に嫌です。俺は審査する側の人間ですよ?」
「でも代わりの人は居ないわ」
そう、あとの四人は今ギルドにいない。二人は依頼の真っ最中で、もう二人は行方がしれないからだ。
もうすぐ9時になる。試験を待っている冒険者は、既に訓練場で体慣らしをしているはずだ。
……俺がやるしかない…か。
「わかりましたよ。俺がやります」
力なくそう答える。
「……助かるわ。ギルドマスターには、私からきつく言っておくから。もしかしたらギルドマスター不適格として問題にあげると思う」
今さらかよ。あいつにはどう見ても資格なんてないだろ。そう心の中で呟いた。
ともあれ、俺は急いで訓練場へと向かった。訓練場には、対象の冒険者が既にいた。そしてその一人はこの間会話をしたソカだった。
本日の適正ランク試験は、はBランク試験とCランク試験の二つ。ソカはBランク試験の受験者だった。
「ようやく来たのね?」
ソカが話しかけてくる。
「あぁ、すまない。急遽予定が変わって、今回の相手は俺がすることになった。力不足だとは思うが、適正はしっかり見るからよろしく頼む」
「嫌よ」
笑いかけた俺に、ソカがそう言いはなった。
え?
「今なんて?」
「聞こえなかったの?嫌と言ったの。よろしくなんてしないわ。むしろ後悔するほど痛めつけてあげる」
ソカの目は、冗談を言っているようには見えなかった。……なんで。そう思っていると。
「昨日は旨い酒が飲めましたか?」
もう一人の受験者である男が話しかけてきた。彼の目にも、ソカと同じように敵意が満ちていたる。
「聞いたわ。窃盗の犯人を捕まえたそうじゃない?」
ソカが言った。その発言で理解する。昨日の事を知られてしまったのだと。
「ギルドマスターのおじ様はどんなに待っても来ないと思うわ。昨日とても気持ちよくお酒を飲んでいたもの」
ソカが楽しそうに言った。
なん……だと?
「笑っちゃうわよね?夜遅かったのに、武勇伝を聞かせてくださいって誘ったらホイホイついてくるんだもの」
ということは、おっさんが来ないのは彼女が仕組んだのか。
もしかして……。
「前回もそうしたのか?」
「うーん。どうだったかしら?……忘れたわ」
その時、不意に妙な視線を感じて周りを見渡す。いつのまにか、訓練場には多くの冒険者が来ていた。そして、皆冷めた目でこちらを見ている。
「さっさとやりましょうよ。ランク試験。まずは俺からです」
男が、模擬戦闘で使用する木の剣を片手で構えた。
その姿を見て、俺は深いため息をつく。……そういうことか。
俺は静かに用意されてる木の剣を手にした。
「わかった、始めよう。どうやら今の君たちに何を言っても無駄みたいだからね」
「よく口が回る試験管ですね?」
男が軽口を叩く。それには反応せず、俺は集中した。
「来い」
そして、Cランク試験は開始された。